第94話 舞い散る雷花

 僕の護衛を放棄して空飛ぶ獣人を追いかけて行ったイズリーは、試合後にハティナに怒られていた。


 怒られていた。


 と言えるのだろうか。


 ソファに腰掛けたハティナの目の前に、イズリーは正座で待機している。


 そんなイズリーの顔面を、ハティナの小さな右手が掴んでギリギリと音を立てている。


「……イズリーは戦ってはいけないと言っておいたはず」


「ふぁ……ふぁっへ……ふぁルルふぁ……あ! いふぁい!」


「……シャルルのせいにしない」


「……あ! あ! あぁ! ほ、ほへんなはい」


 ハティナにお仕置きされたイズリーは涙目だった。


「い……痛そうだね」


 僕がハティナから解放されたイズリーに言う。


「い……痛すぎるよぉ」


 イズリーはしおらしくなっていた。


 団体戦は三連勝。


 当初の僕の計画とはだいぶ変わってしまっていたが、これはこれで良いだろう。


 帝都では今年の王国選抜の強さはかなりの噂になっていた。


 おまけに、王国選抜の大将であるグリムリープの跡取り。つまり、僕のことだが、そのジョブが本当に魔王らしい。


 そんな噂まで、まことしやかに囁かれている。


 まあ、真実なのだが。


 しかし。


 これには少し違和感がある。


 魔王を名乗る魔導師は多い。


 イズリーやアスラやハティナ、そしてミリアが強く、それらを束ねる僕が強いことに疑いを持たないとしてもだ。


 いくら王国選抜が強いと言えど、南方を死地に変えたほどのジョブを一介の少年魔導師が持つなど、そんな噂が出回り、あろうことか多くの人がその噂をここまで信じるだろうか。


 僕のジョブが魔王であることを開示したのは勇者とエルフだけだ。


 ミリアたちの祈りもあるが、アレを信じる……。


 考えにくい気がする……。


 エルフやギレンから漏れたのだろうか?


 終わらない雷系統最上級魔法の連打。


 エルフはあの恐怖を体験している。


 そんなエルフたちが、この期に及んで僕を敵に回す必要があるのだろうか?


 だとしたら、勇者ギレンか?


 彼との邂逅は、いわゆる密会だ。


 帝国皇太子であるギレンからしてみれば、大切な試合を前にして王国貴族と会ったなどと噂が立つのは本意ではないだろう。


 ミキュロスの調べでは『僕のジョブが本当に魔王である』という噂の出所はわからなかったらしい。


 どうせ最後はその事実を活用して帝国に楔を打つ計画だったんだ。


 これは計画に支障を及ぼすものではない。


 むしろ、僕にとっては都合の良いものと考えることにした。


 皇国選抜との試合に勝てば、次は帝国戦だ。


 そこに勝って、凱旋帰国といこう。


 仲間とそんな会話をして、その日は床についた。



 翌日。


 皇国選抜が僕の眼下に並び立つ。


 僕は相も変わらず鎖の玉座に座る。


 今日は僕が魔法をお披露目する。


 昨夜のミーティングでそう決まっていた。


 使う魔法も決めていた。


 震霆の慈悲パラケストマーシーだ。


 四十数年ほど前の戦争で、要所の砦で帝国の強兵を相手取って大立ち回りを演じた祖父、震霆パラケスト・グリムリープ。


 彼の大魔法は今でも帝国兵に脅威として語り継がれている。


 そんな祖父の大魔法を帝都で咲かせる。


 そして、宣言するのだ。


 『震霆の意志』は潰えていない。


 『震霆の遺志』として、王国に脈々と受け継がれていると。


 そしてその使い手こそが、次代の魔王。


 震霆の孫。


 グリムリープの嫡男。


 魔王シャルル・グリムリープであると。


 

「これはこれは、皇国の皆様。ご機嫌よう」


 僕は慇懃な姿勢は崩さず、それでも余裕の表情は作りながら言う。


 観客席を埋める帝国民、観覧席にいる各国の重鎮。


 そんな彼らにまで、言葉が届くように。


「すでに市井では噂になっていると聞き及びましたが、あの噂は本当です。僕こそ、王国に顕現した第二の魔王。震霆の孫にして南方を解放する者。魔王シャルル・グリムリープです」


 皇国選抜の顔色が変わる。


 それでも僕は言葉を続ける。


「今日は僕の魔法を披露しますよ。さすがに、力を示さなくては魔王と名乗っても薄ら寒いだけですしね。なので、観客席におられる帝国民の方々にもその目をもって判断していただきましょう。魔王の力の一端を!」


 僕は体内で魔力を廻す。


 審判が試合の開始を宣言した。


 それと同時に、操 影シルエットを発動する。


 僕の周りの重力が、纏威圧制オーバーロウを受けて強くなる。


 一斉に前に出ようとした皇国騎士の眼前の地面に、操 影シルエットで作り出した真っ黒な影の線が浮かぶ。


「その線を踏み越えた者から順にリタイアさせる。まずは小手調べだ。この魔法から逃げ切ってみせろ。でなければ──」


 僕は笑顔を作って言う。


「魔王の眼前に立つ資格なしだ」


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー──


 ──起動。


 ソフィーから電雷の雫が落ちる。


 ゆっくりと、地面に向かって落ちていく雫が、何故か僕にはギロチンの刃のように見えた。


 籠もった魔力の密度が予定と違う。


 そこで、僕はハッと気付く。


 雫は地面を流れて皇国選抜の方向に向かう。


 彼らの真下に到着した魔力の奔流は、その姿を消した。


「何か魔法を唱えたぞ!」


「唱えたか? スキルじゃないか⁉︎」


「守備隊形! 守備隊形!」


 皇国選抜の人たちが騒ぐ。


 僕は思う。


 ……本当にごめんなさい。


 いや、わざとじゃないんです。


 本当は、なるべく威力を抑えた震霆の慈悲パラケストマーシーで、皇国選抜の人たちの数名をリタイアさせて、残った皇国選抜はちゃんと自分で出向いて倒そうと思っていたんです。


 でも、忘れていたんです。


 すっかり忘れていたんです。


 最後に震霆の慈悲パラケストマーシーを使ったのはエルフとの決闘。


 その時、僕の雷魔法は至福の暴魔トリガーハッピーの影響下にあった。


 僕は思い出す。


 魔導学園の入学試験を。


 あの時もそうだった。


 いや。


 あの時とは状況が違うかもしれない。


 なぜなら、あの時は知らなかったからだ。


 火弾スター があんなに大きくなるなんて。


 今回は忘れちゃってた。


 完全に僕の過失だ。


 ……そう。


 至福の暴魔トリガーハッピーは最後に使った魔力の威力を保存する。


 まるで置き土産のように。


 とても迷惑な能力だ。


 つまり、何が言いたいかと言うと……。


 

 皇国選抜の足元が光る。


 僕の指輪が熱を持つ。


 指輪が限界を迎えて弾けるまではギリギリだったみたいだ。


 皇国選抜の足元から、僕が作り出した操 影シルエットのラインも巻き込んで、地獄の雷が咲いた。


 轟音を鳴り響かせて、地面から雷が天に向かって堕ちる。


 突風が吹き荒れる。


 空に向かって放たれた電撃が、その大輪を散らすように雲を突き抜け四散する。


 地響きに闘技場が揺れる。


 観客たちはパニックを起こして、我先に逃げようとしている。


 阿鼻叫喚。


 目の前のこの状況を、それ以外に形容する言葉を僕は持っていない。



 エルフとの決闘の時、震霆の慈悲パラケストマーシーを指輪の限界まで撃った。


 その最後の一撃を超える威力の魔法が、僕の中で保存されていた。


 例えば界雷レヴィンをチョイスしていれば、こうはならなかったかもしれない。


 ちょいと大きめの雷が、ソフィーから放たれただけだったかもしれない。


 でも、そうはならなかった。


 僕の中で貯蓄されていた威力の魔法は、廻しを得た震霆の慈悲パラケストマーシーという、最高のコンディションで撃ち出された。


 まるで帝都そのものを消炭にでもしようかという程の威力。


 僕は思う。


 後でハティナに怒られやしないだろうか。


 イズリーに、文句を言われやしないだろうか。


 そればかりが気がかりである。


「わー! すっごーい! おっきいねえ! きれいだねえ!」


 広大な帝都で、イズリーだけが飛び跳ねて喜んでいる。


 とりあえず、イズリーに文句を言われるというルートは回避出来たみたいだ。


 しかし、コレは。


 この惨状は……。


 僕はまるで大人に悪戯がバレた悪ガキのように、鎖の玉座の上で縮こまった。

 




 

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