第19話 日常5 噛み合う歯車

 エルフたちを我が家に迎え入れてからちょうど一年が経過したときの事だった。


 いつものように自室でシズクとともに研究を続けていたところ俺の通信式魔法具が震えて誰かからの連絡が来ていることを主張しているのが目に映った。


 シズクに「私はいいから早く出たほうがいい」と催促されて魔法具を起動させ耳に通信具を当てるとそこからは聞き覚えのある声が聞こえくる。


『これはこれは、フィセルはん。お元気でしたか?』


 その声は俺が彼女たちエルフを買った奴隷市場のオーナーだった。

 彼とは確か、シズクとダニングを買った時に話して以来だろうか。


 あまりに俺が短時間でエルフを雇ったから一度話がしたいって言われたんだっけ。

 特にいい思い出は無いけれど。


「おひさしぶりです。どうしたんですか急に」


 俺は出来るだけ平然を装って答えたが内心はバクバクだった。

 もしかしたら首輪を無断で外したことがばれたのかもしれない。そんな不安が頭によぎったからだ。


 だがそんな心配は杞憂に終わり彼は昔と同じ口調で話し始めた。


『いえいえ、そんなかしこまらんでください。丁度フィセル様が初めてうちをご利用になってから一年経ちましたから連絡しただけですわ。ゲルグはんからもあんたには丁重な扱いをしろときつく言われてるもんで』


 よかった、変なことにはなっていないようだ。

 だが本当にそれだけか?


「いえ、働き者が多くて助かっていますよ」


『でもフィセルはんが購入したのは全部いわくつきでしょう? それもあなたの開発した回復薬で治したんですか?』


「まぁ、そうですね。それで? 話はこれで終わりじゃないでしょう?」


『そうですなぁ、一度会って話がしたいんですけどお時間いただけませんか?』


「それはなんの話を?」


『いえ、大したことありません。ただ回復薬開発の天才と少しお話がしたくなったんですこの機会に。フィセルはんと話そう思っても全然こっちのほうにお見えにならないじゃないですか』


 なるほど、そういう事か。

 確かにこの一年間王都に行ったのは数えるほどだし行ったとしてもゲルグさんぐらいとしか関わってない。

 ・・・この人と話すことで何かいい情報が得られるかもしれないな。


「わかりました、近いうちにそちらを訪ねます。そうですね・・・、3日後はどうですか?」


『おぉ、それはそれは!! こちらも予定空けときますんで。多分あなたはゲルグはんの建物に着陸するんですよね? あのドラゴンみたいな生き物で』


「そうですね。ならこちらからゲルグさんには話を通しておきますので」


『ありがとうございますー。ほんならゲルグはんがうちの事務所の場所知ってるんで案内も頼んどいてもらえます? 多分あの人、フィセルはんのお願いときたら喜んで首を縦に振ってくれると思うんで』


「わかりました。ではまた3日後にお伺いします」


『まってますー。ではこれで』


 一息ついた後俺は魔法具を耳から離した。

 なんかこう、一気に現実に戻された感じだ。


「・・・今のはもしかして」


 後ろを振り返るとそこにはうつむいたままか弱い声で俺に尋ねるシズクの姿があった。


「そうだね、君を雇った市場のオーナーからだ。ちょっと話があるらしいから王都に行くことになった」

「・・・・・」


 黙り込んでしまったシズク。

 彼女にとっては嫌な思いの象徴でしかないのだから仕方がない。


「大丈夫、大丈夫!! ここはもう安全なんだし、他のエルフを助けるために今俺らはこうして頑張ってるんだろう?」


「そうだけど・・・、ちょっとまだ前を向くには時間がかかりそうだ。自分では割と克服したつもりだったんだけどな」


 俺はシズクに近づいていって髪をわしゃわしゃしてあげる。

 シズクとルリはこうしてやったら喜ぶのだ。

 この前ヴェルにやったら冷たい目で見られちゃったけど。


「しょうがない、久しぶりにじっくりと王都観察をさせてもらいますか。そうと決まれば準備しないとだな・・・。おーい、ヴェル!!」


「どうしましたか、ご主人様。・・・どうやらシズクが随分としおれているようですが、もしかしてやましいことでもしたのですか? そしてその後処理を私にさせようと。どんな趣味ですか?」


 俺が声を張り上げてから10秒もしないうちに現れた我が家の超優秀メイド。

 ほんとに早いな、どうやって移動してんだか。

 てかどうしてそんな話になる?

 顔はいつも通り無表情のようだがどこか引きつっているようだ。


「そんなことしてないよ・・・。確かにシズクは今しおれてるけどさ。まぁいいや、俺とアイナは3日後にここを出て多分少しの間戻らない。その間の事は君に任せたよ」


「かしこまりました。お土産をお待ちしております」

「わかったわかった。じゃあまずはゲルグさんに連絡だな・・・」


 俺は再び通信式魔法具を手に取った。



 ********



「これはこれは、お待ちしておりましたフィセルはん」


 ゲルグさんに連れられてとある建物に来たのだがそれはそれはきらびやかで豪華なものだった。

 そして今俺とアイナはその建物の一室にいる。


 いったいどれほどの金をつぎ込んだらこんな家が建つんだろうか。俺の家も大きい自信があるけどそんなの鼻で笑われるくらいの大きさだ。


 ちらっと後ろを振り返ると、フードをかぶって顔が全く見えないアイナの姿があった。


 アイナには外してあった首輪をつけて、奴隷の象徴でもある顔を覆うほどのフードがついた服を着せて後ろに立たせており、ゲルグさんの奴隷もその横で立っている。

 これが基本的な護衛の立ち位置だ。


 そして部屋の中には俺とゲルグさんが隣同士できれいな椅子に座って、その正面に奴隷商会のオーナーが机を挟んで座っている形だ。確かこの前もそうだったな。


 俺はここを訪れる際、ドラグの背中の上でアイナには背の上で先に伝えてあった。


『これから王都ではアイナを奴隷のように扱う』と。


 これは毎回王都に向かう際にやっていることだ。

 そうしなければ俺の計画がすべて水の泡になる恐れがあったから。


「いえいえ、お久しぶりですダズマさん。一年ぶりでしょうか」


「おぉ! 私の名前を憶えてくれているとは!! ありがたいですな」


 奴隷商会のオーナー、ダズマさんは嬉しそうに手を合わせた。


「それで? 話とは一体?」

「そうですね、まずは・・・」


 そこからは男三人で取り留めもない会話が始まった。

 税金がどうとか、国王がどうとか、景気の話だとか。


 そんな会話に適当に相槌を打ちながら参加していると、だんだんと俺の研究の話の方へとシフトしていった。

 どうやらゲルグさんもこの話に興味があったようでぐいぐい来るようになった。


「・・・それで今フィセルはんは何の研究をしてはるんですか?」


「今僕は完全回復薬の量産化を試みてます。ですがやっぱり難しくて・・・」


「確かに、私に卸される回復薬の量は毎回少なくてすぐ売り切れになってしまいますからね。もう大人気ですよフィセル様の回復薬は」


「ありがとうございます。これも僕だけの力では無理でしたよ。ゲルグさんっていう後ろ盾がなければ。今も新しい魔法具の開発をしているところなのでまたよろしくお願いしますね」

「いやいや、ご謙遜を。これからもよろしくお願いいたします」

「はい、こちらこそ」


「そう!! そこですよ!!!」


 いつものように俺とゲルグさんで商いの話をしていたところ、突然ダズマさんが大声で会話に入ってくる。

 俺とゲルグさんはびっくりして同時に足を机にぶつけてしまった。

 痛い・・・。


「ど、どうしたんですかダズマ殿!? き、急に大声をあげて・・・」


「そうなんですよ、私が本日フィセルはんをお呼びしたのはその話がしたかったからなんですわ!!」


「その話って・・・、どの話ですか?」


「商いの話ですわ。ここで私と取引をしませんかね?」 

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