勇者の仲間として転生したのに、僕のジョブが魔王なのだが。
久近久遠
俺も、魔王。
咆哮する牛頭人身の魔物に一筋の剣閃が走る。
所々が朽ち果てた神殿の大広間に呻き声を響かせながら、魔物は黒い塵となって消えた。
切り捨てたのは薄紅色の髪を後ろで短く束ねた女剣士。
頭から生えた犬のような耳がひくひくと動いている。
「主様! 雑魚は我らにお任せを!」
その時、獣耳の女剣士の背後から別の魔物の戦斧が振り下ろされる。
しかし、突如飛来した氷柱が戦斧を弾き、続けてもう一本の氷柱が魔物の頭部を貫いた。
「あらあら、戦姫様ともあろうお方が敵に背後を取られるとは、やはりご主人様一番の配下は私のようですわね?」
紺色の髪を手で梳きながら、その美貌に歪んだ笑みを湛えて嫌味たらしく皮肉を口にした女魔導師に、獣耳の剣士が噛みつくように吐き捨てる。
「ちっ。黙れデカ乳! 御身を先に斬り捨てても良いのだぞ!」
「で、デカ乳⁉︎ 全く、これだから犬畜生ははしたなくていけませんわ」
「黙れ。おや? その乳、まるで牛のようではないか。さては御身もミノタウロスの一種だな?」
「ぐっ……。無い物ねだりとは卑しい犬畜生ですわね?」
「……ぐぬぬ。ちっ。……いいか! 一度しか言わぬぞ。……先程は助かった。……礼を言う」
「……ふん。礼など不要。助けたのは偏にご主人様のためですわ」
頬を赤らめた獣人と、そんな彼女にぷいと顔を背けた女魔導師。
その二人を狙った魔物が振り下ろそうとした戦斧を、今度はスキンヘッドの大男が片手で制する。
戦斧を抑えられた牛頭の魔物が大男の腕に噛み付くが、何でもない様子で大男は逆の手で魔物の首を握り、そのままへし折る。
「話は後にすべし! 我らは己が役割に徹するのみ!」
大男は獣人と女魔道士をたしなめた。
「……筋肉ハゲもたまには良いことを言う」
「おーし! あたしも行くぞー! ぶっ殺ーす! 虐殺! 鏖殺! 惨殺だあ!」
金と銀。
対象的な色をした髪を、二人揃えたように腰まで伸ばした双子の美少女がそれぞれ呪文を唱えた。
銀髪で無表情の少女の周囲に電閃を帯びた竜巻がいくつも出現する。
竜巻は空を飛ぶ怪鳥のような魔物を巻き込み、荒れ狂ってその大きさを増す。
それに対して、無邪気な笑みを浮かべた金髪の少女は身体に電気を纏いながら一足飛びに魔物に迫る。
大樹から削り出したような棍棒を握る、太った鬼のような魔物の腹部を殴りつけ、その衝撃で太鼓のように大きく膨れた魔物の腹に風穴を開ける。
「きゃっほー! シャルルー! 早くー!」
金髪の少女が満面の笑みで言う。
「……シャルル。……ここは任せて先に行って」
銀髪の少女は無表情のままだ。
「ああ! 頼んだ! あっちは任せろ!」
金髪と銀髪の少女にシャルルと呼ばれた青年が魔物の隙間を縫うように大広間の奥に駆ける。
全力で走る青年を追いこすように、彼の背後から嵐のような戦いの音色が響く。
広間の奥の玉座には、ほとんどミイラのような有様の男が座していた。
男の周りには大蛇のような木の根が絡み付いている。
まるで、その男を玉座に縛り付けるかのように。
「……再び、余の前に人間が姿を見せる日が来ようとはな」
ミイラのような男が青年に声をかけた。
「へえ、喋れるんだ」
興味深そうな様子で青年が口を開く。
「余が何者か、知っていて此処に参ったか?」
「一応、聞いておこうか」
青年がシニカルな表情を浮かべて問う。
座した男は哀れむような視線で口を開く。
「余は魔王。世に遍く全ての魔導を束ねし者。人智の結晶にして人の世の歴史に終止符を打つ者」
「そりゃ大層な御仁だ。なるほど人智の結晶ねえ」
「魔王とは、人類の積み重ねた叡智の終着点。この余の存在そのものが、連綿と続く命の最果てぞ。貴様のような小童が、余の前に立つなど不敬極まりない。……去ね」
そんな会話を最後に、玉座の魔王から黒い煙が吹き出した。
その黒煙は触れるもの全てを腐らせながら青年に迫り、遂には青年の周りを取り巻いて覆ってしまった。
「許せよ小童。我は魔王。世界に滅びを授けることだけが、余に与えられた使命──……なに?」
玉座の周りの苔や岩や古い石像までをも黒い消炭と化した煙が晴れた。
その中心に、未だ青年は微動だにせず立ち続けている。
「な、何を──」
皺だらけの顔に驚愕を張り付けた魔王を嘲るように、その身に纏った黒いローブをはためかせながら、青年が口を開く。
「さて、魔王様。よくも数百年もの間、人の世を好き勝手に荒らしてくれたよな──」
「お、お前は、お前は何者だ! よ、余の絶対破壊スキル、
「何者かって? いいぜ、答えてやるよ。俺は……いや、違うな。そう。こう言うのが相応しい──」
青年はニヤリと凄惨な笑みを浮かべて、古き魔王の問いに答えた。
外連味たっぷりに。
嫌味たっぷりに。
「──俺も魔王だ」
これは、一つの物語。
それは、幾億も在る世界線の片隅の一つ。
それは、幾千億も在る些細な畢生の一つ。
神の眇眇たる気紛れと、小匙一杯分程度の悪戯心。
死者のささやかな希望と、カップ一杯分程度の欲望の轍。
──そこから、全てが始まった。
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