第92話 対獣人国選抜戦
鎖の玉座に座る僕の眼下では、獣人国選抜と王国選抜との死闘が繰り広げられていた。
獣人国タスクギア。
現在、絶賛内乱中。
……らしい。
内乱の理由はよくわからないが、ライカとニコも戦乱を逃れて帝国に逃げ延びたのだ。
国内は荒れ果て、選抜に出てきている選手たちも例年ほど強くはないらしい。
イズリーは昨日のアレがあったために、僕の側で待機している。
時々、「シャルルー、あたしも戦っても良い? ねーねー、良いでしょ? ねーねー」なんて言ってくるが、僕は頑として首を横に振る。
ウルウルとした瞳で頼んでくるイズリーを見てると「よし! 行っておいで! 頑張れよ!」なんて言いたくて堪らなくなる。
が、無理だ。
そんなことをしたら、僕がハティナに怒られる。
僕はイズリーのためならば、この命を捨てるのになんら
だが、しかしだ。
ハティナに嫌われるのだけはダメだ。
ダメったらダメ。
僕はハティナに死ねと言われれば死ぬ。
僕はイズリーに死ねと言われても死ぬ。
「シャルルなんて嫌い」
なんて言われた日には僕は秒殺、いや瞬殺だろう。
……苦しい。
ハティナとイズリーの板挟みだけは、この世のどんな拷問よりもキツイものがある。
この苦悩から逃れられるならば、僕はアイアンメイデンの中にだって喜んで入り込むし、ギロチンだって自分の方から刃に向かうし、中身をくり抜いた牛の銅像を下から火で炙って中に入った人を焼き殺すファラリスの雄牛の中にだって余裕で搭乗して、炙られながらモーモーと鳴いてやるし、ついでに『こんがり肉』みたいな状態のまま『上手に焼けましたー!』なんて言って拷問官から笑いを取ってやる。
僕は何故、こんなにも苦しい思いをしているのか。
……愛。
愛なんだろう。
おそらく。
とどのつまりは。
まるで呪い。
愛とは、まるで呪いのようじゃないか。
こんなにも愛しく、こんなにも苦しい。
自分の力じゃどうにもならない。
どうやったって振り払えない。
「なかなか強いぞ! 流石は獣人か!」
感傷に浸る僕を他所に、ラファが叫ぶ。
「メリーシアさん! 今だ!」
アスラがメリーシアに何か指示した。
「おっけー。
メリーシアの粘着魔法が獣人の騎士たちに命中して、彼らの動きを鈍らせる。
ラファを中心にした騎士たちが、動きの鈍った獣人の騎士たちを剣でガツガツ殴っている。
騎士たちの持つ剣は幅広の直刀だ。
ライカの『牙』なんかとは違って、切ると言うよりはほとんど叩いて殴る形に近い。
「敵魔導師! このウォシュレト・シャワーガインが討ち取った!」
ウォシュレット君は相手の魔導師をリタイアに追い込み、そんなことを叫んでいる。
彼はいつも元気だなあ……。
「王国でも屈指の魔導師とお見受けする! 獣人国選抜! 主将!
獣人国選抜の主将が叫び、ウォシュレット君と一騎打ちの状態に持ち込んだ。
「相手にとって不足なし! 手出し無用だ! このリーズヘヴンが誇る俊才! 空前絶後の超魔力! ウォシュレト・シャワーガインが相手だ!」
君はこの試合だけで一体、何回名乗る気なんだい?
そうして始まった二人の戦いは、獣人のシャフトが優勢だった。
最初こそ戦いは拮抗した状態を保っていたが、シャフトの使った魔法がかなり異質なものだった。
彼の周りを取り囲む赤い魔力の壁が、ウォシュレット君の水魔法の尽くを蒸発させたのだ。
「な! 熱の防壁か!」
「シャワーガインと言ったか! 貴殿の魔法は通らぬ!」
そして、シャフトはウォシュレット君に炎の槍のような形状の魔法を放つ。
その炎の槍は、ウォシュレット君の防御スキルである
しかし、炎の槍はウォシュレット君の眼前でピタリと停止して、一度だけ勢いよく燃え上がって消えた。
「い、今のは……」
驚愕するウォシュレット君に、彼の背後に立った長い赤毛のイケメンが言う。
「やれやれ、流石は獣人国選抜の主将。一筋縄ではいかないようだね」
「あ……アスラ」
「この相手は私が引き受けるよ。ウォシュレト君は騎士たちの援護に回ってくれたまえ」
「く……ああ」
ウォシュレット君は戦線を離脱して、騎士たちの援護に回った。
「ほう……王国選抜の魔導師は仲間にも非情だと聞いたが、どうやら全員がそうでもないらしい」
シャフトが言う。
アスラは今一度、シャフトに向き直って言う。
「私は窮地に陥った仲間を見捨てるほど『甘く』はないんだよ。これは団体戦だ。一対一に助太刀が卑怯だとは言わないだろう?」
シャフトが答える。
「当然だ。貴殿であれば、相手にとって不足もない」
そんなイケメン同士の熱い会話に、空気を読まないアホの娘が鮮やかなカットインを見せる。
「あー! アスラくん! いけないんだー!
……イズリーさんや。
僕の精神衛生上の側面から見ても、ここでそれはどうなんだろうね?
僕は心の中で、努めて穏やかにそんなことを思うが、当然の如く空気を読まず、鬼の首を取ったかのようにピョンピョンと跳ねるこの姫君には通じない。
「……。すまない。シャフト殿、少しだけ時間を貰えるだろうか?」
「む? まあ、良いだろう」
二人はそんな会話をしてから、アスラが顔を真っ赤にしながら名乗りを上げた。
いや。
名乗りを上げたという表現は相応しくない。
アスラはまるで人見知りでシャイボーイな転校生のように、俯きながら呟くように言った。
「……
なんだそのやっつけ感丸出しの名乗りは!
アスラ!
お前!
そーゆーとこだぞ!
お前のそーゆーところが、僕を無駄に傷つける!
「あ……ああ。なるほど……。レディレッド殿も大変なのだな」
「……! わかってくれるか! シャフト殿!」
なーにを分かり合っとるんだ!
ずるいぞアスラ!
僕も『そっち側』のはずだ!
僕はそんな二人の雰囲気に、心の中で猛烈に抗議した。
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