第39話 証拠

「私もこのティータイムに失礼させていただきますね。興味深いことが聞けそうなので」


 そう言ってパトラ王女の横に座り用意された紅茶に口を付けた目の前の女性。

 流石に俺も一国民なんだから国王の孫の名前くらいは知っている。

 クレア王女とパトラ王女。

 目の前にいるこの二人の人間こそ、この国のトップの子孫だ。


「姉上! 今はわらわが楽しくおしゃべりしてたのだが」


「いいじゃないですか私も話したいんですよ。久しぶりのダニングと・・・、何やらおもしろそうなこの方と」


 多分俺の予想が正しければパトラ王女は魔法が得意なんだろう。話しぶりや実際に彼女の魔法を受けてみて何となくそう思う。


 そして今目が合ったクレア王女の纏う雰囲気。

 俺はこの独特な雰囲気をいつも間近で感じているからよくわかる。

 この人は、・・・アイナやバンと似ている。


「申し遅れましたね。私はクレア・ククルカンと申します。横のこの子はパトラ・ククルカンと言って私の妹です。一応私たちのおじいさまは国王という立場ですが、私の事は気安くクレアと呼んでください。私はこう見えても騎士団に所属していますのでそちらの方が慣れているんです」


 そういって彼女は口に運んでいたティーカップを机の上に置き、右手を差し出してくる。

 俺は反射的に立ち上がり、その手を両手でつかんで頭をさげた。


 硬い・・・。

 女性特有の柔らかさが俺の手に伝わってくるがそれと同時に掌のマメの硬さも身に染みる。

 俺のふにゃふにゃな手とは大違いだ。

 そしてこれこそ彼女の為人ひととなりを体現している。


「妾のことはパトラ様と呼ぶがよい!!! 無論妾は騎士団に入っていない!」

「当たり前だろ。お前なんかが騎士団に入ってたら今頃死んでるだろうよ」

「ダニング!! なんてことを言うのだ、か弱い女子おなごに!!」


「よ、よろしくお願いします。フィセルという者です」

「はい。よろしくお願いしますフィセルさん。ところで本題なのですが、あなたは一体何者なんですか?」


 握手を終えた後、俺はゆっくりとまたソファに腰かけ今度は自分の両手を結んだ。

 彼女の手を触った後だからか余計に柔らかく思える。ふにふにゃだ。

 それよりも今、彼女たちにどこまで言うのが正解なのだろうか。


「何者・・・ですか?」


「先ほどパトラも聞いていたでしょう? 『俺にはただ一人、心に決めた主君がいる』。この言葉はダニングやあの人が良く言っていた言葉です。それが貴方なのですか?」


「あぁ、そうだ。この人は俺の大事な人だ」


「ダニングがそう言うのなら間違いありませんね。・・・ですがわからないのです。あなたからは強者の雰囲気は一切感じませんし魔力も全く感じられない。それに先ほど手を触ってみましたが今まで特に何もしてこなかった手です。あなたは人間でしょうし、まだ子供ですよね? 魔法も剣技も秀でているわけではないのに、彼らと肩を並べられる理由は何なんですか?」


 グサッ

 と俺の胸に言葉のナイフが突き刺さる。

 めちゃめちゃに俺の事を言うじゃないかこの人。

 もう俺のガラスのメンタルは傷だらけだしおそらく悪気がなく言っているんだろうから余計に辛い。


 いや、悪気がないというより・・・怒っているようだ。

 そうか。俺の前に座る二人の王女は俺に怒っているんだ。


 彼女が言った『彼ら』、『肩を並べる』。

 恐らくそこに込められた意味がある。


「おいクレア、言いすぎだ。これでも俺の・・・」


「いやいいよダニング、全部事実だ。俺は今何の技術も才能もセンスも金もないただの一平民だ。それなのに急に僕なんかに取られたら腹立たしいですもんね。特にパトラ様はダニングが、そしてクレア様はアイナとバンですよね?」


「はい、その通りです。アイナさんとバンさんは昔から事あるごとに待ち人、すなわちあなたの事を話していました。『俺たちにはもう一度人生を共にしたいお方がいる』と。わかってます、この怒りが貴方に本来向けられるべきではないことくらい。でも、でも・・・バンさんやアイナさんは私にとって憧れだったんです。あの人たちの背中を追いかけて王女という身分でありながら騎士団に入ったんです!! なのに、なのに私じゃなくあなたが選ばれたのが悔しかったんです!!!! 今でさえあの人たちを呼び捨てしていることに腹が立っています!」


「そうじゃな、妾もダニングを取られたのは悔しい。それにずっと疑問に思っておったのだ。『もう一度人生を共にしたい』というフレーズに。妾はてっきり相手がエルフとばかり思っていたが・・・、おぬしさては転生者なのか?」


 どうやらもう隠す気もないらしく徐々に抑えていた部分がこぼれだすクレア王女と、思いのほか冷静なパトラ王女。

 外見は似ているのに中身は真逆だ。

 そして第一印象とも真逆の結果だな。


「転生者・・・? 確かにバンはよくそう言っていましたけどこの国に転生魔法なんて存在しません。だからこそ疑問なんです。あなたはエルフと人間のハーフとかなのですか?」


「姉上、そちらの方が非現実的ではないか? もしかしたら何百万分の一くらいではあるかもしれないが」


 ふーっと息を吐く。

 そうか、彼らはここまでこの国の中心になっていたのか。

 王女様からもここまで慕われるほどに。

 ならば俺が伝えるのはただ一つ。


「クレア様とパトラ様はこの国の50年前より以前の事はお知りですか?」


「・・・いえ、この国では50年より前の事は緘口令かんこうれいが敷かれておりますので一切知りません。年配の執事に尋ねてみても『話せません。それに私たちの中でもないことになっていますから』としか言われませんから」


「・・・緘口令って何ダニング?」

「要はそのことについて話してはいけないっていう法律が敷かれてるってことだ。学校の授業辺りで習わなかったのか?」

「全く記憶にないや」

「そうか」


 あ。ダニング今諦めた顔をしたな。

 この野郎無知を馬鹿にしやがって。

 いや、無知はか。


「そ、それがどうしたというのですか!? まさか・・・!?」


「あぁごめんなさいクレア様。パトラ様の言う通り俺は転生者です、200年前からの。そしてバンやアイナ、そしてダニングは200年前の俺の・・・」


「俺の?」

 クレア様が俺の目をじっと見つめる。

 怒り、疑い、軽蔑などよりどりみどり全てがこもった眼だ。


 どうする。何て言う? 

 彼らは俺の、俺の・・・。


「・・・200年前の仲間なんです。結構僕らのチームは有名だったんですよ昔は。なのに俺だけ人間だったから先に死んじゃって、だから今こうして再会を果たして一緒に暮らしているんです」


「おぬしが本当に転生者だとはな。冗談半分のつもりだったのじゃが」

「じょ、冗談ですよね? だってこの国に転生魔法なんて・・・」


「なかった。確かにそうですよ存在しませんでした。だから作りました自分で。俺しか知らない俺だけの魔法で生き返ったんです。その代償で魔力もセンスも技術も全部失いましたが」


「自分で作ったじゃと!?」

「・・・これは本当なのですかダニング?」


「あぁ、その通りだ。俺とこの人は200年前から繋がっているかけがえのない大切な仲間だ。・・・裏切るような形になったのは申し訳ないが、俺はこの人に仕えると決めている以上曲げたくはないし何度も言ってきたはずだ。それは恐らくバンも、アイナも同じだろうよ」


「アイナさんとバンさんも・・・?」」

「なにか証拠はないのか!? おぬしが200年前から転生してきたということを証明してみせよ!!」

「そ、そうです何か証拠がなければ・・・」


 証拠。

 そんなものない、だって緘口令とやらが敷かれている以上昔の事を言っても通じないし何か物があるわけでもない。

 俺がこの世界に残したものは様々な回復薬や魔法具くらいだがそれが俺の作ったものだと証明は出来ない。

 それでも何かないかと思わずポケットに手を突っ込み何かないかと考えたところ、俺の手に当たる何かがあった。

 これは確か今日の朝ここに来る前に、あの家に置いとくのは危ないと判断した俺がポケットに突っ込んだモノ。


「これを」

「・・・なんじゃそれは。ただの袋ではないか」

「お二方は『若返り』ができる魔法を知っていますか?」

「若返りですか? そんな時を操る魔法なんてこの世に存在しませんし、すでに証明もされています」

「そうじゃ! なんせ天才である妾ですら全く歯が立たないのだからな!!」


「じゃあ今俺がここで若返りに成功したら信じてもらえますか? 俺がそんな誰も知らない魔法や魔法薬を使うことができて200年の時を経て復活したということを」


 目の前の王女二人が目を合わせる。

 だがやがてそんなこと無理だろうと言わんばかりに顔をゆがめ、俺のほうに向きなおった。


「そんなことお主にできるわけがなかろう!」

「いいでしょう、やってみてください。ですができなかったらどうするおつもりですか? 私たちに嘘をついたことに・・・」


「ダニング、家までのエスコートは君に頼んだよ」

「わかった。ただ家に着いた後の事は責任をとらないぞ」

「昨日の悪夢がよみがえるね。死なないように頑張るよ」


 そう言って俺は袋から錠剤を一つつまんで、机の上に置いてあった紅茶で流し込んだ。

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