第42話 こうして少年は目を閉じる
「おかえりなさいませ。ってまた小さくなっているじゃないですか、しかも女性用の服なんか着て」
王都から転移玉で森の中の家に戻ってきた俺とダニングをまず出迎えたのはヴェルだった。
いまはみんなの洗濯物を各々のタンスに運んでいる最中のようで両手に洗濯籠を持っている。
そして俺は今ダニングの肩の上に載っている状態である。
どんな持ち方だよこれ。
いや、なんかすっごい安定してるからいいんだけどさ。
「ちょっと王都で色々あってね。また半日は・・・」
「あっ、そうですかそうですか。納得しました」
俺の言葉をさえぎってヴェルが納得した様子でポンと手を打つ。
なんか表現が古臭くないか?
「まだ話の途中なんだけど。というか一体何を納得したんだい?」
「昨日小さくなったにもかかわらず私とイチャイチャできなかったから根に持っていたのでしょう? だからそんな理由をつけてまで私と・・・。申し訳ありません、ご主人様の従者にもかかわらずそんな簡単なことを見落としてしまっているとは」
「ちょっと待ってくれ。一つもあってないんだけど」
「はて? どこが違うのですか?」
「もう全部だよ!! イチャイチャしたいわけでもないし不可抗力でこうなっただけ!!」
ダニングの肩の上で俺はヴァルに向かって叫んだ。
あっ、ごめんダニング五月蝿かったね。
耳がすごいヒクヒク動いてる。
「なるほど私なんかとはイチャイチャしたくないと・・・。昨日アイナとは全裸でお楽しみになっていたのに。私たちが駆け付けた時には白目まで・・・」
「その話はやめてくれ!! ちょまじで、黒歴史なんだから!! あと別にイチャイチャしたくないわけでは・・・」
「おい、いつまで玄関で話しているんだ。そろそろ俺は厨房に戻りたいんだが」
ダニングが俺とヴェルの会話をさえぎって肩から俺を下ろす。
下ろすといってもまだダニングに持ち上げられているから宙に浮いているけど。
だから何なんだよこの扱いは!?
「そうですね冗談はこの辺にしておきましょうか。では私がこの子を引き取りましょう」
え?
「そうだな頼む。じゃあ俺はこれで」
「ふふ、任せてください。今はルリもアイナもいませんからね」
ダニングは俺をヴェルに軽々引き渡すと何事もなかったように厨房へ向かい始めてしまった。
恐る恐る顔を上げてみるとそこには何とも意地悪そうなヴェルの顔が見える。
「おいダニング!! 見捨てないでくれよぉ!!」
「帰った後の事は責任とらないと言ったぞ。せいぜい頑張れ」
「ほう? 私では不満と?」
俺の腹部をつかむヴェルの手の力が若干強くなる。必死に足をバタバタさせるが俺は完全に宙に浮いてしまっているためなんの効果も見いだせなかった。
てか本当にこの家の女性陣は力が強いな!?
違う、俺が弱すぎるのか。
「いや、これはその言葉の綾というか・・・」
「そういうのが本当に嫌なのですか?」
「その・・・優しく扱ってくれるならむしろ・・・」
「では想像通りの事をして差し上げましょう」
「えっ、ぶ!?」
そしてヴェルはそのまま俺の顔を胸に押し付けてくる。
必死にもがくが最早何の意味もない。
「@*k¥$#&!?」
「まぁ外見は子供でも中身はオトナなんですもんね? ね、ご主人様?」
「むぅーーーーー!?」
「お前何やってんだこんな玄関で」
だがここでリビングのドアから思わぬ助け舟が来た。
この声はシズクか!?
「いえ、またご主人様が小さくなっていましたので私が甘やかしてあげていただけです」
「また!? ・・・ご主人、あんな痴態をしてもまだ小さくなるのか。まぁこっちも可愛いから私は全然ありだけどな。なんつーか母性本能? がビンビンに刺激されるっつーか」
「ぶはっ! シ、シズク助けてくれ・・・」
なんとか顔を双丘から浮上させシズクに助けを求めるが彼女は少し考えた後、ヴェルが床に置いた籠を拾い上げ俺に目線を向けた。
「悪ぃな、昨日ヴェル以外がその姿のご主人とイチャイチャしてたことまだヴェルは根に持ってんだわ。ヴェルの気が済むまで付き合ってやってくれ。ったくヴェルはどんだけ不器用なんだか」
「そんな・・・、ぶっ!?」
「シズク、余計なことは言わなくていいです」
「悪かったって。んじゃあ代わりにこの洗濯物私が収納してきてやるから楽しんでな」
「ありがとうございます。では私たちは外にでも行きましょうか」
「え!? ちょっま・・・・」
「飯までには帰って来いよ」
「わかってます」
こうして俺は誘拐されるかのごとくヴェルによって外に連れ出され夕焼けが森を赤く染める中、川の近くにそびえ立つ一本の大きな木の根元に腰かけた。
木に寄りかかるヴェルの上に俺がのっかっている構図だ。
「ふふふ、本当にかわいいですね」
「・・・昨日は小さくなった俺に無関心って感じだったよね?」
「あれはアイナとルリとシズクが取り乱していましたからね。あそこで私も行っていたらおそらくご主人様はお亡くなりになっていましたよ」
ニコリ、とヴェルが俺に微笑んだ。
いや怖いよ。
そして俺がお亡くなりになるビジョンが自分でも見えてしまったのも怖い。
「だから今ぐらいは私にも愛でるチャンスがあってもいいと思うのです」
「・・・じゃあ俺も今くらいは甘えようかな」
「どうぞ」
彼女はそう言って俺の頭を優しくなでた。
まるで宝物を丁寧に扱うように優しく、温かく。
「・・・気持ちいいな」
「そうですか。ならもうすこしやって差し上げます」
あぁ、なんて平穏なんだろう。
200年前は親父に早く先立たれ、魔法薬の研究に命を削っている最中母親を失った。
そして転生した今も両親は俺を置いて亡くなってしまったから愛情というのをあまり受けた記憶がない。
「~♪♪♪~♪」
彼女は俺の頭をなでながら歌を口ずさみ始めた。
耳を傾けてみても俺の知る言語ではないから、恐らくエルフ独自の言葉なんだろう。
「ヴェル、その歌はなんの歌なの?」
「これはエルフの子守歌ですね。よく昔ルリにも歌ってあげたものです。不愉快でしたか?」
「いや全く。むしろもっと歌ってほしいな。俺はどの人生でもあまり・・・、親に甘えた記憶がないから」
「そうですか。ならば甘えたくなったときはいつでもあの薬を飲んで私たちに言ってください。有り余るほどの愛情を貴方様に注いであげます。ご主人様は200年前に『自分』を捨てて世界を変えてくれました。だからこの人生はどこまでも平穏で、自己中心的でいいのですよ」
彼女は俺に柔らかな微笑みを見せた後、目を閉じて再び俺の頭をなでながら口ずさみ始めた。
俺もその歌に耳を傾けながら目を閉じる。
「ご主人様、こうして目をつむると世界に私とご主人様だけみたいですね」
真っ暗になった俺の世界にヴェルの歌と声だけが響く。先ほどまで近くを流れる川のせせらぎが聞こえていたがもう俺の世界からは排除されてしまった。
「そうだね。いつまでもこんな平穏が続くことを願うのは・・・傲慢なのかな」
「この先がどうなるのかは私も分かりません。ですが少なくとも今というこのひと時はあの頃では考えられないほど安らかで、平穏で、そして幸せです」
恐らくヴェルも何となく察している。
俺がすべてを知った後もこのままずっと一緒に居られるとは限らないということを。
そんなことはないと信じたい。でも未来は誰にもわからない。
だから、今はこの幸せをかみしめることにしよう。
何かがあったとしても、この幸せを忘れることの無いように。
***********
その日の夜、俺は他のエルフたちの魔の手を振り払って一人でベッドに寝ることができた。まぁでもこうなること予想ができていたけど。
多分今頃リビングでダニングが6人のエルフだけで何やら話し合いをしているに違いない。
おそらく今日王城でダニングが二人の王女に言われたことについて。
だから俺はもうみんなにおやすみなさいを言ってこうして一人で部屋にいる。
俺も一人になる時間が欲しかった。
今後どうするのかについて。
恐らく次の国王の任命までは何も起こらないはずだ。
何かあるとしたらおそらくその次の任命辺り。
多分そこでグエン王子が大きく動き始めるはず。反エルフを掲げて何かしでかすかもしれない。
・・・そんなこと許してたまるものか。
俺が何としてでも阻止してやる。
だけど今のままでは俺自身が彼らの足枷になりかねない。
もしかしたら人質とかにされてしまうかもな。
そしてそうなったら彼らの機能が停止するのも目に見えている。
今一つ屋根の下にいる6人のエルフ。
この国の中心的歯車となっている英雄たち。
「もしエルフと人間がぶつかることになってしまったら・・・、その時こそ俺とあいつらが別れるときなのかもしれないな」
このまま行ったら俺は邪魔なだけだ。
だからそれまでは、彼らとこの一つ屋根の下一緒に過ごそう。
自分だけでも生きていけるように何か身に着けよう。
過去を探るのはもうやめだ。
エルフの首輪、200年前から変わらない街並み、あまり発展していない魔法・魔法具、無いことになっている空白の期間。
俺は脳内で完成したパズルに蓋をして目を閉じた。
彼らと幸せで最高なスローライフを送るために。
*******
【簡単なまとめ】
フィセルが知っているのは彼が死ぬ前までとそこから200年後の今。
つまり彼には空白の200年間がある。(建国からは何となく知っているため実質150年)
世間一般の人たちが知っているのは今から50年前の建国時点から。50歳を超えている人間は、建国以前の事を口封じさせられている。だが本人たちも話す気はないらしい。
エルフは個人によって違うが中にはすべて知っているものも多くいる。よって奴隷時代の記憶を持つ者もいるが、何かしらの規制がある様子。
そしてグエン王子。彼は恐らくフィセルの知らない空白の150年をある程度知っている。どこまで知っているのか、それを自分で調べたのか誰かに聞いてしまったのかは不明。
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