第2話  一人目

 男性の後ろを追って歩くこと5分ほど。

 気付けばどんどん商店街の方へと入っていきそのにぎわっている雰囲気に俺の心も躍る。


 が、男性はどんどん狭い路地の方へ行きしまいには店なんかもなくなっていく。

 薄暗く、人気がないところへ案内されていく俺はどんどん不安が募っていく。

 カツアゲとかでよく使われそうな場所だ。それか麻薬取引か。


(も、もしかしてこの人、俺を殺してポーションを盗む気じゃ!?)

 という考えが頭を支配するくらいに俺は焦っていた。


「あ、あの! や、やっぱり大丈夫です!!」


 意を決して男性に話しかけて帰ろうとするが、俺の後ろにはボディーガードがいた。

 怖いしでかいし無言だし。

 顔をかぶり物で隠してるから余計に不気味度が増しているし。


「安心してくださいフィセル様、私たちはあなたを殺そうとか考えているわけじゃありませんよ。あなたから何かを奪うことは損のほうが大きいですし。それにもう着きました」

「つ、着いた? どこにですか?」


 もう涙目になっている俺の手を取り引きずるようにして歩いていく。

 振りほどこうとするが全然かなわない。どんだけ非力なんだ俺。


 こうして俺らは路地の奥のほうまで歩いていき、やがて目の前には扉が現れた。

 扉の横にはフードをかぶった人がいる。

 人というかもうお化けみたいだ。

 そのお化けのような人から98という番号の書いた丸い板を渡される。

 ・・・なんだこれ?


「お待ちしておりました、ゲルグ様。どうぞ中へ」

「うむ」


 フードの人が開けた扉を通り中に入る俺たち。

 その瞬間とんでもない熱気と歓声のような声が俺を押しつぶした。


「な、なんですかここ!? なんかのスポーツの観戦場!?」

「いえいえ違います。ここはエルフの競売場です」

「は?」


 どうやらゲルグという名前らしい男性の言葉に思わず変な声が出る。


 ・・・エルフの競売場?


「あなたも一人くらい護衛を付けた方がいい。これから先、命が危険にさらされることが多くなるでしょうから」


 俺はこの時初めて、この国が抱える闇を知った。



 *****


「さあ次はこの男のエルフ! 使える魔法は風と火で生まれてまだ200年しか経っていません!! じゃあ行きましょうまずは800万から!!」


「810!」

「900!」


「950!」

「さあ他にはいませんか? はい、では17番さん950万で落札です」

「「「「オーーー!!」」」



「な、なんですかこれ!?」

「見ての通りエルフを買っているのですよ。この国でエルフの取引は暗黙の了解になっていますから」

「そ、そんな・・・」

「べつにすべてがすべて悪というわけではありませんよ。もしかしたら彼らは壊滅したエルフの国で死を待つだけだったかもしれない。そんななか私たちが買って衣食住を与えているわけですから。まあ魔法具で自由は奪っていますがね」


「こんなことが地下で・・・」

「それに私の後ろにもいたでしょう護衛が二人。あれもエルフですよ。この中には入ってこれませんが」

「えっ!?」

「そういうものなんです。諦めて受け入れたほうがいいですよ。私も若いときは驚きましたがこれが勝者と敗者の末路なんです。こうして話している間にも何人ものエルフが売られていますしね」


 ゲルグさんの言う通り、俺らがこう話している間にもどんどんエルフが売られてく。


 そういうもの? 認めるのが大人? わからない。

 ただ一つだけわかるのは・・俺にはどうしようもないという事だけだ。

 受け入れるのが楽なのかもしれない。


「おや、もう最後のエルフのようですね。それに女みたいですから護衛には不向きですし・・・。しかもなにやらいわくつきみたいですね」


 うつむいていた顔を上げ、ステージの中央を見てみるとそこには一人のエルフがいた。

 今こうしている間も咳をして、血を吐いて蹲っている。

 よく見ると体中傷だらけでもしかしたらもうあの右手は機能していないのかもと入れないと思うほどとだ。


「えー、最後のエルフですが、これは未知の病持ちのエルフです。前の契約者の暴行も残っており欠陥品ではございますが処女であります。どんな病気を持っているのかは検討もつきませんがサンドバックにはなるかもしれませんので競売を始めます。まずは100万から」


「120」

「150」


 ぽつぽつ声は上がるが先ほどまでの盛り上がりとは打って変わって閑散としている。

 それもそうだろう。未知の病持ちのエルフなんて怖くて仕方がない。


 彼女をもう一度よく見る。

 苦しみながらもまだ人生を諦めていない、そんな顔だ。

 俺なら・・・彼女を救える。


「これ以上は出ないですかね。それでは・・・」

「1000!」


「「「「「「なっ!!!」」」」」


 会場のみんなが俺の方を振り返る。

 それはそうだろう。今日俺が聞いた中で一番高い値段だ。


「は? あっ、えーほかにはいらっしゃいませんか・・・? そ、それではえーと、何番ですか?」

「98番です」

「そ、それでは98番様、1000万で落札・・・」


「なっ、フィセル様正気ですか!?」

 横で慌てた様子でゲルグが俺の肩をつかむ。


「はい、あの子は俺が買います。今日はありがとうございました」


 こうして俺はこの日初めてエルフを買った。



 *****


 騒ぎが大きくなる前に俺は舞台の方へ行き奴隷商人に話しかける。


「98番です。あの子を僕に」

「あ、あなたが98番様ですか? なんとも物好きといいますか・・・。お金はあるんでしょうね?」

「はい、ちょっと待ってもらえればこの場で現金でも支払えます」

「なっ! そ、それは結構です! いいです分かりました、この契約書にサインをお願いします」

「わかりました」


 奴隷商人が渡してきた書類に必要事項を書き込んでいく。

 奴隷を買うのは初めてか? というチェック欄があったので初めてにチェックする。


「フィセル・・様ですか。どうやら買うのは初めてだそうで」

「ええ、来たのも初めてです」

「それなのにこんなやつをこんな値段で買われるとは・・・」

「こんなやつ? 彼女はものじゃありません」


「・・・まだお若いようで。まあいいでしょう、初めて買われる人には説明をすることが義務づけられていますので説明しますね。まずここで買ったエルフには首輪がついています。これがついている限りエルフは主人に逆らうことはありません。なので外さないでくださいね。もし外せるようなことがあっても、首輪をつけていないエルフが街を歩いていたら多分とらえられてまた売られることになりますから」


「わかりました」


「それとですが、基本的にエルフの寿命は人間よりも長いです。もし所有者が亡くなった場合は強制的に買った奴隷商人のもとへと強制転移させられます。ただもし家族の方が希望されるようなら無償で主人の設定を変えさせていただきますのでご安心ください。ただし有効期限は1か月ですのでそこだけはご注意を。それを過ぎたらまた別のところに売ることになりますから。ほかに何か質問は?」


「ありません」


「そうですか、それではあなたの口座と金額をこの紙にお書きください。・・・はい、ありがとうございます。これで契約完了です。また、不具合等ありましてもこちらでは返金しかねるのでご了承ください。・・・とくに今回は」


「大丈夫です。ありがとうございました」


「ではこちらを」


 そういった男の後ろからは血の咳を死ながらゆっくりと歩いてくるエルフの姿があった。

 奴隷商人は口元を服の袖で隠している。よっぽど嫌なんだろう。


 彼女は遠くから見るよりも外傷はひどく、歩くのがやっとといった印象だ。


「このたびは・・・ゴフッ! か、買っていただいて・・・ゲホっゲホ」


「ああいいよ無理に話さなくて。これは宿に連れていく前に問題になりそうだな・・・。よし、ちょっと失礼」

「え?」


 そのまま彼女をお姫様抱っこの形で抱えてダッシュで競売場から出る。

 なるべく人が少ないところに行ければそれでいい。

 なんとなく、あれを飲ませるのを誰かに見られたくないだけだ。


「あ、あの・・・私にそんなに近づいたら、ゴフッ!!」

 俺の胸元に彼女の吐血がつく。

 でも別にどうでもいい、彼女が救えるのなら。


 だが問題は別にあった。

 俺の体力と筋力だ。


「くっそう・・・やっぱ宿までダッシュは無理か・・・」


 それにこのままいったら俺にも未知の病が移りそうだ。

 ポーションで直せるとはいえ無駄遣いはしたくない。


「はっ、はっ、もう無理・・・。一個しかないから使いたくなかったんだけど仕方がない、転移(ワープ)!」


 ポケットの中から赤いガラス玉を取り出して地面にたたきつける。

 これは俺が開発した魔法具『転移玉』だ。

 色々問題点があって商品化には至っていないがそれでも優れているのは違いない。


「びっくりするかもだけどごめんね」

「え? き、きゃあ!!」


 こうして俺とエルフの少女は宿の部屋の中へと到着した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る