第32話 恩返し
「一緒に暮らす・・・?」
思わず聞き返してしまう。
3人のエルフを見てみると特別驚いた様子がないからおそらく前から決まってたんだろう。
知らなかったのは俺だけという事か。
「はい。ご主人様は聞くところによると昔のように魔法具や魔法役薬の開発の能力は一切なくそのまま商人として一生を終える予定だったとか。ならば私たちはもう一度あなたに仕えようと思いまして」
「・・・君たちは今自由で確固たる地位も会得しているんだろう? そんなものを俺なんかの為に消費してほしくない。君たちはもう自由だし俺に縛られる必要はないんだから。それに・・・俺は君たちの足枷になりたくない」
「そうだな確かにその通りだよ。だからこそこの人生をどう使おうが私たちの勝手だろ? それに昔みたいにずっとべったりってわけじゃねぇし。ご主人はどうなんだ? 私たちエルフと一緒に暮らしたくないってことか?」
シズクが真剣な顔で俺に反論してくる。
いや、シズクの言ってることは正しいし一緒に暮らしたくないってわけじゃないけど。
でも、でも!!
「こんな才能も何も無い俺なんかに構わなくていいんだよ! 昔の俺と今の俺は違うんだよ!! わざわざ俺の目線まで降りてこなくていいんだよ!! 君達はずっと高みに居ていいんだ!!」
思わず立ち上がり目の前の机をたたく。
言ってしまった。
ずっと抱えていた不安を。
『俺なんて今の君達にふさわしくない』って。
俺は今嫉妬しているんだ、過去の俺に。
昔と同じような小屋に来て余計に。
重ねてしまうんだ、昔と今を。
例え中身は同じでも、今の俺と昔の俺は違う。
今迄も他のエルフに会うたびどんどん不安が募っていた。
今の俺は彼らに必要ないんじゃないかって。
今の俺はかっこ悪いんじゃないかって。
会うたび会うたび後悔が形となっていった。
再会しないほうがよかったんじゃないかって。
かっこいいまま終わったほうがよかったんじゃないかって。
いや、昔がかっこよかったかは知らないけど。
俺の目的はあくまで『変わった世界を見る』だったから。
彼らの邪魔をしてまで手に入れるものでは・・・ない。
「何か勘違いしていませんか? 私たちは確かに過去のあなたに救われましたし尊敬もしていました。ですがそれはあなたの功績があったからだけではありません。あなたという人柄に惹かれたんです」
「それに主と一緒に住みたいのは、別に主を思ってではなくて単に俺たちの我儘です。だから主には一緒に住みたいか、俺等と離れて暮らしたいかの二択です」
「そうだ、ただの我儘だ。ご主人はここでみんなを笑顔で迎えてくれるだけでいい。それだけで私たちの生きる糧になる。それにご主人の頼みなら何でも聞くからな」
3人のエルフたちが口々に言う。
だけどどうしてもわからない。
なぜみんな『今』の俺をそこまで慕ってくれているのか。
「確かに昔と姿も声も同じだけど、俺は君たちにもう何も与えることができない!! そんなの、そんなの・・・」
「私たちが貴方にどれだけのものを与えてもらえたと思っているんですか!!!!!」
初めて聞いたヴェルの怒声。
思わず俺はひるんでしまった。
「まさしく・・・まさしくそれは私たちが200年前あなたに抱いていた感情です。どうしてここまで血の繋がりもない、ましてや人種も違うただの商品だった私たちに与えてくれるのかって。だから・・・だからこれは恩返しなんです。地獄の門まで行った私たちを救ってくれたあなたへの」
「・・・・・・」
「魔法を使えない? 剣を振るえない? 頭が悪い? そんなこと関係ありません。あなたはあなたです。私たちを救ってくれたただ一人の英雄です」
「まっさかご主人がここまでネガティブになってるとはな。むしろ『おうおう、お前ら生き返ったぞ!! 死ぬまで俺に尽くせ!! がはは』のほうが楽だったかもな、もともと私たちはその気だったし」
「その優しさこそ俺たちが惹かれたところかもしれませんけどね。自分よりも相手の事を考えてしまう心優しいご主人に」
視界がどんどん滲んでいく。
あぁ、これは涙か。
なんでこんなネガティブになっちゃったんだろうな俺は。
もう頭は真っ白だ。
そんな俺の頭にあるのは、このエルフたちともう一度暮らしたい。
ただそれだけだ。
これは俺の我儘なのかな。
「どうです? 私たちに沢山のものを与えてくれたあなたへの恩返し。受け取ってもらえますか?」
「・・・こんな俺でもいいのなら」
「かしこまりました。200年も私たちを待たせたんです、覚悟しておいてくださいね」
ヴェルは立ち上がりまだ泣いている俺の方へ歩いてきて、ゆっくりと俺を抱きしめた。
************
「ところで君たち三人は今何をやっているんだ?」
ちょっとした言い争いが落ち着いたリビングで俺は三人に尋ねる。
むしろそれを聞きに来たはずだったのだが気づけば引っ越しが決まってしまった。
「私は特に何もやっていませんね。しいて言うのならエルフが平和に暮らせているか見守っているくらいでしょうか」
「俺もですね。特に何も」
「私もだ」
え? この三人無職なのか?
「あ、無職ではありませんよ。ちゃんと仕事があります」
「まぁアイナ達ほど有名にはなってないからな。私たちはここでやれる仕事が多いし」
「俺もそんな感じですね。どっかの部隊に所属とかはしていません」
「なるほどね。あと、この家って昔と同じじゃないよな?」
「えぇ、流石に200年以上も住めませんよ。今は昔とは違う場所に、見た目はほぼ同じ建物を建てて暮らしていました」
「6人で?」
「ダニングとアイナは王城近くに家が用意されていますのでこちらにはたまに来るって感じですね。ルリは冒険者なので住処はここですがいることは少ないといった感じです」
「なるほど。それで俺はここに引っ越していいと?」
「引っ越していいというか引っ越してください。学校卒業したらすぐに。あっ、まあ別に卒業しなくてもいいですけどね」
「いや、卒業はさせてくれ・・・。あと1週間なんだよ?」
「別にいいじゃないですか。一生金には困りませんし。今私たちの全財産を合わせたら昔のご主人様の2倍くらいあるんじゃないですか?」
「えっ、ま、まじ?」
「はい、なのでご主人様は本当に何もしなくていいです」
なんかそれはそれで嫌だな。
こんな俺でも出来ることを探してみるか。
「あと、本当はこのままずっとしゃべっていたいんですが、私たちも今日に限ってやることがあるんです。今日は一度ご帰宅願ってもいいですか? 申し訳ありません、こちらから呼んでおいて」
「いや全然いいよ、君たちと無事会えたことだし。でもどうやって帰ろうか」
「それなら大丈夫です。先ほどルリを呼んでおきましたので」
「お兄ちゃんいる!? ルリが来たよ!!!」
「のわっ!?」
丁度のタイミングでルリが扉からひょこッと顔を出した。
なんかタクシー代わりになってないか、ルリ。
「ではご主人様をよろしくお願いしますねルリ」
「まっかしといて!!」
「ご主人様に手を出したら許しませんからね」
「・・・はい。よしじゃあ行こお兄ちゃん!!」
「わかった。行こうか。・・・君たちと再会できて本当に良かった。また来るよ」
「ええ、待っています」
こうして俺は3人の元を後にした。
一緒に住むという約束を残して。
********
その少しあと、全く違う場所にて。
「ちっ、雨かめんどくせえ。おいヴェル、随分とお前つんけんしてたな。知らせを聞いて一番号泣したのはお前だったのにな」
「・・・・・そのことは忘れてください。それにあなたのスキンシップが過激すぎなんです」
「ヴェルの接し方も問題ありだと思うけどね。すごい冷たかったじゃないか」
「なぜだか、ご主人様を前にするとああなってしまうんです。直さないといけないとは思っているんですけどね」
「そうだね、直したほうがいい」
私たちはここまで来るために使った赤玉をポケットにしまって話しながら目の前の建物へと近づいていく。
いつ見てもボロボロだ。
もうあの頃の面影はほとんどない。
私たちはその建物の裏へと回り、そこに置いてある二つの石に花を添えて手を合わせる。
そのあと立ち上がって建物の正面に再び戻って、その大きな家を眺めた。
勿論玄関は厳重に鍵がかかっている。
今日私たちはこの家の結界魔法を更新しに来たのだ。
もう人が住めないほどぼろぼろだし、誰かに侵入されたらたまったものじゃないですし。
なら壊せと思うかもしれないがそうはいかない。
それは思い出があるから。
だけでなく、
「この家の中を見られたとき、私たちの関係はどうなるのでしょうか」
「主なら・・・、いや分からないな。その時はその時だ」
「だからバレないようにご主人と一緒に暮らして行動を制限するって・・・。お前中々の悪だよな」
「もちろんそれだけではありませんよ? もう一度心の底からあの人に仕えたいのは本心です。・・・それにあの人なら自力で真実にたどり着くかもしれませんしね」
「お前はご主人に真実を知ってほしいのか?」
「分かりません。知ってほしいですし、知られたくありません」
私はそういって拳を強く握りしめる。
この建物は私たちが歩んできた200年を詰め込んだもの。
正でもあり、負でもある遺産だ。
直後雷が落ちた音が聞こえる。
ご主人様とルリは大丈夫でしょうか。
まぁ割と時間は経ってますし変な寄り道していなければ大丈夫でしょう。
「ご主人様は言いましたね、『今の俺と昔の俺は違う』と。・・・それは私たちもですよ」
雨が降りしきる夜の中、もう一つ雷の音が鳴った。
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