第61話 貫く
ここに来るのに私たちは完全に無策できたわけではない。
というか正直敵が何人いたとしてもアイナとバン、そしてルリがいれば敵になるような者なんていないと思っていた。
「アイナ、ここにいるたくさんの騎士の方たちと面識は?」
「もちろんありますよ。・・・というか『クリーガー』の人たちが多いですね」
クリーガー。
それは騎士になるための能力を生まれた時から持ち合わせている最強の戦士。
過去に戦ったことがあるからその強さは骨身にしみている。
「だけどアイナたちなら大丈夫ですよね?」
「えぇ、というかむしろ殺さないように気を付けるほうが大変ですね」
「だね。死なない程度に痛めつけようか」
そう言い切ったアイナとバンの表情はいつも家で見せるような顔とは違った。
よし、こっちは大丈夫そうだ。
「ではアイナとバンとダニングは騎士の方たちをお願いします。ルリとシズクはあの王子を」
「じゃあご主人はお前に任せていいのか? ヴェル」
「心配しなくても大丈夫ですよシズク。私が何とかして見せます」
「じゃあ行くぞ」
「エルフ? エルフはオレガ全員コロス!!!!!!!」
私は今もふらふらと頭を抱えながらこちらをにらみつけるご主人様の元へと向かっていった。
***********
騎士団と双子たちの戦いはかなり優勢であった。
というのもアイナとバンが騎士の人たちを気絶させてダニングが調製したしびれ薬で動きを封じてしまえば殺さずとも動きを止めることが出来たから。
そしてルリとシズクはと言うと本気であの王子に向かっていったが、騎士団に妨害されたり密室である以上強い魔法が放てなかったりと中々攻めきれずにいた。
それに元からここはグエン王子のアジトである以上様々なトラップが仕掛けられており苦戦している様子が私の目に映った。
だがそんなことは一旦どうでもいい。
私は私の事をしなければならない。
「お前らはオレノとうさんとかあさんヲ!!」
そう叫びながら振りかざしてきた剣を交わして弱めの魔法を打ち込む。
だが何度倒しても死霊のように何度でも起き上がってくるのだ。
そしてさっきの発言からわかるように今のご主人様は確実に混乱してしまっている。
恐らく彼の瞳には私たちエルフが悪者に映っているのでしょう。
回復薬で治るかともおもったが、精神的なダメージから来る障害は治せないことを過去にルリの件で学んでいるため恐らく無意味だと思う。
精神的な傷は治せないのだ。
ならば私がするのは一つ、彼が正気に戻るまで相手をし続けることだ。
だがさっきも言ったようにこの部屋はグエン王子によってたくさんのトラップが仕掛けられており、集中していないと下から上から針が突き出してくる。
先ほどから騎士団の人にも命中していることから恐らく動くものに反応して出てきてしまうのでしょう。ご主人様にも何発かかすっていましたし。
「お前らエルフは全員死ねばいいんだ!!! 俺から全部を奪いやがって!!!! 死ね、死ねよ!!!」
彼の語尾に力が増していく。
それと同時に彼の発言が棘のように私の心に突き刺さっていく。
辛い、悲しい、怖い、痛い。
愛する人から受ける罵詈雑言がここまで辛いものだとは思っていなかった。
ご主人様に嫌われてもいいから私たちはエルフと人間が共存できるようにとこの道を選んだがどうやら私の心はそこまで強くなかったみたいである。
ご主人様だけには嫌われたくなかった。
彼の発言で傷ついた心の破片が涙となって私の目からこぼれていく。
だから、一瞬だけ気が緩んでしまった。
「ヴェル!?」
グエン王子の相手をしていたシズクの声が遠くから響くと同時に床から伸びてきた刃が、私の右太ももを貫いた。
崩れる体制、手放す剣。
そしてー。
「死ねぇ!!!!!」
ご主人の刃が私の左肩から私の体内へと侵入していった。
崩れ落ちる私。
鼻と鼻が触れ合いそうな距離まで近づいた私とご主人様。
その目には先ほどまで言えなかった困惑の色が少しだけ陰っているようにも見える。
「いけ、フィセル!!! そのエルフの首をはねろ!!!」
「お前は黙ってろ!!! んぐっ!? また、この頭に直接・・・痛っ」
死角からグエン王子とルリの声も追って響いてくるがもう私は真っ白だ。
ルリも少し危なそうな声をしていましたが大丈夫でしょうか。
いや、あの子なら大丈夫でしょう。
アイナとバンも一瞬こっちに向かうそぶりを見せたけれどすぐに騎士団の追っ手に阻まれてしまったみたいです。
なら、私がやるしかない。
未だ私の肌を貫いている剣を握るご主人様の右手を、動かしずらくなってしまった私の右手で握る。
「はぁ、はぁ。私はご主人様に死ねと言われればすぐにでも死ぬ覚悟は持ち合わせていました。・・・だけど、我を失っているあなたの命令は・・・、聞けません。だからまだ死ぬわけにはいきません。あなたの本心はどうなんですか? っ!?」
彼の眼を見詰めると同時に再び剣が押し込まれる。
でももう逃げるものか。
「思い出してください、私を・・・、私たちを」
グエン王子は言った。
『お前らがやってきた過去の事を事細かに説明してやっただけ』と。
確かに私たちがやったことは彼が望んだ方法ではなかった。
でも今の世界を作り上げるには必要な事だったし、ご主人様の存在があったからこそ私たちは人間を奴隷にするようなことなんてしなかった。
だけれどもご主人様は今、すべての元凶がエルフだと思い込んでいる。
そして先ほど、グエン王子と戦っているルリが頭を押さえてうなっていた。
恐らく彼には洗脳か何かの特殊な魔法がある。
もちろんここまでご主人様に言ってこなかった私たちにももちろん問題はある。
でも嫌われたくなかった。
軽蔑されたくなかった。
血で汚れた私たちを知られたくなかった。
また一緒笑顔で暮らしたかった。
ご主人様の目には純真無垢な姿で映っていたかった。
こんな欲望ないと思っていたのにいざご主人様に会うと突然芽吹き、花を開いた。
だけど今となってはもう遅い。
ならば今私がやることは、例え正気のご主人様に「死ね」と命令されることになってでも今掛けられている彼の洗脳を解くことだ。
多分彼の耳になら届くかもしれない。
痛みと悲しみから涙が止まらないがもう知ったことか。
どうか、どうかご主人様に届け・・・。
「だから・・・、思い出してください私を。私たちを! 私たちとの絆はそんなものだったのですか!?」
*********
暗くてぼやけていてよく見えない。
もう俺が何者なのかもわからない。
だけれどもなぜか目の前のエルフだけは顔が見えないが姿は鮮明に映し出されている。俺はこのエルフを殺せばいいのか。
剣を握る力を強める。こいつを殺せば・・・。
『違う! 君は何をやっているんだ!!』
だが急にどこからか声が聞こえる。
どこからか? いや違う。俺の内側からだ。
『黙れ!! 俺はこいつらを殺して人間が平和に暮らせる世界に・・・』
『何を言っているんだ!! 君が目指した世界はそんなものじゃないだろう?』
『でもエルフは人間を支配していた過去があるんだろう? ならやり返すべきだ!!!』
心の声に対して反論する。
何故か言葉は実際に口からは出なかった。
『君は何を言っているんだ!? 200年前は逆だったじゃないか!! それにあのエルフたちが人間を奴隷のように扱うと思うか!?』
「知らないよ!! でも、でも・・・じゃあこの記憶は何なんだよ!!! 今の俺の頭にはエルフが人間を虐殺して陥れた映像しかへばりついていないんだ!!!」
『いや、それはぜーんぶ本当の話だ。エルフは人間に酷いことをしてきた。だからともにエルフを駆逐しようじゃないか。なぁ、フィセル!!!!』
更にもう一人心の声が増える。
そうだよ、俺はこの王子と共に・・・。
「だからエルフは全員殺すんだぁああああああああ!!!!!!!!」
そう叫び、剣を突き刺さっているエルフから抜こうと力を込めた時だった。
「~♪♪♪~♪」
・・・何か、懐かしい声が聞こえる?
なんだ、どこで聞いた?
もやがかかってほとんど見えない視界とは違い、その歌声は鮮明に耳から入ってくる。まるで迷っている俺への道しるべとなるように。
「これは・・・・、ご主人様が気に入ってくださった・・・、エルフの子守歌です」
エルフ?
いや、エルフは殺すべき・・・。
ズキン。
なんだ、頭に痛みが・・・。
「ご主人様、思い出してください私を、私たちを!!!!」
思い出す?
一体何を?
「あなたの名前はフィセル、そして私は貴方に命を救われた一人のエルフです!!」
「おいフィセル!!! 何を歌ごときで動揺してるんださっさとそいつを殺せ!!!!」
グエン王子の声だ。
そうだ俺はエルフを・・・。
あれ? 手が動かない。
体が拒絶している。このエルフを傷つけることを。
俺の全細胞が動きを止めろと叫んでいる。
そして次の瞬間、顔はしっかりと見えないままだが6人のエルフたちと楽しく笑いあって過ごした日常が記憶の乱流のように頭を駆け巡り徐々にすべてを思い出していく。
そうだ。このエルフは俺の仲間で同居者で、すぐに俺をからかうけれどそこには確かな愛情があって・・・。
でも名前が思い出せない。
あと少し、あと少しなのに・・・。
「おいフィセル!!!! いいのかお前はそれで!? エルフは人間の敵なんだぞ!!!」
遠くから叫び声が聞こえるがもう知ったことではない。
俺はこのエルフともう一度・・・。
「君は、君はなんていう名前なの?」
「私の名前は、ヴェル・・・、です。200年前にあなたから、素晴らしい名前をいただいたエルフです」
「そうだよ、ヴェル、ヴェル! ヴェル!!!!」
俺は剣を握る手を放してそのまま目の前のエルフに抱き着いた。
俺が傷つけてしまった大切な仲間に。
「ヴェル、ごめん俺は・・・」
「いえ、・・・。悪いのはこちらもです。おかえりなさい、ご主人様」
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