番外編③クラウン王国からの帰還
※魔界に行くまでの経緯も少し。
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本日はレオンハルト第一皇子がクラウン王国での一年間の留学を終え、ドラコニア帝国へ帰還する日。
手紙は定期的に送られてきたので近況は知っているが、やはり久しぶりに帰ってくるとなると感慨もひとしおだ。
ドラコニア城の門前には梁山泊の面々が、我等が皇子を乗せた馬車を待ちわびていた。
中でもそわそわしていたのは、レードラである。
彼女は当然の事ながら全裸でもなく、レオンが贈る珍妙な異世界ファッションでもなく、一端の貴婦人の装いをしていた。流行を押さえながらも品のあるドレスに、髪はシニヨンに結い上げられている。
「レードラ様、そんなに心配されなくてもレオン様はもうすぐ来られますよ。精霊から連絡がありましたから」
蔦の巻き付いた杖を構え、耳に手を当てているニルスが落ち着かせようとするが、自身を抱きしめたレードラにジロッと睨まれた。
「違うわい、このドレスに慣れとらんだけじゃ。何故儂がこんな普通の娘御みたいな格好をせねばならんのじゃまったく…」
「一年ぶりの再会なんだから、こんな時くらいちゃんと正装で出迎えてやったらどうです」
サイケがそう言うと、レードラはもじもじと身を捩りながら溜息を吐く。
「ちゃんとした格好の儂なんぞ、あやつが儂と認識できるのか? うう、落ち着かん…却って、は、裸を見られているようじゃ…」
彼女の呟きに一同は顔を見合わせ、一斉に聞き返すジェスチャーをした。
「「「……え??」」」
「やかましい、言葉の綾じゃ! 全員同じポーズを取るな!!」
思わずキレて声を荒げたその時、馬車がこちらに向かってくるのが見えた。ドラコニア帝国の紋章が描かれた馬車が全員の前まで来ると、まだ止まっていない内から扉が勢いよく開き、レオンが飛び出してくる。
「レードラ!!」
「あっ殿下! 危のうございます!」
御者が慌てて声を上げるが、構っていられない。
そうしてレードラたちの前に立った十六歳のレオンは、最後に見た時よりも随分と背が伸びていた。そのせいか雰囲気は大人びていたが、キラキラ光る眼差しは子供のようで、そのアンバランスさに見る者を戸惑わせる。
「レードラ…」
「……うむ」
名前を呼ばれて少し居心地悪そうに返事をするレードラを前に、みるみる顔いっぱいに喜色が広がっていくレオン。
「レードラぁ!!」
「うわっ!」
がばっと飛び付かれ、押し倒された勢いで、地面にゴンと後頭部を打ち付けてしまう。ダメージはそれほどではないが、イラッときたので文句を言うためにレードラはその口を開こうとした。
「おい、帰って来るなり何……んっ! ふ、うう~」
しかし言いかけた言葉は、熱い口付けの中に飲み込まれる。
キャトルが慌ててニルスの目を両手で覆った。
「キャトルさん……前世じゃ最年少は貴方なんですけどね」
「っぷは! 何をするんじゃ、こんな人前で……こら、噛むな! 犬かお主は」
「レードラ…レードラ…レードラ!!」
熱に浮かされたように名前を呼び、キスの雨を降らせるレオンに、抵抗していたレードラはその内諦めてされるがままになっていた。
「おーい、そろそろこれ何とかしないと、国民に見られたら皇家の沽券に係わるぞ」
「うむ、そうじゃの……これレオンよ。城にも挨拶に行かんか。この一年、遊びに行っておったわけではないのじゃろう?」
「……」
レードラに叩かれて名残惜しそうに上から
「レードラ…俺、マサラに会ってきたよ」
「そうか」
「さよなら、してきた」
「…そうか」
その瞳に宿る切ない光を、レードラは頷きながら受け止めた。レオンは何かを吹っ切ったように、気取って紳士の礼を取る。
「我が名はドラコニア帝国第一皇子、レオンハルト=フォン=ドラコニア。レッドドラゴンを愛する、一人の男だ。……ただいま、レードラ」
「馬鹿垂れ、遅いわ。……おかえり、レオン」
レードラは以前より視線を上げて、自分を熱っぽく見つめる瞳を見返した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「魔界への扉を開いた勇者一行は、最終的にはレベル三百前後まで到達したそうだ。すげえな……
魔界と言う場所には有象無象の魔物たちが好き勝手生きてるわけじゃなく、それなりに文化と秩序があり、魔界の町や村で専用の通貨を使用したと書かれてあった。もちろんダンジョンもある。伝説でしか知らないような生き物たちが当たり前の世界だって…」
皇帝への報告を終え、自室に戻ってきたレオンは、待っていたレードラにそう伝えた。
「これが、レードラの生まれた世界なのか」
「うむ、懐かしいのう……。先日魔法陣が発見されたとは言え、今の儂には使命があるのでおいそれと魔界へ戻る事はできん」
「帰りたいか…?」
「いや、居た頃も何か考えて生きておったわけではないし、特に愛着はない。……しかし、この格好もいい加減窮屈じゃのう。脱いでいいか?」
ベッドに腰掛けて足を遊ばせていたレードラは、厚手の靴下を脱ぎ、胸元のリボンを解いて寛げた。レオン一人の前でなら裸でも問題ないと思ったんだろうが。レオンはすかさずその隣に座り、彼女の手を握る。
「レードラ…俺の部屋のベッドで服を脱ぐって事は、誘ってると思っていいんだな?」
「何でそうなる。いつもの事じゃろうが」
「目の前にいるのは、もうガキンチョじゃない。十六の男だよ」
「……」
「クラウン王国にいる間、早く君を抱きしめたくて仕方なかった。今だって相当、我慢しているんだ」
レードラが抵抗しないのをいい事に、そのまま彼女の体をベッドに押し倒す。このまま二人がここで事に及んでも、誰も見咎めないだろう。
しかしレードラは、クックッと含み笑いを漏らした。
「若いのう。クラウン王国じゃ引く手数多だったのじゃろう? 別に、儂に操を立てる必要はなかったのじゃぞ。離れている間に羽目を外すくらい、儂は何も言わん」
「俺が愛し合いたいのは、レードラだよ……」
切なそうに首筋に顔を埋めていたレオンはやがて体を起こし、レードラもそれに続く。何故か二人とも、初夜の夫婦のように正座で向かい合っていた。
「俺、魔界へ行こうと思う」
「ファッ!? 何じゃ藪から棒に」
話の流れが見えないレードラに、レオンは留学中、ずっと考えていた事を口にする。
「レードラが俺と結婚できないのは、子供が産めないのがネックなんだろう?」
「いや、それだけではないのじゃが……まあとりあえず、そうじゃな」
「その方法は今まで書物を読み漁っても出て来なかった。異類婚姻譚に関しても、出来る時は出来る、ぐらいの記述しかない。だがその母親の多く……伝説上の魔物は魔界で生まれているんだ。これはもう、直接本人たちに聞いてくるしかないなって」
「そんな無茶苦茶な……お主の立場でそれが許されるとでも思っとるのか?」
「ああ、滅茶苦茶反対されたよ」
既に言ったのか……レードラは頭痛がする頭を手で押さえた。それでも宰相がストップをかけたのならレオンにはどうにもできない。魔法陣の使用には大臣の許可が必要なのだから。
「あったり前じゃ、まったく……魔界の情報が欲しいなら儂からシルヴィアに頼んでおくから、お主は自分がやるべき事を成せい」
「そうだな……古書喫茶の問題もまだ残ってるしな」
すぐに話題を切り替えたので、レードラは彼が諦めたものだと思っていた。しかし彼女は、レオンの諦めの悪さを甘く見ていたのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その夜、赤の渓谷の谷底で眠っていたレードラは、レオンの教育係の怒号に叩き起こされ、眠い目を擦りながら適当に選んだナース姿でドラコニア城の会議室まで呼び出された。
円卓の中央にはふん縛られたレオンが座らされており、そこには大臣たちの他、父である皇帝、そして何故か梁山泊代表としてサイケも欠伸を堪えて席に着いている。
「あっ、レードラ! やっぱ俺の天使だよ君は」
「やかましい。一体何を考えとるんじゃ…いや、言わなくても分かっとるが。お主はいつもアホな事しか考えとらんからな」
レオンは部屋に【家出します。探さないで下さい】の書き置きを残し、『竜の爪痕』にある温泉の魔法陣を通って魔界へ行くつもりだったらしい。そこを察知した宰相が地下室に兵を配備し、捕まえたのだ。
「殿下……貴方も懲りない人だ。レッドドラゴンとの結婚は絶望的だと、どうあっても認められないとは」
「別にレードラの事だけじゃない。古書喫茶建設のためにも魔界には行く必要あると思ったんだ」
「……どう言う事です」
渋い顔で聞き返す宰相に、レオンは得意気に計画を話す。
「古書や厨房の衛生管理には、保護魔法を使えばいいと分かった。後は主に資金……それと従業員の問題だが、魔界で調達すればいいんじゃないかって」
「!! な、何と」
「皇族は個人の資産を持つ事は許されない……ただこれ、ドラコニア帝国内での事なんだよね。実際、過去に他国へ嫁いだ皇族は資産家になったり商売に手を出してるし。さらに言うなら魔界は『異世界』だ。法律の外にある。向こうで稼いだ通貨を向こうで使う分には問題ないだろ」
「……嫌な予感がしますが、従業員と言うのはまさか」
「うん、魔界の住人を雇う。魔界の通貨でね」
レオンの提案に、大臣たちはざわついた。
「危険過ぎます! 魔族をこの世界に呼び出し、使役するなど!」
「いや、結界を使えば外には出られん。しかし人間の言う事を聞くかどうか…」
「それについては『魔物使い』と言う職業はあるが……ただ従業員となると最低限知能が必要になってくる。そんなレベルの魔物が従ってくれるのか?」
サイケはレオンの考えている事が手に取るように分かり、頭を抱えていた。これは絶対、戦闘後に起き上がって仲間になりたそうにしているモンスターを想像してるだろうな、と。
「殿下…御身は、貴方一人のものではない。もしもの事があれば、帝国の未来はどうなるのです」
「それはティグが引き継いでくれるって。そうだろう親…父上?」
そう振られた皇帝が口を開く前に、宰相は言葉を被せて反論する。
「後継者問題は国の行く末を左右します。勝手に貴方の一存で決めないで頂きたい。私が心配しているのは、レッドドラゴンが殿下を唆したなどと、口さがない連中によって守護神が貶められる事なのですが」
「レードラはそんな事しねえよ、俺が勝手にやってるだけだ!」
レオンは声を荒げるが、宰相は淡々と、国家転覆を狙う輩に隙を与える迂闊な行動は慎めと諭す。お互い一歩も引かない空気の中、挙手して割り込んできたのはサイケだった。
「あのー、ちょっといいっすか? 宰相閣下、ウチを御贔屓にして頂いてこう言うのも何ですが、殿下がここまで意固地になるのって、まともな手段を潰されて追い込まれてきた結果じゃないでしょうかね?
もちろん閣下の仰る事は分かります。ですがあれもダメこれもダメではその内ヤケを起こして殿下は……魔王にでもなるんじゃないですかねえ」
「な…っ、魔王だと? バカな…」
突拍子もない話に絶句する宰相。レオンの方はきょとんとしている。
「その『バカ』なんですよ、レオンハルト殿下は。何せ『ドラゴン狂い』ですから。いいですか、今でこそ殿下は国益に沿う事業を興し、名君となるために邁進しているんです。それもこれもすべて、守護神レッドドラゴンのため。そこを雁字搦めに縛り付けて、無理矢理諦めさせようとすれば、こいつはレードラ様と結ばれるために手段を選ばなくなりますよ」
終いには「こいつ」呼ばわりするサイケだが、最早誰もツッコまなかった。馬鹿馬鹿しい…と切り捨てるには、今までのレオンの所業から言えば笑い事ではない。
しかしそんな中、突然笑い出したのは皇帝だった。
「ワハハハハ…魔王か、それは困るな。なあ、ユピータよ。ここは息子の好きなようにやらせてみてはどうだろう」
「陛下!? しかし…」
「無論、跡継ぎであるレオンハルトに危険な事はさせられん。帝国として使命を与え、その範囲内で行動してもらう」
「ガキのお使いかよ…」
ぽつりと漏らすレオンに、皇帝は愉快そうに笑みを向ける。
「そう、子供の使いだ。ただこれは、最大限の譲歩と受け取ってもらいたい。その代わり、そなたには全面的なバックアップを約束する。守護神レッドドラゴン、レオンの事を頼めるか」
「儂かい!!」
他人事のように見守っていたレードラは、いきなりの皇帝からの依頼に飛び上がった。
「そもそも、そなたとの結婚のために奔走しているのだ、我が息子は」
「儂は頼んでおらん! お主等レオンを止めるために会議しておったのではないのか」
「無駄です、レードラ様。あいつ一旦こうと決めた事は、絶対諦めませんよ」
レードラの袖を引いてそう言ったサイケだったが、続く皇帝の言葉に愕然とする。
「サイケ=デリックは以前よりレオンとパーティーを組んでいたな。そなたには、レオンが暴走した時に止める役割を引き受けてもらう。頼りにしておるぞ」
「うげぇっ! …コホンッ、承ります(余計な口出しするんじゃなかった…)」
「そう言うわけだ。ユピータ、すまぬな」
「いいえ、陛下のご命令とあらば……ですが殿下の安全のためにも制限はかけさせて頂きます。準備にも万全を期すようお願いしたい」
父の采配でトントン拍子に進んでいく魔界行きに、徹底抗戦のつもりでいたレオンは目を丸くしていた。大臣たちは頭を切り替え、魔界の情報やクエストなどについて詳細を決め出している。
「レオンハルトよ、レッドドラゴンは魔界で生まれし魔物であると同時に、神である。人に与えしは祝福と試練。そこから一滴の奇跡を掴み取れるかは、そなた次第だ」
「……」
かつてレードラからの試練によって奇跡を受け取った男からの言葉を、レオンは神妙な顔で受け止めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よいか? 魔界では言葉は通じん。このチョーカーを嵌めれば言語が自動変換されるから持って行け。
お主は魔物使いではないが、儂の眷属だと分かれば寄ってくる輩もおろう。このマントに描かれているのは、それを示す文様じゃ。(本当は【地上の喫茶店のバイト募集】と魔界の文字で書かれているが)
仲間になった者にはこっちの首輪を……儂の鱗で作った、レッドドラゴンの僕の証じゃ。これを着けた者は儂に逆らえん。
そしてこの紙切れは……魔法大臣が用意した、簡易魔法陣じゃな。一回きりじゃが、地面に貼り付ければそこから地上に戻って来られる。
それと、魔界では時間の流れが違う。向こうで数日過ごしてもこっちでは一日にも満たん。レベルアップには都合が良いが、何度も続けるとお主等人間はすぐ老いてしまうじゃろう。そこでこの懐中時計じゃ。地上の時間を指し示しておるのじゃが、ここに登録した仲間はすべて、この時計の時間に準じる。お主は公務があるからのう、決められた時間になれば帰って来いよ。いいか、くれぐれも悪事に使うでないぞ……何じゃと、駝鳥? 何故急に鳥の名前が??」
皇帝直々にレオンのバックアップを任されたレードラは、気乗りしないながらも彼の安全のためと、お宝マニア涎ものの超絶激レアアイテムをレオンに持たせた。これら
パーティーはいつものメンバー。魔界での道案内は、シルヴィアが務める事になった。
「アーンもう、皇子様ってばかっこよくなっちゃって♪ お姉さん味見したいわぁ」
「手を出したら八つ裂きじゃぞ」
「フフッ、赤さんってばヤキモチ? よかったわね皇子様」
ペロリと舌舐めずりをするシルヴィアに、苦笑いするしかない。レードラの牽制もどこ吹く風で、きっと夜な夜な仕掛けてくるに違いない。自分はともかく、仲間を守るために就寝時には結界を張らなくては。
最後にレードラは、前世で馴染みのあるお守り袋を全員に渡してきた。
「儂の爪が入っておる。女神の加護付きじゃぞ」
「…俺は爪より加護より愛が欲しいな」
「そうか、要らんのか。ならばサイケ、二つ持っておれ」
「あっ、うそうそ! 要ります! 愛する君のすべてが欲しい!」
お守りを取り返そうとじたばたするレオンに呆れながら、レードラはサイケの方を振り返る。
「こいつが取り戻すべきは、愛より現実じゃ。…くれぐれも、頼んだぞ」
「はあ……もう乗り掛かった船ですよ」
レオンが夢を諦めないために、周りはいくつ諦めなければならないのやら。ともあれ皇子様御一行は、温泉の底に描かれた魔法陣から魔界へ飛んだのであった。
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