第10話 暴魔の目醒め

 僕とハティナは商業区の色街の雑踏を掻き分けて進む。

 大小様々な娼館が左右に立ち並ぶ。

 太陽は既に沈みきっていた。


 すれ違う人達が僕たちを見て驚きの声を上げる、あるいは冷やかす。

 幼い子供が色街にいるのだ。

 そりゃ驚きもするだろう。


 それらを無視して僕たちはある場所を目指す。

 場所は解ってる。

 夜王カーミラで使役した蝙蝠がイズリーを追跡していた。


 そして辿り着いた。

 そこは色街の奥まった所にある一つの店。

 遠巻きにその店を確認すると、店の入り口に用心棒風の男がいる。腰にはブロードソードを佩ている。

 そして二階の窓が開いているのが見えた。


 蝙蝠を操り窓から侵入させる。

 まず最初にイズリーを探す。

 

 ぐすん。

 と、少女がすすり泣く声。

 続けて『ハティナ。シャルル。ここどこぉ? お屋敷に帰りたいよ』そんな呟きが聞こえてきた。


 蝙蝠を音の方角に飛ばす。


 イズリーだ。

 二階の倉庫のような場所に捕らえられているらしい。

 扉が固く閉ざされているのでそれ以上は進めない。しかし、場所は正確に把握した。


 次はこの店の人間を調べてみる。

 大人は十人ほどだ。

 客と娼婦の話し声も聞こえてくる。 

 二階にはイズリーの捕らえられた部屋と、客のいる部屋しかない。

 一階を見てみると、店の玄関の先に男が一人。従業員だろうか。

 

『確かに、ありゃ上玉だ。五年もすりゃ貴族を客に取らせても文句は言われねえ。それにあの歳だからこそ、欲しがる客もいる。金貨250枚でどうだ?』

『おいおい、そりゃケチりすぎだろ』

『全くだ。あのガキなら半年で稼ぎ出す額だぞ』

『見たところあのガキは高貴なところのお嬢様だろ。こっちだって危険なんだ。そんな高い額は出せないぜ』


 店の者とあの二人の男の会話だろう。

 一階の奥の部屋から聞こえてくる。

 聞いてるだけで怒りが湧いてくる。

 

 他にも蝙蝠を使って探ってみる。


 一階の他の部屋で男が二人、酒を煽っている。

 頭をスキンヘッドにした男。

 腰には立派なロングソードを佩ている。恐らく用心棒だろう。

 もう一人はローブを羽織った魔導師風の出で立ちだ。


「中にも用心棒がいるな。店先のやつと合わせて数は三人」


 心配そうに僕を見つめるハティナに伝える。

 

「……お店を守っているんだね。……お爺さまを連れて来る?」


「時間がない。このまま行くよ。ハティナは隠れてて。僕が行ってくる。僕が帰って来なければ、老師を呼んできてくれ」

 

 最初はハティナも連れて行くつもりだった。

 しかし、実戦慣れしているだろう傭兵までいてはハティナに害が及ぶ公算が高い。


「……でも──」


「大丈夫。……だと思う」


 もちろん確証は無かった。

 ただ、この怒りが僕に語りかけて来る気がした。

 恐れはある。しかし、尻込みはしない。

 解ってたことだ。

 最初から。


 魔王を滅ぼすためにこの世に再び生を受けた。

 ならば、この手の命の取り合いはあって然るべきなのだから。


 僕は一度大きく深呼吸した。


「大丈夫。死ぬことは受け入れた」


「……死ぬ? 嫌だよ。……死んじゃ嫌だ」


「死ぬつもりは無いよ。でも、そーゆーこともあるって事を受け入れたんだ──」


 僕の中の怒りが、イズリーを助け出したいという望みが、僕に何かを決意させた。

 そして、不思議とそれが自信になっている。


「……どーゆーこと? ……わからないよぉ」


「それに──」


 ハティナは大きな瞳を潤ませて僕を見つめる。


「──死ぬことには慣れてる」


 そう言った瞬間。

 何かが僕の中でカチリとはまった気がした。

 そうなのだ。

 単純な話。

 僕は一度死んでいる。


 つまり今この瞬間は夢の様なもの。

 その現実感の無さが僕を死の恐怖から守っていたのだ。


 そして今、イズリーの為に、僕は僕の死を受け入れる。


 それはとても自然なことで、不思議と簡単に腑に落ちた。


「行ってくるよ」


 僕を不思議そうに見ながら首を傾げていたハティナに伝える。

 ハティナは一度僕を止めようとして、しかしそれを途中で自制した。


 ハティナに背を向け、店の前に進む。


 際限無く怒りが込み上げてくる。

 自らの欲望の為に、僕の友達に手を出した。そんな愚か者に鉄槌を下す。

 

 僕はグリムリープ。王国の救世主の末裔。

 

 僕は魔王。宵闇の支配者。


 店の前の用心棒に声をかける。

 

「ここに女の子が攫われて来たと思うんですが返してもらえます?」


「あ? 誰だてめえ。知らねえよ。ガキは帰り──」


 言い終わる前に、用心棒の顔面に火の球が飛び、炎熱を撒き散らした。


 至近距離からの火弾スター だ。

 初級魔法と言えど、五年も鍛錬した火弾スター は相当な威力がある。


 用心棒は顔面で火球を受け止めて、そのまま仰向けに倒れた。


 生きているかはわからないし、確かめる必要もない。

 ただ、後で起き上がって後ろから攻撃されないように、寝転がる用心棒の顔面にもう一度火弾スター を叩き込む。


 用心棒の身体は一瞬ぴくりと動いた後、そのまま動かなくなる。


 背後に通行人の悲鳴を聞きながら、店の扉を開けて中に入る。

 店の従業員風の男が驚いたように僕を見た。

 その男の顔面にも火弾スター を放ち、倒れかけたところにもう一発撃ち込む。


 慈悲も容赦もない。

 当然だ。

 そんなものは犬にでも喰わせておけばいい。


 階段を上がってイズリーを助ける前に、一階の連中を始末して後顧の憂いを断つ。


 店の奥から騒ぎを聞きつけて用心棒二人とイズリーを攫った二人。そして店主らしき男が出てくる。


 全部で五人。

 一斉に飛び掛かられたらひとたまりもないかも知れない。

 何しろ実戦は初めてだ。

 どうなるかわからない。

 

「こいつ、さっきのガキじゃねーか!」


「おいおい。正気か? 忘れろって言ったろ」


 イズリーを攫った男達が何か言っている。

 僕は怒りでほとんど会話が聞こえない。


「てめーら。店に面倒事持ってきやがって。後で覚悟しとけよ」

 

 太った男が二人に文句を言っている。

 こいつが店主のパラバルだろう。蝙蝠で追跡している時に名前が上がっていた。


 スキンヘッドの用心棒の一人が剣を抜き、魔導士風の男がその手に持ったワンドを僕に向ける。


「魔法を使うなら、あっしの出番ですな」

 

 魔導師が一歩前に出た。


「おほっ、こんなとこで魔法戦が見れるなんてな! おいガキ! 気張れよ! この男は容赦ねえぞ」


 スキンヘッドが興奮したように言う。


「ふざけんな! 店の外でやれ!」


 店主のパラバルが喚き散らす。


「あっしの水魔法で一瞬で終わらせて見せまさあ」


 魔導師の男が懐から水筒のようなものを出す。

 魔法はスキルと違って水そのものを作り出す事はできない。水の魔法を使うなら水辺か、近くに水が無いと使えない。

 空気中の水分を集めて無理やり発動させる技術もあるそうだが、この男はその技が使えないか、もしくは継戦能力が低いなどの理由だろう。

 水筒を持った手とは逆の手にワンドの様な短い杖を握る。

 ぶつぶつと呪文を唱えた魔導士が僕に魔法を飛ばしてきた。

 魔導師の持つ水筒から水がゆらゆらとワンドの先端に集まり、それを僕に向けて射出した。

 水系統の初級魔法、水弾ドロップだ。

 なかなか威力が高い。

 威力が高いということは、すなわち高い熟練度を持つということ。


 ──ありがたい。


 咄嗟に防御スキルの魔塞シタデルで防ぐ。

 僕の鼻先30センチ程のところで魔法が弾け、さらに同時起動した簒奪の魔導アルセーヌ が魔法を吸収する。


「おいおい! 防がれてんじゃねーか! こんなガキに」


 スキンヘッドが笑い、パラバルは喚き、実行犯の男二人は呆けている。


「ちっ、黙って見ててくだせえ! ガキの魔法は火系統でさあ。あっしの水魔法が、撃ち合いで負けるこたあ、ありゃしません!」


 僕がゆっくりと魔導士に指先を向ける。


「撃ってこいよ。先に撃たせてやる」


 僕は挑発するように言った。


 魔導士は怒り顔ですぐさま詠唱してワンドをこちらに向ける。


「え? ……あれ? ……あれ?」


 しかし、魔導士の杖の先からは一滴の雫も飛びはしなかった。

 当然だ。

 さっきと同じ魔法なら、簒奪の魔導アルセーヌ で既に奪ってしまっている。


「時間の無駄だな」


 そう言って放った僕の火弾スター は魔導士の顔面に直撃し、今度は魔道士の頭を文字通り吹き飛ばした。


 魔導士の肉片が真後ろにいたパラバルにかかかり、頭を失った魔導士の身体が膝から崩れ落ちる。


 何が起こったか理解できていなそうな実行犯の男二人。

 そして、顔を魔導士の血で真っ赤に染めたパラバルは悲鳴を上げて腰を抜かす。

 こんな奴らがイズリーを攫い、ハティナを泣かしたのか。

 死の覚悟もないこんな奴らが。


 すぐに状況を理解したスキンヘッドが剣を振り上げ、僕に斬りかかる。


「やってくれたなクソが! 幼女趣味はねえが、てめーの目の前であのガキ犯してやる!」


 その言葉に僕の中の怒りは最高潮に達した。

 ──殺す!


 スキンヘッドの剣を魔塞シタデルで防いだ瞬間。


 今日二度目のあの音を聞いた。



 ──パチン



 僕の頭の中で風船ガムが弾ける。


 その音は、後に何度も僕を窮地から救う救済の福音。

 その音は、後に幾度も僕を死地へと誘う修羅の烙印。


 ──至福の暴魔の目醒め。

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