第27話 Rの過去①
「ルリさん聞きましたか? 何でも今日、市場の方で不審者が出たとか」
いつも通り任務を終えて冒険者ギルドの受付に任務完了の手続きをしに行くと、カウンターの向こうのエルフの受付嬢にそう告げられた。
彼女はまだここに配属されてまだ5年ほどしかたっていないが同じエルフということですぐに仲良くなれた数少ない友人のような存在だ。
私は普通一人で任務に向かうから仲間とかはいないし、他の冒険者は私と距離を取って接してくる。
だからこうして冒険者として気軽に話せる存在がいるというのは本当に心強い。
そんな彼女から少し不穏な言葉が紡がれた。
「不審者?」
「ええ。何でも昼間から大声で叫んで暴れて王都の騎士さんたちに連行されたみたいなんです」
「まぁそれくらいはよくあることじゃない?」
「いえ、実はここだけの話・・・」
そういって彼女は手を口元に当てて小さな声で話し始めた。
私もその近くにエルフの象徴である長い耳を近づける。
「ダニング様を狙った犯行だったそうです。なのでエルフは気を付けた方がいいかもしれません」
この言葉を聞いた直後、私は思わず全身から魔力が無意識に暴発する。
すぐに自分でもヤバイと思って抑えるが、周りの冒険者は相当びっくりしたようだ。
近くにいた人間の少年も腰を抜かしてしまったようだが今の私には対応する余裕がなかった。
冒険者ギルドが一瞬にして静まり返ってしまった。
「ダニングおじさんを狙った犯行・・・? ゆるさない。そいつを潰す」
「いっ、いえ! 未遂に終わったようですし、あくまで噂ですので!!」
私は強く手を握って前を見るが、汗を大量に流しながら必死に弁明してくる彼女はもうガタガタいってしまっていた。
彼女はまだ実践経験がないようだし、こんな魔力に充てられたことがないのかもしれない。
募る怒りを頑張って抑えて何とか平常心まで戻していく。
こんな風にいつまでも子供じゃダメだ。
冷静に、冷静に。
「ふぅ、・・・・ごめんなさい。そうよね噂よね。まさかこのご時世にそんなとち狂ったことをする者なんていないもの」
「は、はひ・・・。そうだとおもいます。今の時代にそんなことするのは・・・常識が全くわかっていない愚か者ぐらい・・・ですから」
「本当にごめんなさいね、水でも飲んで」と
私は懐から水筒を取り出して受付のエルフに渡した。
彼女がゆっくりと飲むのを確認してから少し物思いに更ける。
・・・もしかしたら一人いるかもしれない。
今の時代を全く知らずに変な行動をしかねない人が。
一瞬私の頭の中にある人物が思い浮かんだがすぐに手で振り払う。
この200年間で今まで何度期待しては落胆してきたか。
あの人が生き返ったのでは? と思うことに。
・・・そんな期待を持つな、私。
でも、もし再び会えて再びともに暮らすことができたらどれほど幸せなことだろうか。今でも明確に覚えている記憶は一握りしかないけれど、あの生活が今の私を作ったのだから。
*******
私があの家で暮らすようになったのは私が生まれてから30年ほどが経過したころであった。
人間でいうところの6歳である。
両親を失って魔物に蹂躙された町で息絶え絶えながらも生きることを諦めなかった私はたまたま通りかかったアイナお姉ちゃんとシズクお姉ちゃんによって助け出された。
そしてお姉ちゃんたちもフィセルお兄ちゃんに助けられたということも知った。
ただあの頃の私は幼かった。
彼らがどういう集まりなのか、何を目指しているのか全く分からなかったのだ。
だから私は何もしなかった。
いや、彼らの利益になるようなことを何もしなかったというべきか。
朝起きてリビングでご飯を食べて、眠くなったら寝て、猫のたまと遊んで、たまに危険なことをやってフィセルお兄ちゃんやヴェルお姉ちゃんに怒られて。
あの頃のエルフは言ってしまえば人権なんてなかった。
ましてやフィセルお兄ちゃんからしてみれば私は見ず知らずの他人。
面倒を見る義務がないどころか奴隷のように扱う権利がお兄ちゃんにはあった。
それでもお兄ちゃん、お姉ちゃんたちは私の事を本当にかわいがってくれた。
フィセルお兄ちゃんやバンお兄ちゃんは頭をなでてって言ったら撫でてくれたし、ダニングおじちゃんにお腹減ったっていえばすぐに何か作ってくれた。
くだらないいたずらをシズクお姉ちゃんと一緒に考えては実行したり、ヴェルお姉ちゃんとアイナお姉ちゃんは幼い私の面倒を親のように見てくれた。
あの森の中の家で何不自由ない暮らしを送らせてくれたしそんな日常がいつまでも続くと思っていた。
その考えが打ち砕かれたのは私があの家で暮らすようになって3年がたったころだった。
いつも私の近くにいたたまが、朝起きたらフィセルお兄ちゃんの部屋の本棚の上で冷たくなっていた。
私は大泣きした。
そしてあろうことかフィセルお兄ちゃんに向かって、回復薬で直してよと泣き叫んでしまった。
頭ではもう無理だとわかっていたのに。
それでもお兄ちゃんたちはそんな私を抱きしめて泣き止むまでぎゅってしてくれた。
あの時のぬくもりは今でも覚えている。
ある程度落ち着いてから私たちは家の裏にたまを埋めた。
エルフは死ぬときには光の粒となって消える。
だからこそ私はどうして死んでも体が残るのか不思議だったし、なんで土に埋めるのかも疑問だった。
そんな疑問をこぼした私にお兄ちゃんはこういった。
「いつか、生まれ変わるようにと願って人間はこうするんだ。土に還ってまた戻ってこれますように。ってね」
私のパパは魔物退治に行ったっきり帰ってこなかったしお母さんは人間に連れ去られてしまった。
だからこそこれが私が経験した初めてみる死だった。
そのあとみんなで手を合わせて花も添えた。
多分この時、私以外のあの場の誰もが思ったことがあっただろう。
この中に一人、圧倒的に寿命が早い人がいることを。
ただ幼い私は人間の寿命なんて知らなかった。
この時でさえ、みんなでいつまでも暮らしていけるものだと思っていた。
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