第33話 笑い顔

 それから俺は今まで通りの学校生活に戻った。

 といっても残りの授業を消化して卒業式に出るだけだったから特にこれといったことはなかったけど。


 ・・・まぁ、担任の教師に志望校を取り下げるって言った時に「これからはヒモになります」って言ったらめちゃくちゃ怒られて反省文を書かされたのは置いておこう。


 なんだよ周りの士気が下がるって。

 じゃあなんていえばよかったんだ。


 だから友達とかに聞かれたときは「俺はどっか遠いところで農家になるんだ」って言ってみたけどそれはそれで変人扱いされてしまったな。

 彼らと再び会うことはあるんだろうか。

 いや、会ってくれるのだろうか。


 あと先日の新聞で『王城の料理長と騎士団長が電撃退職!! 結婚説濃厚!!』って書かれてたな。

 いつの時代もヒトは噂が好きらしい。

 少しでも面白いネタがあったらこうだ。

 なんかごめんまじで。


 そして高等学校を卒業した今俺は引っ越しの準備もとい、家を引き払う準備をしているところだ。

 そしてなぜかヴェルが手伝ってくれている。

 ・・・本当になんで?


「本当にご主人様はモノを置かない人ですね。もっと汚いのを想像していたのですが。だって思春期男子高生が一人暮らしですよ? もう少し汚れているはずです。この先ご主人様をゆする為の黒歴史を探しに来たのですが何もないようですね」


「発想が鬼畜すぎるよ・・・。てかどうやってここが分かったの?」

「ルリに聞きました」

「あいつ・・・」


 俺のプライバシーは一体どこへ。

 いや、もう関係ないか。

 引っ越すんだし。


「それにしてもやっぱりその袋便利だね。懐かしいや」


 そういって俺が指さした先にはたくさん収納できる魔法具があり、必要なものは全部それに入れてもらっている。

 昔俺も使っていた懐かしの代物だ。


「そうですね、この発明は本当にすごいと思います」

「だって200年経った今でも通用してるってことだもんね。っとよし、こんなもんか。見よこの新築同然の部屋を!! 頑張ったな俺!」


「はいはい、そうですね。ではいきましょうか」

「ちょ、ちょっと待ってよ、なんでそんな俺に冷たいの、なに今氷魔法でも使った!? 心の底まで凍り付いたんだけど」


「・・・昔どのくらいで接していたのか忘れてしまったんです。なので今はツン100%です。ツンツンです」

「いや昔もツン100%だっただろ! てか自分で言うなよなんだよツンツンて!」


「はて? 昔もこういった感じだったと思いますが」

「昔はもうちょいこう、温かみがあったというか・・・・」


「私だって200年もあれば変わります。それに・・・今頑張って抑えてるんですよ言わせないでください恥ずかしい」


 ほんのりだがヴェルの顔が赤く染まった気がした。

 思わず息をのんでその顔を見つめる。

 ・・・そうか、君も俺の事を迎えてくれてるんだもんな。


「ヴェルは今も俺の事を慕ってくれているのか」

「何度も言っているでしょう。心の底から慕っていますよ。・・・無駄話はこれくらいにして早く戻りましょう」

「そうだね。行こうか」


 俺も少し照れ臭くなり、視線をずらしてややぶっきらぼうに答えた。


「今ご主人様もツンモード入ってますよ」

「う、煩い! 早くいくよほら!」

「さっきからそう言ってるじゃないですか」


 こうしてわちゃわちゃしながら俺たちは赤玉であの家へとワープするのであった。



 *********


 俺は森の中の家についてすぐに昔と同じ場所にある、同じような間取りの部屋に荷物を置いて巣作りを始めた。

 時刻はもう夕方でとてもきれいな夕焼けが広がっているのが窓から見えた。


 今この家に居るのはヴェルとシズクとダニングだけのようでバン、ルリ、アイナはどこかに行ってしまっているようだ。

 ただ、巣作りといっても特にやることはなく、持ってきたベッドと箪笥を適当に置くだけだからもう終わりは見えている。


 というか机までほぼ同じなんだけど・・・。

 一周回ってあの人たち怖いんだが。


 ただ使わないのも少しもったいないので試しに昔のように椅子に座って机に向かうと、自然とあの頃のことがよみがえってきた。


 懐かしいな、ここではいろんなことがあった。

 完全回復薬の開発から始まってシズクの呪いの解除だったりいろいろな魔法具の発明。

 ほぼ全部この机から生み出されてきたんだ。


「ふっ、懐かしいな・・・。って違う!! この家でもこの部屋でもないよ!!! 本当にびっくりするくらい似てるな!?」


 思わず自分に突っ込んでしまう。

 それほどまでにあの頃にそっくりなのだ。

 そしてそんな茶番をやっているとヴェルが音もなく俺の部屋に入ってくるのが見えた。


「気に入っていただけましたか? あの家にそっくりでしょう?」

「もうなんか怖いよ。 よくここまで模倣出来たね!?」


「安心してください。あの頃とほぼ同じように温泉も厨房も完備されております」

「・・・もう驚くのをやめるよ俺は。うん、すごい。君たちはすごい!」

「なんですかその悟りを開いた顔は・・・。まぁいいでしょう、そろそろ他の三人も帰ってくる頃です。お昼ご飯にしましょう」


 俺は一つ分かったことがある。

 この人たちを敵に回したら駄目だ。

 彼らは今途方もない権力、財力、そして行動力を持っているみたいようだから。


「たっだいまー!! お兄ちゃん来て来て!!」

「ちょうどのようですね。行きましょうか」


 勢いよく玄関の扉が空いた音と共に一階の方からルリの元気な声が二階まで響く。

 ドンピシャのタイミングで帰ってきたみたいだ。


「分かった今行く!!!」


 俺とヴェルはこうして俺の部屋を後にした。



 *************



「お兄ちゃんこれ見て!! すっごいでしょ!!!」


 ルリに案内されるままに玄関を出た先にいたのは巨大なトカゲの魔物であった。

 他のエルフも何事かと外に出てきたがいまいち状況がつかめていないようだからいつもの事ではないんだろう。


「いや、ナニコレ・・・。でかっ」

「今日の依頼のお土産!! いつもならすぐに換金してきちゃうんだけどせっかくだから見てもらおうと思って!!」


 そういってルリは地面においてある巨大トカゲをペチペチと叩いた。


「いや俺にどうしろと・・・。ダニング、あれって食えるの?」

「食えないことはないが、あまりお勧めはしないな。どちらかと言うと食用ではなく革とか魔法薬の材料にされることが多い。ご主人はあれをただのトカゲだと思ってるかもしれないが相当高価なものだぞ?」


「解説ありがとう。・・・で、どうしろと」

「いらないんなら私が貰うぞ? 魔法薬の材料になるし」


 シズクがにゅっと俺の後ろから顔を出した。

 シズクには200年前に俺の知識をできる限り詰め込んだから恐らくそれくらいはできるんだろう。

 あと・・・ヴェルもそこそこできるか。

 ただ、今の俺には一切使えない。


「別に俺はあれをどうにもできないからいいよ」

「そんな! じゃあお兄ちゃんのために今度はおいしい魔物討伐してくるね!!」

「それはダニングの許可をもらってからにしてくれ」


 ルリはショックを受けているようだったが仕方がない。

 俺にはどうしようもできないから。


「どうやらアイナとバンも帰ってきたみたいですね」

「えっ?」


 ヴェルの声で上を見てみるとそこにはドラゴンにまたがる二人の姿が見えた。

 ・・・まて、なんか見たことあるのがドラゴンに載ってるんだけど。

 というか目の前に同じ奴がある。


「フィセル様!! 今日はいいものを持ってきました!!」


 ドサッと地面に見たことある巨大なトカゲが卸される。


 本日2体目だ。

 なぜこのトカゲで被る!?


「これはですね、ってえぇ!? ルリまで同じものを・・・」

「あっはっは! 流石だな思考回路同じじゃねえか!!」

「さ、三人ともありがとう。でもこれ俺じゃどうしようもないからシズクが欲しい分だけ取ったら売っちゃおうか」


「そうだな、早く家に戻ろう。俺の作った飯が冷める」

「「「「「「はい(はーい)」」」」」」


 取りあえず魔物はそこに置いておいて俺たちは家の中へと入っていくことにした。

 盗む人なんていないだろう。

 そもそも周りに人なんていないし。


「ダニングおじさん今日はなんなの!?」

「今日はシチューだ。あっ、お前ちゃんと手を洗ってこい!」

「ダニングのシチューは久しぶりだね。俺とアイナは朝から何も食べてないからペコペコだ」

「そうですね、兄さんが寝坊しなければもう少し余裕を持てたのですが」

「っていうかアイナたちはどこ行ってたんだよ? 私が起きた時はもういなかったしもう騎士団長は辞めてんだろ?」

「それは、・・・」


 リビングへと向かいながら俺の前でエルフたちがにぎやかに話している。

 あぁ、なんて懐かしくて平和なんだろう。

 俺が本当に手に入れたかったのは・・・。


「これからはご主人様も一緒ですよ。ようやく、ようやくです」


 ヴェルが俺の横をそう言って過ぎ去って行く。


 だが俺はこの時見逃さなかった。

 彼女の顔が綻んだことを。


「あっ、ヴェルの笑い顔やっと見れた!!」

「気のせいです」

「いや絶対笑ったよ!!」


 俺はそう叫んでみんなの後を追っていった。

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