第28話 Rの過去②

 たまが死んでからさらに3年がたったころ、フィセルお兄ちゃんが31歳だった時の事にとんでもない事件が起こった。

 いや、私が招いてしまった。


 茹だるような暑さの夏の日の昼下がり、私はアイナお姉ちゃんと一緒に私たちの出会いについて話していた。


 そこでアイナお姉ちゃんがなぜあの日、元エルフの国に来ていたのかを初めて聞いた。

 アイナお姉ちゃんたちが探し物を求めてあの日私の近くを訪れていたことをだ。


 その話を聞いて私はあることを思い出してしまった。

 いや、無理だから忘れようとしていたことが実現できるかもと思ってしまった。


 私も探したいものがある、お母さんの形見を探しに行きたい。と


 そう思ってからは早かった。

 私も同じようにフィセルお兄ちゃんのところへ行き、一度だけでいいからあそこへ行かせてくれないかと伝えた。

 普通に考えて奴隷的扱いの私がこんなことを言うのはありえないことではあるが、幼さゆえに何も考えずに行動できた。


 最初は難色を示していたお兄ちゃんもついに折れてくれて私とアイナお姉ちゃん、そしてフィセルお兄ちゃんの三人でその日のうちに元エルフの国へと向かうことになった。


 なぜお兄ちゃんが? と思ったがなんか胸騒ぎがするというあいまいな理由で一緒に行くこととなったらしい。


 そしてその胸騒ぎは見事的中したのであった。


 アイナお姉ちゃんのパートナーのドラグの背に乗って元エルフの国についた私たちはすぐに捜索を開始した。


 私が探していたのはママから昔誕生日にもらったペンダント、そしてそれが入った箱であった。


 アイナお姉ちゃんが魔物を切り捨てながら瓦礫まみれになってしまった街を駆け抜け走ること数分、目の前に昔私が住んでいたであろう家を見つけることができた。


 この時、後ろからも魔物が来ておりお兄ちゃんとアイナお姉ちゃんが交戦しており私には動かないよう指示していた二人であったが、幼く考えが足りなかった私は見覚えのある家を見つけるなり走ってそこへと向かってしまった。

 私一人でだ。


 もう意味をなしていないドアをどけて中へと入っていき、目当てのものを抱え外へ出ようとした瞬間であった。家の中に魔物がいたと気づいたのは。


 今思うと私を追いかけて侵入し放題のあのぼろぼろの家に入ってきていたのかもしれないがそこは関係ない。

 結論として家の中で魔物と私は一対一になってしまったのだ。


 当然私にはあらがうすべもなく、大声で叫ぶもおそらく彼らとは距離がある。

 そして無情にも魔物は私を餌と定めてその大きな爪を持つ右腕を私めがけて振り下ろしてくる。


 もう無理だ。たま、あなたの元へと行くからね。

 そう思って目をつぶった私の耳に届いたのは走馬灯のパパやママの声ではなく、先ほどまで会話していたあの人間の声。


「ルリ!!!」


 その声とともに私の背後のドアをぶち破ったお兄ちゃんが私の目の前に飛び込んでくる。

 私と魔物の間にお兄ちゃんが滑り込んだことによってその爪はお兄ちゃんの背中を抉り貫き、その白い爪を血で濡らす。

 お兄ちゃんは私を抱いたまま動かなかった。


 ワンテンポ遅れてきたアイナお姉ちゃんはお兄ちゃんの姿を見て魔力が暴走し、金色の剣で目の前の魔物を塵にしたことまでは覚えているがそれ以降の事は正直あまり覚えていない。

 ただ一つ覚えているのは、自分の命よりも私の命を優先した人間のぬくもりだけであった。


 魔物を倒したアイナお姉ちゃんはすぐに我に戻って彼女がお兄ちゃんに渡されていた完全回復薬フルポーションをすぐに使った。

 この時もしも兄ちゃんが持っていたら見つけられなかったかもと思うとぞっとする。

 私もアイナお姉ちゃんもお兄ちゃんの高そうな袋の使い方を知らなかったから。


 そのままお兄ちゃんの口に回復薬を流し込むと傷はみるみる癒えていったが肝心のお兄ちゃんが目を覚ますことはなかった。


 ******



 目を覚まさないお兄ちゃんをドラグに乗せ、私たちは全速力で家に戻ったがあの時のみんなの慌てぶりは6年一緒に生きてきて初めて見るものだったのは覚えている。


 結果、お兄ちゃんが開発した回復薬で何とか一命はとりとめたものの目を覚ましたのはそれから4日後の事だった。


 後から聞いた話によると、意識のある人にあの回復薬を使うと絶叫とともに暴れるが次に日には回復する。

 そして意識の無い人に使うと暴れることはないが非常に体力を消耗するため目を覚ますまでに時間がかかるらしい。


 このことはお兄ちゃんも知らなかったらしく、お兄ちゃんは「新たな発見だ!! 今まで意識の無い人に使ったことはなかったけどこんな風になるんだね!」なんて言っていたけどお姉ちゃんたちは激怒していた。

 心配させやがってって。


 お兄ちゃんが目を覚ますまでの4日間は誰も私のことを責めたりはしなかったし、私の身を案じてくれたけれどみんなどこか上の空という感じでこの集団がお兄ちゃんを中心として回っているということがよく分かった。

 そしてお兄ちゃんに迷惑をかけ続けた私自身に怒りが収まらなかった。


 そんな中目を覚ましたお兄ちゃんが元気になった後、謝りに行った私にお兄ちゃんは笑顔でこういってくれた。


「ルリが無事でよかった、探し物も見つかったんなら100点だね。あぁでも俺がもうちょいうまく守れればこんなことにはなってないから90点にしとこうか」って。


 泣きじゃくりながら謝る私の頭をいつものように撫でながら紡いだあなたの言葉は私の中で何かを燃やした。


 その日から私はお兄ちゃんを守るためにアイナお姉ちゃんとバンお兄ちゃんに剣術を習い、ヴェルお姉ちゃんとシズクお姉ちゃん、そしてフィセルお兄ちゃんには魔法を教えてもらった。

 ダニングおじさんには料理や様々な薬草、毒や食材の知識を教えてもらいこのみんなの教えは今の私の血肉となって活きている。


 いつまでも守られているんじゃなくて守るために。


 お兄ちゃんが死んだあと、ダニングおじさんとアイナお姉ちゃんは人間の国を守るために。

 シズクお姉ちゃん、バンお兄ちゃん、そしてヴェルお姉ちゃんはエルフの国を守るためにそれぞれの道を歩み始めた。


 だから私はそのどちらも守れるように冒険者となった。

 魔物を駆逐してみんなが平和に暮らせるように。


 そんな冒険者生活も気づけば50年近くたっており気づいたらSランクにもなっていた。

 でもそんな肩書必要ない。

 お兄ちゃんを守れればそれでいい。


 お兄ちゃん、私強くなったよ。

 もう泣き虫じゃないよ。この腕であなたを抱きしめられるよ。


 私のすべて全てはあなたのために。

 二度も私を救ってくれたあなたにこの身を捧げるよ。

 見返りなんていらない、もう充分もらったから。


 だから私がお兄ちゃんの障害となるものはすべて排除してあげるね。

 それがたとえ魔王や神が相手であったとしても。

 まっててね、お兄ちゃん。

 もし会うことができたのなら・・・、その時はずっと一緒だよ?



 *****



「ルリさん? ルリさんどうしたんですか? 何か悲しそうな顔していますよ」


 そう不安そうにつぶやく受付のエルフの声で私は現実世界に帰ってくる。

 彼女もこの間に大分体調が戻ったようで、いつものように戻っていた。


 ・・・どうやら私は少し思い出に浸っていたようだ。

 あの輝かしい日常のころの思い出に。

 もう戻ることは出来ないあの日常。


「あっ、・・・あぁさっきからごめんね。魔力で押しつぶしたり考えこんじゃったり」

「いえ、全然大丈夫です! 不確定な情報を流してしまったのは私ですし、何よりルリさんのそういうところがミステリアスで尊敬できるところなので!!」


「尊敬・・・? 私を?」


 思わず聞き返してしまった。

 あまりに聞き覚えの無い言葉だったから。


「もちろんです! 同じエルフとして誇りに思いますし、一冒険者としてもです。 多分他の冒険者様もそう思っていると思いますよ。なんたってSランク冒険者なんですから!!」


 尊敬。

 それは私がお兄ちゃんに抱いていた感情と同じなのだろうか。

 ・・・わからない。


 そんな言葉じゃ言い表せない気がするけどもしかすると彼女は私の事を、私がお兄ちゃんに抱く感情と同じように見ているのかもしれない。


 それは・・・嬉しい。

 私が誰かの目に輝いて映っているのなら。



「そう、ありがとう。じゃあ書類はこれでいいかしら」

「はい、大丈夫です! またよろしくお願いします!」


 私の顔を嬉しそうに見つめる受付嬢に書類を書いて渡し、受付嬢が判子を押したのを見届けてからギルド内にある食事処へ向かおうとしその時だった。


 ちょうど私の背後から聞き覚えのある声がしたのは。


「あの、ここって冒険者の方に伝言って頼むことできますか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る