第50話 元・諜報員の手紙


『ハロー、どうも。私は***という名を今から約170年前にとある青年から貰ったエルフだ。この手紙を見つけるなんてあんたは随分幸運に恵まれたようだな。

 せっかくだから今回は少し私の話を聞いて欲しい。


 私はこの手紙を書いている時までに400年ほど生きているがその人生は中々に壮絶なものだった。

 それはもう物語として本に書けるんじゃないかと思うほどに。

 まぁ今のこの時代、昔の事を書くことは法律で禁止されているんだけどな。

 いや、今お前こうして手紙という形で文字に起こしているじゃないかって?

 そこんところは甘く見てほしい。


 その法律を作ったのは私たちなんだがな。


 前置きはこれくらいにして、200年前にエルフの国が滅ぶ前私は王城に仕える諜報員として活躍していたがエルフの国が滅んだとともに私はいとも簡単に捕らえられ人間に売られた。


 それから奴らは私に忌々しき首輪をつけ命令に逆らえないようにするとそれはもう悪行の限りを私に対して行った。

 そして私は仲間にも裏切られ、生きているのが苦痛に思えるほどの責め苦を人間に受けさせられ最終的に私は『呪い』をその身に植え付けられてまた売りに出された。

 じわりじわりと私の命を削る呪いを。


 500万。


 それが死にかけの私に最後につけられた付加価値であった。

 人間のやつらはそんな私を見て嘲り、同情し、興奮し、蔑んだ。


 この時私はもう世界を、人間を、神を恨んだ。

 この世に生を受けたことさえも。


 だけどそんな私にたった一つだけ死の間際に奇跡が起きた。

 今の私のココロの半分以上を占めるあの人に出会えたという奇跡が。


 もし彼があの時あの競売に居なかったら私は一体どうなっていたのだろうか。

 おそらく死ぬまですべてを恨み続け、呪いに絞め殺されていたに違いない。

 絶対に今の私はないと言えよう。


 その後私を家に連れて帰った彼は私の呪いを解いてくれただけじゃなく、住処を、食事を、仲間を、そして生きる意味を与えてくれた。

 最初、悪態をつきまくっていた私に。


 そして彼は自分の命を犠牲にして、すべてのエルフを助け出す道筋を作りだしてくれた。

 あの時の彼にとってはただの道具でしかなかったエルフをだ。


 回復薬や魔法、魔法具など彼が作り出したものはどれもこれもエルフを助けることを念頭に置かれたものであり、私たちは彼が残したモノを片手についにはすべてのエルフを開放することができた。


 だから私たちはこの平和な世界で彼が転生することを願い続けている。

 彼は死に際に彼の開発したオリジナルの転生魔法を体に宿して息を引き取ったから、また会える可能性はゼロではない。

 私たちはこの命が潰えるまで待ち続ける。

 エルフは幸運にも寿命が長いからな。


 でももし仮に彼が転生に成功したとして、彼は今の私たちを見てどう思うのだろうか。

 いや、正確には『私たちがやってきたこと』を見て。


 彼が死んでからの50年間で私たちは革命の準備を行い、そこから100年かけて人間とエルフが笑いあえる世界を作った。

 だけれども、恐らくこの方法及び辿ってきた道なりは彼が望んだものではなかった。


 でも私たちもどこか心の中でニンゲンを許せなかった。

 ご主人以外のニンゲンを。


 ご主人に私たちを許してくれとは言わない。

 あの頃のようにすべてを愛してくれともいわない。


 だけど、もし彼が生まれ変わったときはどうか私たちが作り上げたこの世界を愛してほしい。

 汚い私情にまみれた私たちにはこれが限界だった。


 でも願わくばもう一度だけあの楽しく、かけがえのない日常を・・・・・・。


 この手紙を読んだあんたがどの時代で、どういう人かわからないが誰も悲しまない世の中になっていることを願って締めさせてもらう。』


 ****************



「懐かしいなこれ、確か50年くらい前に私が書いた奴じゃねえか」


 いつも通り王都にあるアジトで作業をしている私は偶々見つけた手紙を流し読みした後、ひらひらと呷る。


 この手紙は今の王国が建国されるとなったときに私が書きなぐった弱音のようなものであり、もう存在すら忘れてしまっていた。


 というかこんな誰にも知られたくない秘密を赤裸々に書き綴った手紙が机の中にずっと眠っていたことに驚きだ。多分一時のテンションで書きなぐったんだろう。

 もうこれは焼却処分行きだな。


「この手紙を読んだあなたがどういう人・・・ね。残念、50年後の私だよ」


 少し恥ずかしくなった私はぶっきらぼうに過去の私を馬鹿にする。

 一体どういう感情でこれを書いたんだろうな本当に。


「失礼します、シズク様」

「入れ」


 私がその手紙を便箋の中に再びしまったところでドアをたたく音がする。

 その後、部屋に入ってきたエルフにいつも通りの指示をした後また私は部屋に一人になった。


 私は今、世間で『黒い悪魔』と呼ばれている組織を運営している。

 人間たちは私たちの組織をエルフが人間によって危害を加えられるのを防ぐ組織だという認識になっているしそれがだんだんと派生して、悪い人間を始末しに来る仕事人というようなおとぎ話の一種として語り継がれつつあるが本質は違う。


 本来私たちは『エルフの言動を制限するため』に動いているのだ。


 エルフは寿命が長く、中には手紙の私が書いているように人間にひどい思いをさせられてきたものが多くいる。だがもちろん今の人間はそんなこと知らないし、建国されてから生まれたエルフたちもそんな過去は知らない。


 それもこれも私たちが過去を知るエルフに、過去について話せないように細工をしたからだ。

 過去に流通していたエルフの行動を規制する首輪から派生したものだと思ってくれればいい。

 そしてこのアジトでその魔法を管理しているというわけだ。


 勿論中にはずっと人間を恨み続けている者もいるし、私たちはそのために色々な策をこの200年かけて打ってきたのだが・・・。

 あまり褒められたようなことはしていない。

 そして私たちにすべてを託したあの人も望んだことではなかっただろう。


 人間も人間で今蔓延っている過去について知っている者も多くいるが、私たちの規制魔法はあくまでエルフにしか効かなかったため、今の国王に丸投げしているがうまくやってくれているんだろう。

 そしてそういう人間が変なことをしようとしたときに私たちの組織が動いた結果、今のような立ち位置になったというわけだが。


 人間については今の国王の協力や私の特性魔法具によるものでなんとかなっているという感じだ。

 私の過去の経験も生きているというわけだな。


 更にもう一つ、私には重要な役割がある。

 それはあの小屋を管理することだ。

 今もこのアジトから結界魔法を管理し続けているし、恐らくだれにも破られないとは思っているがそれだけ中には見られたくないモノが詰まっているという事。

 私たちの歩みがすべてあそこに詰まっているのだからな。


 かれこれご主人と再会してもう1年半くらいが経とうとしているが、ご主人はもう過去について探るのはやめているようにも見えるしかつての日常が取り戻されていることを思うと本当に嬉しい。


 7人で暮らす最高の生活。


 過去の私が願ったことが実現されているのだ。これ以上に幸福なことはない。


「だからこれはもういらんな」


 私はそう言って右手に炎魔法を纏い、そのまま手紙を焼き払った。

 だが、そんな幸福もずっと続くことはないというくらいは過去にご主人が死んだことで思い知っている。


 だから・・・。


「た、大変ですシズク様!! 何者かが結界を破りあの小屋に侵入しました!!!!!」


 いつかはこうなることくらいはわかっていた。

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