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第43話 双子の片割れの朝
『ねぇ○○、答えてよ! あの時私に言った言葉は嘘だったの!?』
違う、嘘じゃない!
頼む信じてくれ。
『私はこんなにあなたを愛していたのに、あなたは私を利用しただけだったの!?』
違う! 俺は、本当にあなたの事を・・・。
⦅あなたは自分の仕事を忘れたのですか?⦆
忘れたわけじゃない、俺はただ・・・。
⦅答えなさい、あなたの一番大事な人は?⦆
あ、
⦅ならばあなたがするべきことは何かわかりますね?⦆
『○○・・・。あなたは前に転生を信じるといいましたよね。もし私がエルフに生まれていたらこんな思いはしなかったかしら。いや、私が人間だったからこうして会えたのかもしれません』
もう嫌だ、やめてくれお願いだ・・・。
⦅早くしなさい⦆
『バン、もし生まれ変わることができたら私は、私は・・・』
「うわぁあああああああ!!! はっ、はぁ、はっ」
俺は上にのっている毛布を跳ね除け飛び起きた。
時計を見ると午前5時。
いつもよりも幾分早い時刻だ。
「・・・最悪の夢だ」
額ににじむ汗を右手で払い目にたまる
服の下にはびっしょりと汗がにじんでおり呼吸も荒い。
もう何度目かわからないこの夢。
一生忘れることの無い現実。
耳に残る声も、綺麗な水色の瞳もまだ覚えている。
・・・肌と肌が触れあった感触さえも。
「はぁ・・・。シャワーでも浴びてこようか」
もう二度寝するほどの気力もない俺は力なくベッドから立ち上がり風呂へ向かう準備を始めた。
この嫌な汗を流して今日という一日を有意義に過ごすために。
これは俺ことバンのとある日常である。
************
シャワーを浴び、服を着替えた俺はいつもより少し早く小屋の外に出て体を動かしていた。
この小屋でみんなが集結する前から続けていたことだからやらないとむしろ気持ち悪くなってしまうほどの習慣。
200年前は3人で行っていた鍛錬だ。
まだ昇ったばかりの太陽が森を照らす中、柔軟体操を終え軽く剣の素振りをし始めて少し経ったくらい。時刻で言えば朝の6時くらいに俺と同じ色の髪と瞳を持った一人のエルフがゆっくりと歩いてくるのが見えた。
俺のただ一人の肉親である妹の姿が。
彼女は長い髪を後ろでひとまとめにしながらゆっくり歩いてくる。
腰に木刀を携えて。
「あれ、兄さんいつもより早いですね」
「ちょっと今日は寝覚めがよくてね」
「そうですか。じゃあ準備をするのでちょっと待っててくださいね」
「うん、終わったら教えてくれ」
妹であるアイナはそう言って準備体操を始める。
朝早くからいきなり体を動かしては怪我をしてしまう確率が跳ね上がるし、思うように動かない。
だからこそ準備運動は大事だ、大事なんだけど・・・。
今日の俺はそのわずかな時間ですら苛立ちに思えてしまっていた。
アイナは少し前まで王城近くの騎士寮に住んでいたからこの家で寝泊まりしていた俺とそこまで接点がなかったけれどこうして主と再会できたことでまた朝一緒に体を動かすことができている。
200年前の頃のように。
それは非常にうれしいことだし、毎日が充実しているけれど最近また少し嫌な夢を見るようになってしまった。
眼をそらしてはしけない現実が夢となったものを。
「・・・兄さん、何か不機嫌ではないですか? いつもと感じが違いますよ」
地面に座り準備体操をしている彼女は顔をこちらに向けることなく俺に話しかけてきた。
完全にばれているな。
「そんなことないよ。いつも通りさ」
「それならいいですけど・・・。フィセル様にはあんまり悟らせないようにしてくださいね。あの人そういうところで無駄に敏感なので」
「わかってる」
「よし、じゃあ兄さんが体を動かしたくてうずうずしてるみたいなのでさっそく始めますか!!」
柔軟を終えたのかアイナはぴょんと飛び上がり地面においてある木刀を手に握ってこちらを見つめた。
俺と全く同じ碧色の瞳。主に再び明かりをともしてもらった綺麗な瞳で。
「・・・アイナには敵わないな。よし、かかって来い!!」
「では剣でもそう思わせてあげましょう! 行きます!!」
その言葉を言い終えたと同時にアイナが地面をける音が聞こえる。
そして次に響いたのは、木刀と木刀がぶつかり合う音だった。
*******
カンッ、カンッ! と乾いた音が森の中でも少し開けた広場に響く。
次第に汗が頬を伝うが今日朝流れたものとは違う、なんとも晴れやかで心地よい汗だ。
この瞬間だけは嫌なことをすべて忘れて無心で過ごせる。
「そこっ!! 隙あり!!」
「っと!!」
少し隙を見せてしまったか。だけどまだ全然建て直せる。
流れる汗をぬぐってもう一度強く木刀を握りなおす。
「今気が緩みませんでしたか兄さん。考え事をできるほど余裕があるのですか?」
「まぁ少しくらいなら・・・ね!!!」
アイナが下した剣筋を払いのけ右足を強く踏み込む。
「くっ、なら!!」
「ほら、アイナも隙があるぞ!!!」
少し体勢を崩したアイナに一太刀入れようと踏み込んだ右足で強く地面を蹴ろうとしたときであった。
「んお? いたいた。おーい、バン、アイナ!!!」
俺の背後から素っ頓狂な声が聞こえた。
間違いない、主だ。
俺は振り下ろそうとした剣を止め後ろを振り向く。
そこには一応寝間着からは着替えたもののぼさぼさの髪でここまで来たと思われる少年が手を振ってこちらにアピールしている。
「ちょっと今いーい!?」
アイナと俺は汗をぬぐって少し呼吸を整えた後、この共同生活が始まってからは初めて朝の鍛錬の時間に顔を見せた元雇い主で現俺たちの同居人である少年の元へと駆けていった。
「「はい、今行きます!!」」
*******
「いやごめんね。姿を見かけたからつい声をかけちゃったけど邪魔しちゃったね」
「いえ、全く問題ありません。問題があるとすれば、その、今私は汗をかいてしまっているので、あまり近くには・・・」
アイナが少し恥ずかしそうに持ってきてあったタオルで顔を拭きながら顔を隠している。
まぁ確かに主に汗臭いって言われたら二度と立ち上がれない気がするもんな我が妹は。
女性としても好意を抱く人の前で汗をだらだら流すのはちょっと嫌なんだろう。
そんなアイナの発言を聞いて主はどう答えるんだろうと思い眺めていると主はあまり納得は言っていないという顔をしながら口を開いた。
「別に俺は全然、全く気にしないよ! むしろ汗でいい感じになってると思うよ!!」
「え? そ、それはその、そういうことをあまり女性には言わないほうが・・・」
先ほどよりもさらにタオルで顔を隠すアイナ。
主・・・。
まさか違う形でアイナの心を抉るとは。
「え!? な、なんかごめん変な意味はないから許して!」
いや、その言葉を100人に聞かせたら99人は気色が悪いと言うと思いますよ。
冗談抜きで。
「じゃあすぐ用件だけ済ませちゃうけど、その、昔みたいに俺も朝の鍛錬にすこーしだけ混ぜてほしいなって」
今の俺の何がいけなかったんだと言いたげな視線をなぜか俺に向けながら発言した言葉に俺とアイナは眼を合わせる。
え? 朝の鍛錬? 主が? なんで?
「・・・なにさその『えっ、お前なんかが何のために!?』みたいな顔は」
「そ、そんなことは思っていませんよ主。ただ急にそんなことを言い出してびっくりしただけです。でもなんでまた急に」
「俺だって一応人並みには戦えるようになっておきたいんだ」
「そうですか・・・。体を動かすこと自体は悪いことではありませんし良いと思います。でも危ないことがあったら私たちがいつでも護衛しますからね!!」
「うん、ありがとう。でもいずれは自分の身は自分で守らなくちゃいけない時が来るかもしれないからね。今のうちにできることはしておきたいんだ」
いずれは自分の身は自分で・・・か。
ヴェル、恐らくご主人はほとんど気づいているよ。
いつか別れが来てしまうかもしれないことを。
「わかりました。俺もアイナも昔と違って毎日できるわけではないですがそれでも良ければいつでもお相手いたしますよ」
「私もです!! いつでも言ってくださいね!!」
「うん、ありがとう。俺も多分毎日は無理だからさ。・・・気持ち的に」
「ふふっ。昔は雨が降るとそれはもう嬉しそうにしていましたからね。今日は鍛錬休めるって」
「主が言い出したことでしたし、さぼるのも主次第だったのに結局何年かは続けましたからね。今回も頑張りましょうか」
「うん、じゃあ明日からよろしく頼むよ!!」
「いえ、どうせなら今日からやりましょう? せっかく外に出たんですし」
「え・・・? いやそれはちょっと心の準備が・・・、そ、それにほら! 今剣持ってないし!!」
素早くクルっと180°回転して小屋の方を向いた主を俺とアイナががっしりと抑える。
こういう時に逃げる癖があるのも俺たちは知っている。
「ぬぐぐっ! きょ、今日はそんなつもりじゃ・・・」
「じゃあ私の木刀を貸してあげます。ほら早く構えてください!! 特別授業の時にも思いましたけど昔私たちが教えたことほっとんど忘れてるじゃないですか!! 覚えてたのは変な癖だけでしたよ!! 私びっくりしましたもん」
「まぁ確かに主の剣筋はなんか不気味ですね。どっから手をつければいいのかって感じでしたし、剣筋が生き物のように思えますから。あっ、悪い意味です」
「いやなんでそんな悲しいこと言うんだよ!? 君達もう俺の従者じゃなくなったからって生意気になりやがってぇ!! いいよ、やってやるよ!! ほらかかって来いバン!!!」
いや、スイッチ入るの早すぎませんかね。
子供ですかあなたは。
こういうところよくわからないところで子供っぽいところは変わってないな本当に。
昔みんなでやったボードゲームでもそうだったな。
だけど、そんな変わってない主を見て俺はつい頬が緩んでしまう。
「よし、じゃあ行きますよ」
「おう、いつでも来・・・、痛ぁ!? ちょ、肩攣った!! いてててて!!」
「「え?」」
数秒前までの威勢はどこに行ったのか。
木刀を構えた俺の目の前で急に地面に横たわりうごめき始める主。
俺とアイナは主に何かあったのかとすぐに身構えるがどうやら肩の筋肉が攣ってしまったようだ。
「フィセル様!? ど、どうしたのですかまだ何もしていませんが・・・・」
「肩が攣った! いっててて何で!?」
目の前でもだえ苦しむ主は本当に何もしていない。
しいて言うならアイナにもらった木刀を振り上げただけだ。
本当に意味が分からないが彼からしたら相当重かったのかもしれない。
200年前も子供の剣を振るのがやっとの非力な人だったから。
「ちょっ、え!? 肩の筋肉って攣るの!? 痛っててて! ちょ、アイナたち助けて、どうしてこうなったんだ本当に!!」
俺とアイナは少しの間苦しむ主の姿を見届けた後、まだもがく彼を見下ろしてこう言った。
「「準備体操をしていないからです」」
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