第177話 戦争

 ミキュロスの呼び出しを受けた僕は、急いで支度をしてグリムリープ邸を出る。


 ライカとニコを連れて馬車に乗り、王城へ向かった。


 なんでも、危急の要件とのこと。


 ミキュロスが僕を呼び出すのは珍しい。


 いつもは用があれば僕が呼び出すからだ。


 宰相に呼び出しを受ける国王というのも変な話だが、僕たちの関係性はそんなもんなのだ。


 王城に着くと、すぐに軍議場に通された。


 中には既に主要な騎士家と魔導師家の人間がおり、僕の姿を見て慌てて王国式の敬礼をした。


 僕に敬礼する騎士家の何人かが、腹に一物あるような態度だった。


 とは言え、誰かに嫌われるのはコウモリの宿命だし、魔王に課せられた業だ。


 僕は気にせずに長机の奥の上座、ミキュロスが座るはずの席の右側に座る。


 ミキュロスはすぐに現れて、僕に目礼した。


 僕はそれに黙って頷く。


 ミキュロスの話はすぐに始まった。


「余と通じておる皇国の枢機卿から、皇国が我が国に対して挙兵したとの報せが入ったかな。正式な宣戦の布告はまだだが、いずれ使者が到着するはずであるかな」


 皇国の枢機卿は、ニコを誘拐しようとしていた男だ。


 あの後、ミキュロスに強請られて体のいいスパイになっていたのだろう。


 彼のもたらした情報が正しければ、ミキュロスが政権を握って初めての戦争だ。


 僕は一つの疑問をミキュロスに投げかける。


「皇国とは地続きではないはずです。エルフ国、獣人国、帝国のいずれかが皇国の通過を容認したのですか?」


 エルフ国は王国の西側に、獣人国は北西、帝国は北側で領地を面しているが、皇国は帝国のさらに北側の国だ。


 前述の三国のどこかを通過しなければ王国に兵を差し向けることができない。


「うむ。どうやら、内乱で揺れる獣人国に物資と金銭の譲与を確約したそうであるかな。獣人国自体は、反乱への対応に躍起になってておるかな。彼ら自体は他国を相手どる余裕などないはずであるかな」


 ライカとニコの出身の国が、皇国に協力したわけだ。


 僕は軍議に集まった諸侯に対して言う。


「なら、戦の準備を始めましょう。今回の戦、このリーズヘヴン王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープが軍権を握らせていただく。諸侯におかれては多様な意見があるだろうが、有無は言わせぬ。私が全てを指揮する。……よろしいですな? 陛下」


 僕の言葉に、ミキュロスが答える。


「うむ。魔王が軍を率いてくれるならば、我が国は安泰であるかな。良きにはからえ」


 そういうことになった。


 軍議に出席していたトークディアとヨハンナ・ワンスブルーも深く頷いていたので、僕の意思を推してくれるということだろう。


 軍議が解散となると、僕は急いでモノロイのいる新設部隊の練兵場へ向かった。


「これは宰相閣下! 急な来訪、恐縮至極であります!」


「おお、これはシャルル殿! 兵の練度は最高に高まっておりますぞ! 今なら帝国の不死隊サリエラも倒せるほどでしょうな!」


 兵士たちをしごいていたモノロイとジャンなんとかとか言う元近衛隊の隊長だった人が僕を発見して言う。


「そうか。なら大丈夫だな」


「……大丈夫、とは?」


 ジャンなんとかが言う。


「ん? 皇国と一戦交えることになってな。アイツら調子乗ってるだろう? 僕の秘密兵器として、新設部隊をぶつけようと思ってな! 軍権をかっぱらってきた!」


「……お、おっしゃる意味を測りかねますが」


「テルメジャンアルカルシャンディア殿、シャルル殿は無茶振りの鬼である。我らは言われた通りに動くほかないのだ。……その方が上手く事が運ぶが故」


 ひどい言われようだがその通りなので僕は何も言えない。


「現状、我ら新設部隊はおよそ二千人である。相手が魔導師であれば、我らの餌食よ」


 モノロイが言う。


「魔導師が餌食?」


 僕の問いにモノロイが自信満々な様子で答える。


「は。兵士の八割型が、魔物の魔力の獲得に成功しました。スキルや魔法を使う兵士は少ないですが、どうやら魔物化すると魔法を十全に使えなくなるようでして。ただ、主力は元難民の獣人たちです。彼らはライカ殿が鍛えておりますからな。白兵戦では正規部隊を凌ぐ強さですぞ。何しろ、正規部隊との演習では相手の陣営を木っ端微塵にしたほどですからな」


 ライカは色々なところに顔を出しているらしい。


 根っからの武人であり、戦鬼のジョブを持つ彼女に鍛えられた魔物。


 考えるだに恐ろしい。


「しかし、それでか」


 僕は一人納得する。


「それで、とは?」


 僕の呟きに、ジャンなんとかが反応する。


「さっき軍議に出たんだけどな、騎士家の連中でむくれてたヤツがいたんだよ。たぶん、新設部隊に倒された正規部隊のお偉方だろうな」


「ふむ。正規部隊とは鍛え方が違いますからな。何しろ誇りや戦い方の体裁にこだわる正規部隊とは根本が異なっております。我ら新設部隊は戦い方には全くこだわりません。我らの命題は勝利のみ。それだけに心血を注ぎますからな」


 モノロイ曰く、新設部隊はまるで野盗のような戦い方をするらしい。


 僕の持つ私兵として創ったこの部隊をモノロイが率い表の世界を、ニコ率いる魔王の尖兵ベリアルが裏の世界を牛耳る。


 そうして、僕の王国支配は盤石となる。


 僕は魔王として、着実に力をつけていた。



 そして、それから三か月後。


 王国北西、獣人国領である森を抜けた王国領の平原にて、皇国軍と王国軍は相見えることになる。


 皇国の要求は聖女であるニコの身柄。


 そして、それを王国が突っぱねる形となり、両国で戦端が開いた。

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