第29話 成長した(?)R
・・・なにやら前の方でさっきからずっとエルフの冒険者らしき女性が話し込んでいる。
俺が来る前からいたからもう結構時間が経っているに違いない。
その冒険者は茶色の髪を背中まで伸ばしており、後ろ姿だけでもその魅力が伝わってくる。
後ろ姿から判断するに、俺が昔関わったことの無いタイプのエルフと言えよう。
なんというか、抜けていないアイナって感じというか・・・アイナとヴェルを足して2で割った雰囲気というか。
さっきあの人が放出した魔力で腰を抜かして転んでしまったけど。
そんなことは置いといてだ、今俺は王国内にある冒険者ギルドに来ている。
理由はルリに会うまではいかなくても何かしらの伝言を残せたりしないかと思ってだ。
そんなこんなで先ほどギルドに着いて受付の順番待ちをしているのだが、2個ある窓口のうち一つがその女性に占領されてしまっている。
なので実質ひとつの窓口しか稼働していない。
なんならその女性は先ほどから自分の世界に入ってしまっている。
受付嬢はその女性を心配そうに眺めているがどうやらなかなか帰ってこないようだ。
それでも周りの冒険者たちは文句を言うどころか羨望の目で眺めていたり、頬を染めていたりするためおそらくはギルドの中でもかなりの実力者なんだろう。
なんとなくほかのみんなから尊敬の念が感じられる。
というかひそひそ声で聞こえてくる。
もしかしたらこれが日常茶飯事なのかもしれないな。
なんてことを考えていると列の先頭が俺になる。
たぶんエルフの女性の方は開かないだろうと思ってもう一方の受付に目を向けていたが、どうやらこのタイミングで彼女も現実世界に帰ってきたようで先ほどまで止まっていたペンを動かし始めた。
そしてようやく彼女は手続きを終えたようで受付から離れていく。
一瞬、俺の前を通るときに横顔が見えたがやはり美人であった。
整った顔が歴戦の騎士のように引き締まっており、美しいよりもかっこいいが似合う、そんな印象だ。
どこか物憂げな雰囲気も彼女の魅力を引き立てている。
もしかしたら冒険者になったルリもあんな感じなのかもな・・・。
「次の方? 早くこちらへ」
「おい坊主!! おら、前空いてるぞ早くいけ!!」
そんな風に見とれていた俺に前と後ろから大声を浴びせられる。
特に後ろのおっさんからの怒声は怖かった。
酔っぱらってるっぽいし、右目に大きな傷が入ってるし・・・。
「ご、ごめんなさい! す、すぐ行きます!!」
怒声に背中を押されるようにして受付の前に飛び出る。
やっぱり今も昔も冒険者みたいな血気盛んな人たちは苦手だ・・・。
俺はそのまま先ほどまでエルフの冒険者がいた方の窓口へと歩いていく。
どうやらこの受付の人もエルフみたいだ。
「ご用件はなんですか? というかあなたはおいくつですか? 冒険者の登録は18歳以上からとなっているのですが。見るからにすでに登録された方ではないでしょうし」
「あっ、いえ登録ではなくて・・・。あの、ここって冒険者の方に伝言って頼むことできますか?」
「伝言・・・ですか。まぁ一応こちらで控えておいても構わないですが、ご自身の魔法具を使って連絡はされないのですか?」
「向こうの連絡先を知らなくて・・・」
事実、俺は自分の通信式魔法具を持っている。
というか生まれ変わったこの世界はいろいろものが発展しすぎていた。
まるでその場にいるような映像を映し出す魔法具や連絡を取り合える魔法具。
そして何より驚いたのが、俺が開発した赤玉と青玉が改良されており非常に便利な瞬間移動魔法具が開発されていたのだ。
簡単な話、昔みたいに割ってもすぐ戻るし俺のよりも量産できるようになっていた。
そしてこの魔法具専用の法律も定められていたのだ。
例えば青玉は設置個所が定められていたり一般人の製作が禁止されていたりとかそんな感じである。
まぁそうでもしないといろいろ悪用できてしまうからな。
今の俺には関係ないけど。
そしてこれの影響か、平民の移動手段は未だに馬車が主流というのはすこし肩透かしだった。
一応平民用に魔力を込めたら動く板のようなものも開発されていたが、俺はそんなものに両親の命と引き換えに得た金を使いたくなかったし学校も家から近かったから必要なかった。
「・・・さま、お客様? それでどなたに伝言を? 一応こちらで承っておきます。不適切なものでは無ければ」
おっと、どうやら俺もさっきの女性みたいに自分の世界に入ってしまっていたようだ。
人のこと言えないじゃないか。
「えーっと、多分エルフのルリって人が登録されていると思うんですけどその人に。多分フィセルが来たって言えば通じると思うので」
「・・・は? ルリさんなら先ほど・・・」
受付嬢がそこまで言った時だった。
「おにぃちゃん!!!!!!!」
真横から弓矢のように何かが高速で俺めがけて飛びついてきて俺をなぎ倒す。
貧弱な俺は横からの衝撃に耐えられずいとも簡単にはじけ飛ぶが突っ込んできた何かは俺の体をつかんで離さない。
そのまま抱き着いた状態で地面と水平になり重力に負けて地面に落下する。
次に俺を襲った感覚は背中の強烈な痛み、そして胸の上に乗る柔らかな感触であった。
アイナと抱き着いた時は感じられなかった感覚だ。前も後ろも。
「ってぇええ!! な、なんだよ急に!!! 誰!?」
「えっ、お兄ちゃん私だよ、忘れちゃったの!? ルリだよ!!! あぁまさか本当にお兄ちゃんが戻ってきたなんて・・・!!」
「え? ちょっまってルリなの!? というかすりすりしないでみんな見てるからねぇ!! あと腕の力弱めて俺が砕け散るから!!!!」
「すーーーっ、はぁ、お兄ちゃんの匂いだ・・・。昔と変わってない・・・気がする」
「ちょっと待ってそれって俺30歳くらいの匂いだよね? え、俺匂いおっさんのまま? というかそうじゃなくて!!! 痛てててっ、背骨折れる折れる!! あと首筋の匂い嗅ぐなくすぐったい!!!」
「むふふふふ、この感じは絶対お兄ちゃんだ・・・。ぺろっ。ふふ」
「ひっ、ちょ、舐めるなぞわっとする! だ、誰か・・・」
「もう離さないよ。お兄ちゃんはわたしのもの」
「だれかーーーー!! ルリは、本物のルリはどこだーーっ!」
こうして俺らは3分ほど公衆の面前で抱き合うのだった。
俺らの写真撮ってたやつら覚えとけまじで。
************
「・・・で、なにか言うことは?」
「・・・・・テンション上がりすぎてました。でも後悔はしてない」
「まさかあんなに純真無垢だったルリがこんな風に育つなんて・・・」
「え、ちょっとまって! お兄ちゃん以外にあんなことしない!!! 今までそんなことなかったもん」
事態がようやく落ち着いた後、ギルドの中にある食事処で話すことになった。
いざこうして落ち着いて向かい合って座るとやはりどこか昔の面影があるのは確かだ。
それでも未だに目の前の女性があの幼かったルリだとは信じがたい。
成長するのは当たり前だけどまさかこんな美人になっているとは思ってもいなかった。
茶色の髪を一つに結んで背中まで伸ばし、赤色の切れ長の目は色々な死線をくぐってきたのを物語っている。
スタイルもシズクとまではいかないものの素晴らしい体形をしている。
おそらく見た目だけ見れば引く手あまたの超美少女といえるだろう。
まさか中身がこんなことになっているとは思わなかったけど。
・・・さっきまでのかっこよかった冒険者と同一人物だと信じたくない。
「ていうか本当にお兄ちゃん・・・なの?」
「もし違ったらルリがさっきやった行動は警察沙汰になってるぞ。というかそれは俺のセリフだ」
「・・・私は正真正銘ルリ・フィセルだよ。あの小さな家で育った」
「だとしたらなんでこんな風に・・・。どこで育て方を間違えた・・・!? アイナか? アイナのせいなのか!?」
この場にいないエルフの所為にする俺。
なんかごめんアイナ。
「本当に今回だけだって!!! その、テンションが空回りしただけなの!!! だって200年だよ!? あんなふうにならないほうが可笑しいでしょ!!」
「ダニングは真顔だったな。アイナとは泣きながら抱き合ったけど」
「えっ、もうほかのエルフたちとは再会したの?」
「いや、まだアイナとダニングだけだ。」
「よかった! ・・・・・ヴェルお姉ちゃんとかシズクお姉ちゃんに変な事されないように気を付けてね? 全身舐められるとか」
「奇遇だな、ちょうど先ほどそんな感じの目にあったよ。不思議だな、君に記憶がないのはおかしいんだけどな」
「多分アイナお姉ちゃんは何もしてないはず。お姉ちゃんチキンだし。問題はあの二人よ」
「さっきも言ったけどアイナとは確かに抱き合っただけだな。誰かとは違ってもう少し優しくだけど」
「あっ、特にシズクお姉ちゃんには気を付けてね。あの人何するかわからないから」
「あれ俺の声聞こえてる? さっきから会話のドッジボールなんだけど。俺の発言全部躱されてるんだけど」
「聞こえてるよ。私がお兄ちゃんの声を聞き逃すわけがない」
「そうか、よかった。じゃあもっと返答が欲しいな。悲しくなっちゃうから」
「お兄ちゃんを悲しませる奴は私が全員〇すからいつでも言ってね」
「おっと、それは放送禁止用語じゃないか? っていうか盛大なブーメラン突き刺さってるぞ大丈夫か?」
「冗談はさておき」
「冗談かよ!? えっ、どっからどこまでが冗談!?」
なんかすごい疲れてきてしまった。
もう、本当にあの女性陣三人の影響をもろに受けて育ってるじゃないか。
生真面目で腕っぷしが強いところはアイナから。
意地悪で少し過激なところはシズクから。
そして俺を完全に掌で転がすのはヴェルから。
どうすんだよ、この娘。
さっきまではあんなに凛々しかったのに今ではこの砕けっぷりだ。一体どれが本当の彼女なのだろう。
「ってことはアイナお姉ちゃんあたりがヴェルお姉ちゃんたちに連絡とってくれてるのかな?」
「あ、あぁそうみたいだね」
「そうか・・・。じゃあ名残惜しいけど今日は解散かな。私ばっか独占してたら怖い怖いお姉さまたちに怒られちゃうし。本当はもっと話したいけど、お兄ちゃんの健康が第一だし・・・、前みたいになるのは絶対嫌だから」
前みたい・・・。
前世の俺の事か。
やっぱり彼女たちには俺が過労で倒れたことはまだ心残りみたいだ。
申し訳ない。
「わかった。じゃあ今日は家に帰るよ」
「あ、家まで送って行こうか? 私ならすぐだよ」
「いやいいや。・・・いや、やっぱりお願いしようかな」
「わかった。ドラゴンはもう乗り慣れてるから大丈夫だよね?」
「うん、よろしく」
こうして二人でギルドを出てルリが呼んだドラゴンにまたがって俺の家を目指す。
先ほどまでの子供のようなはしゃぎ様とは打って変わって、その時のルリは静かで大人っぽかった。
「・・・本当にさっきは浮かれてただけみたいだね」
俺の前でドラゴンにまたがるルリにそう呟く。
「そうだよ、それにお兄ちゃん以外にはあんなことしないからね!!」
「そうか、それならよかったよ」
さっきまでの表情とは違い、真剣な顔で前を向く彼女。
それはSランク冒険者にふさわしい顔つきだった。
(ちゃんと大人になったみたいだな、よかった・・・。)
(・・・お兄ちゃんの家の位置を覚えるチャンス!!!)
そんなことを二人は考えながら夜の空を羽ばたいていった。
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