番外編①笑顔を取り戻せ!
※前世の記憶が戻るまでのレオンと妹たちの話
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「フローラの様子がおかしい…?」
ある時、義母フィーナから呼び出されたレオンハルトは、同母妹であるフローラに関して相談を受けた。
家族の中でも女性陣については、男である父や自分には立ち入れない事がある。なのでそれぞれ母親の違う妹三人の事も、現皇后フィーナ、その妹で神官長のヘレナに任せきりになっていたのだが。
自分ももう八歳になる。ここは年長者として妹たちを守っていくべきではないのか。
そう考えたレオンハルトは、フローラの異変について詳しく聞く事にした。
「それまではプルティーやクレイヤとも仲良くしていたのです。
ある時、急になのですよ。余所余所しくなったと言うか、距離を置き出して。何か嫌われるような事をしたのかと思って訊ねたら、何もない、お義母様たちは悪くないんだって……」
そう言われてしまっては無理強いして聞き出す事もできず、娘たちから何とかして欲しいと頼まれたフィーナもヘレナも弱り切ってしまったようだ。ちなみに父親の方はまったく頼りにならず、相談しても曖昧な返答しか返って来ないとか。
「それでぼくに相談を……いいですよ。義母上たちにはたくさんお世話になりましたし、妹たちのことはぼくにまかせてください」
トンと胸を叩いて引き受けるレオン。彼にとって義母たちは、存命中忙しくて育児には手が回らなかったファナに代わり、自分やフローラの事も育ててくれた、実質的な母親だった。
妹同士がぎくしゃくしているのも気分が悪いし、長子として家族の不和は解消したいと思ったのだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ねぇ、フローラ。どうして部屋から出てこないの。みんな心配してるよ」
「……」
「プルティーとクレイヤも、フローラが遊んでくれないからさびしいって」
「……」
「フローラ……ぼくにも話せないこと?」
妹の部屋の扉の前、根気よくノックをして訴え続けたところ。ギイ…と僅かに扉が開いて、フローラが顔を覗かせた。泣いたのか、目元が赤い。
「フローラ、よかった! さあ…」
「しんぱいしてるって、ほんと…?」
「もちろん!」
「じゃあ、どうしておとうさま…きてくださらないの」
フローラの問いに、言葉が詰まる。父ルクセリオンの事は義母たちも「あてにならない」と言っていたし、レオン自身もそう思っていた。
「父上は皇帝だよ、国でいちばんえらい人なんだ。だからいそがしいのはわかるだろ?」
「おたんじょうびのプレゼントについてるカードの字、わたしだけちがってたのも?」
「それは…プルティーやクレイヤのカードだって、別のシツジが書いたんだよきっと!」
「ごあいさつしたとき、わたしにだけへんじがなかったのも?」
「……」
次々漏らされる幼い恨み言に、あの父は何してるんだと憤りたくなる。親にとっては大した意味はないかもしれないこの小さな差別は、子供にとってはいつまでも消えない傷になって残り続けるのに。
「おとうさまは、わたしのこときらいなの?」
「ちがう!!」
「おかあさまがしんだのは、わたしのせいだって……だからわたしがにくいんだって。おにいさまも…?」
「誰が言ったんだよ、そんなこと!!」
皇帝と言う立場故か、父は三人の妃を娶っている。その事自体はおかしくはないのだが、少々特殊な事情もあり、心ない噂も多少はあった。けれど幼い妹たちの耳には届かないよう配慮されていたはずだ。
「ぼくはフローラのこと、あいしてるよ。だって母上が残してくれた、たったひとりの妹だもの。もちろん、プルティーもクレイヤもかわいい妹だけど。フローラは、とくべつだから」
「……」
「フローラ、あいしてるよ」
その日は何の反応もなかったが、連日続ける内、ついにフローラの部屋の扉は開かれた。
「ほんと……?」
「うん」
「じゃあおにいさま、わたしとけっこんしてくれる?」
「うん…?」
「おにいさまがそばにいてくれるなら、おかあさまがいなくても、おとうさまにきらわれても、わたしへいき!」
困った事になった。フローラが出てきてくれたのはいいが、始終べったりと纏わり付かれるようになったのだ。食事も入浴もベッドで眠るのも一緒。
さすがに手洗いは…と断ると泣きそうになるので、ドアの前までは付き合った。
これにはさすがに皇后から苦言を呈された。
「レオンハルト、貴方…」
「ごめんなさい」
ぺこりと素直に頭を下げるレオンにしがみ付き、牽制するフローラ。
「おにいさまわるくない! フィーナさまはおとうさまにあいされてるかもしれないけど、わたしだってだいすきなおにいさまとけっこんするもん!」
「フローラ、きょうだいと結婚は無理だよ」
はっきり告げると、父親似のアメジストの瞳が潤み出す。
「おにいさま、わたしのことあいしてるのはうそだったの? それともおとうさまみたいに、プルティーかクレイヤのほうがすき?」
「どっちともきょうだいだから無理なんだって」
「陛下はファナ前皇后を愛しています」
修羅場になりかかった時、それを打ち破ったのはフィーナの一言だった。
「あの御方がファナ様を愛していないなど、あり得ません」
確信を持ったように言うフィーナだが、それにはレオンも賛同しかねた。父は母に極めて事務的に接していたし、幼心に夫婦らしい会話をしていた記憶もない。
だがフローラは、義母の言葉を悪い風に捉えてしまったようだ。
「じゃあ……やっぱりおとうさまは、わたしが…きらいなんだ」
「フローラ!!」
飛び出していった妹を、レオンは慌てて追いかけた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「うう…っ、グスッ」
「泣かないで、フローラ」
中庭で捕まえると涙をボロボロ零して泣き出したフローラを、レオンは必死に宥めていた。
「結婚は無理だけど、ずっとそばにいてあげるから」
「やだっ、じゃないとおにいさまがけっこんしちゃうんでしょ」
「誰と?」
「いちばんは『あてーにゃ』さまだって」
出てきた名前に、レオンはうへぇ、と声を漏らす。フローラが言おうとしたのは宰相の娘、アテーナイアの事だろう。
「絶対やだ。アティいじわるだもん、すごく」
「じゃあ、わたしとして!」
「うーん…」
キラキラした目で見つめられ、レオンは困惑する。妹と結婚なんて許されるわけがないし、正直言えば三人共同じくらい大事なのだが、今はフローラを放置しておけない。
「しょうがないなあ…ほんとには無理だけど、ままごとでやるなら」
「いいの!? じゃ、ちょっとまってて!」
大喜びで走って行ったフローラを見送り、レオンは一人ポツンとその場に残された。
「ままごとでいいんだ…」
しばらくして、五歳には似つかわしくない大きなバスケットを抱え、フローラは戻ってきた。何故か後ろにプルティーとクレイヤを引き連れて。
「ふたりにも来てもらったの?」
「わたしたちのけっこんしきにしょうたいしたのよ!」
結婚式。
ビシリと固まりつつ、レオンは二人に確認する。
「ままごとだって聞いてないの?」
「フローラからは、きょうけっこんするって。ついさっきまで、おにいさまとしゃべるだけですっごくおこってたのに」
「ごきげん…」
どうやらフローラは妹たちに、自分はレオンの特別なのだから馴れ馴れしくするなと威嚇していたらしい。急に余所余所しくしていたと思ったら突然また豹変したので、プルティーたちにとってはわけが分からないだろう。
「で、どこでするの?」
「もちろん、ドラコニアだいしんでんよ。ヘレナさまにしきをあげてもらうの」
「えーっ!!」
本格的だった。と言うか義母を巻き込んでしまうのは申し訳なさ過ぎる。娘のクレイヤの方を窺って合図を送ってみたが、首を傾げて見当違いな解釈をしていた。
「おにいさまにはフローラがいるのに…うわきダメ」
「ち・が・う・よ!!」
「なにしてるの、おにいさま。はやくはやく」
フローラに引っ張られながら、レオンは仕方なく神殿に向かった。何と言い訳しよう…と悩みながら。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「あのね、レオンちゃんフローラちゃん。ここは子供の遊び場じゃないのよ」
案の定、神官長からもっともな事を窘められてしまった。参拝客も子供の微笑ましいおふざけを苦笑して見守っている。
「ごめんなさい」
「あそびじゃないもん! わたしたち、ここでけっこんするのよ」
「ままごとです…」
憤慨するフローラの横で、小さく弁解しておく。ヘレナはにっこり笑って娘たちを見回した。
「まあ素敵。結婚式ごっこね? でもここは貴女たちにはまだ早いから、そうね……裏庭はどうかしら? お日様がぽかぽかして暖かいし、階段もお花もあるから好きに使っていいわよ。式の段取りは……クレイヤ、お願いできる?」
「…おかーさま、あそこのカダンのおはなは」
「うん、庭師のおじさんにはお母様からごめんなさいしておくから。お花さんたちもフローラちゃんが喜んでくれるなら、許してくれるわ」
そうして体よく追い出されたレオンたちは、裏庭で即席の結婚式を挙げる事になった。花壇の花を全部摘んでしまうのは申し訳ないので、雑草からも流用し、フローラの髪やドレスを飾る。
「きれい…」
「いいなー、フローラ。アタシもおにいさまとけっこんしたい」
「ダメよ。おにいさまはわたしとけっこんするの。ね、おにいさま?」
何とも答えられず、曖昧に返事をする内、クレイヤが進行してプルティーとぬいぐるみに見守られ、疑似結婚式は進められる。
「てーきょくのしゅぎょしゃ、レッドドラゴン…ほんじつめおととなるふたりになんちゃらかんちゃら…では、ゆびわのこうかんを」
花壇から拝借したパンジー(庭師のおじさんごめんなさい!)で作った指輪を嵌めると、フローラが嬉しそうに笑う。暗い顔して引きこもっていた事を思えば、これでよかったのかもしれない。
(そう言えば……レッドドラゴンって本当にいるのかな? あと二年で試練を受けなきゃいけないけど……おっかないんだろうな)
皇家の男は十歳になると地下室の魔法陣を通って、レッドドラゴンと対峙し、そこにしか咲かない花を摘んで来なければならない。しかし今は近付くなと言われても暗くて黴臭い地下室なんて頼まれても行きたくないし、アテーナイアにさえ泣かされているレオンに、もっと恐ろしい怪物に会うなど無理な話だった。
「おにいさま、おにいさまきいてる?」
「んう?」
考え事をしていると、フローラに袖を引っ張られて我に返った。
「ごめん。何だっけ?」
「ちかいのキス…」
「えっ!!」
クレイヤに促されて、ぎょっとする。いくらままごとだからって、兄妹でこれはない。しかしフローラの目は潤んでくるし、プルティーはいいから早くしろとせっついてくる。クレイヤは…暇そうに欠伸していた。
(どうしよう……そうだ、ほっぺにしよう)
完全に誤魔化す気満々のレオンに目を閉じるように言われ、フローラは頬を染めて唇を突き出した。幼過ぎて何も理解せず、雰囲気に酔っている。そんな林檎のように赤い妹に、レオンは唇を寄せ――
バキン!!
「あがっ!!」
「あんた何やってんのよ、実の妹に!!」
頭を棒で殴られ、その衝撃でレオンは吹っ飛んだ。あまりの痛さに声も出ず、蹲るしかない。声の主は、ぶっとい木の枝を手にしたアテーナイアだった。
「おにいさま、しっかり!」
「うぐぐ……アティ、何するんだ」
「それはこっちの台詞よ、こんな真っ昼間の往来でいやらしい!!」
「いやらしくないもん。おにいさまはわたしをあいしてるの。だからけっこんするのよ」
「はあ? バッカみたい、兄妹で結婚できるわけないじゃない。あんたたちも何ボーッと見てんの。止めなさいよね」
「だってこれ、ままごとだもん」
「!?」
「結婚式ごっこ…」
あくまでふりだと説明され、カーッと頭に血が上ったアテーナイアは、またレオンを殴り付けた。
「痛い、アティ痛いって!!」
「紛らわしい事すんじゃないわよ。大体キスまでする必要ある? 気持ち悪い!! おまけに花壇まで滅茶苦茶にして…神官長様に言い付けてやるから」
「おかーさまにきょかもらった…」
「やめてよ、あてーにゃさま! わたしのだんなさまにひどいことしないで」
「アテーナイア様、よ!」
ビシリ、とアテーナイアは棒きれを彼等に突き付ける。
「旦那様ですって? 笑わせないで。レオンと結婚するのは私って決まってるの!」
「!! うそ…」
「知らないの? 皇太子は代々、宰相の娘を第一夫人に娶るのよ。あんたたちのお母様だってそうだったのよ?」
「でもおにいさま、あてーにゃさまのことすきじゃないって」
「っ!! バカね…皇帝が愛で皇后を選べるわけないじゃない。そんな相手は第二夫人以降よ……もっとも、兄妹はどうあっても結婚できないけど」
「うわあああああん!!」
アテーナイアの挑発に、フローラがびーびー泣き出す。耳を塞ぎながら、プルティーは蹲っているレオンに問いかけた。
「…っていってるけど。おにいさまどっちにするの?」
「……う」
「う?」
フローラに散々振り回され、アテーナイアにぶっ叩かれて。滅茶苦茶になった花壇の前に転がっているぬいぐるみを前に、レオンの中でプツンと何かの糸が切れた。
「うええええええん、どっちもやだあ~!!」
「「!!」」
大泣きして神殿裏口のドアノブに彫刻されているドラゴンに縋り付くレオン。
「たすけて神様ー!!」
「ちょっとレオン、ドアノブを舐めるんじゃないわよ汚いわね!」
「おにいさま、キスならわたしとして!!」
ドアにしがみ付くレオンを引き剥がそうとする般若二人と言う地獄絵図を前に、プルティーとクレイヤは顔を見合わせた。
「おかたづけしよっか」
「…(コクリ)」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
(あれはまずかったよなあ……)
依存していた兄に拒絶された事でフローラは再び引きこもってしまい、彼女の部屋の前で何度呼びかけても反応しなくなってしまった。おまけに皇后からも散々説教を食らうし(アテーナイアが告げ口した)踏んだり蹴ったりだ。
「どうする? おにいさま…」
プルティーとクレイヤが心配そうに後ろから様子を窺っている。あれから協力的になった妹たちから話を聞き、どうやら例の噂話を耳にしてからおかしくなったと判明した。そこへアテーナイアが「皇帝は愛がなくても宰相の娘と結婚するのが決まり」と吹き込んだものだから、「父と母が愛し合っていない」「それでも上手く行っていたのを自分が壊した」と思い込んでしまったのだ。
「あいしてるのはほんとなんだけどなあ……」
「でもけっこんはできないんでしょ」
「そうだけど……ぼくは妹たちはみんな大事だよ。だからフローラにもプルティーとクレイヤと仲よくしてほしいし、フィーナ様ヘレナ様の事も受け入れてほしい。結婚なんてしなくても、ぼくらとっくに家族じゃないか」
扉に額を付け、中にいる妹に訴えかける。この想いを、どうすれば信じてもらえるのだろう。くだらない噂ではなく、家族の愛情を。
『ダイジョーブ、ココロハツタワッテルヨ』
「!?」
『ワタシタチミンナ、ヤサシイオニーサマガダイスキ! ふろーらハタダ、コワイダケダヨ。ホントニキラワレテタラドウシヨッテ』
クレイヤがぬいぐるみを使って裏声を出していた。普段は口数が少ないのにぬいぐるみを介しているからか、やけに饒舌だ。この歳で腹話術とは……いや、そんな事より。
「そうだ、ぬいぐるみ……もう一度、ままごとをやってみよう!」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「みんなきらい……おとうさまもおにいさまもプルティーもクレイヤもフィーナさまもヘレナさまも……あてーにゃさまはとくべつきらいだけど。みんなみんな、いなくなっちゃえばいい。でも……」
部屋に飾られた、亡き母の肖像画。彼女はその腕に、赤ん坊を抱いていた。フローラではなく兄のレオンだ。彼女が生まれてすぐ、母は亡くなったのだから。
「いなくなったほうがいいのは……わたしだよね」
ぎゅっと抱きしめた犬のぬいぐるみに、涙が落ちて染み込んだ。言葉とは裏腹に、誰かに否定して欲しかった。もし「そんな事ないよ。フローラは必要だよ」と言ってもらえたら、今度こそ全力で信じてもいい。
『ゆうしゃさまゆうしゃさま、わたしたちをおともにしてください。さらわれたおひめさまをたすけたいのです』
『そのおひめさまとは、わたしたちのおねえさま』
扉の向こうからプルティーたちの声がした。何事かと鍵穴から外を窺う。そこにはそれぞれ小箱と本を抱えた妹たちが、レオンとままごとをしているようだった。
(プルティー、クレイヤ? どうしてわたしのへやのまえで……それに、さっきのへんなこえはなに?)
「お姉さんはきっと、オーガに閉じ込められているにちがいない。よろしければ、あなたたちの名を聞かせてください」
『さるのて(国宝)です。しょじじょーによりふーいんされ、じぶんではねがいがかなえられないのです』
『やちょーずかん…』
(おにいさま!? おにいさまがゆうしゃなの? というかプルティー、まさかほうもつこにしのびこんで……。クレイヤのずかんもいみわかんないし、ぬいぐるみつかいなさいよ!)
突如始まった小芝居に呆気に取られながらも、ついツッコミを入れるフローラ。そんな彼女を余所に、寸劇は続けられた。
「ここがオーガの館……さあ、オーガを倒してお姉さんをすくうんだ。行くぞ猿の手(国宝)、野鳥図鑑!!」
『おー!!』
『まかされよ…』
『グハハハハ、ここは通さん!』
新たな登場人物が出てきた。その配役にフローラは驚く。
(おにいさま、オーガもされるの? つかってるぬいぐるみ、ネズミなんだけど…)
まさかの二役だった。しかも毛糸をくるくる巻いてくっつけたそのぬいぐるみは、ヘレナ神官長の手作りの…
(わたしがたんじょうびにもらった……けっこんしきごっこでおいてきちゃったのね)
そうこうしている内に、劇は急展開を迎えた。勇者がオーガにやられてしまったのだ。
『あっ、ゆうしゃさま!』
『グハハハハ、これで姉は絶対に出てこれない! 見ろ、この閉じられた扉を。これは姉の心そのものだ。おれはただの門番なのだー!』
(…!)
『うそ、うそだよ。おねえさま、たすけにきたよ。わたしたちはおねえさまがだいすき。おねえさまならきいてくれるってしんじてる』
『でてきて、おねえさま』
『ムダだ、いくらよびかけても姉は出てこない。あいつはお前たちなんて大嫌いだからな。そこで絶望しながら死ぬがいい!』
「あ…あ……」
犬のぬいぐるみを抱えたまま、その手は無意識にドアノブを掴んでいた。いつの間にか、兄妹たちのままごとに巻き込まれている。違う、仲間に入りたいのだ。明らかにこちらに手を差し伸べてくれていると、知っているから。
『おねえさまたすけてー』
『しんじるのよ、おねえさまはぜったいきてくれるって』
『しつこいヤツらめ。こうなれば姉の前で八つ裂きにして……痛ってぇ!!」
ガンッと急に開いた扉に、レオンは後頭部をぶつけ転がった。
そこに立っていたのは、犬のぬいぐるみを前に掲げたフローラの姿。
「フローラ!! よかっ…痛い蹴るなよ、オーガはこっちだから」
「それはヘレナさまにいただいたプレゼントです。かってにつかわないで」
レオンからネズミのぬいぐるみを取り返すと、こちらをじっと見つめるプルティーとクレイヤに笑いかける。
「しんぱいかけて、ごめんね」
「「フローラ」」
「ちがうわ。われこそはあかきゆうしゃ。さるのて(国宝)とやちょーずかんのあねよ。さあ、さんにんでオーガをやっつけましょう!」
「「おー!」」
「ちょ…っ、やめてってばくすぐったい! うひゃあああ…」
こうして最後はレオンが妹たちに揉みくちゃにされて終わった。ちなみに猿の手(国宝)はプルティーがフィーナから借りたと言っていたが、
「そんな危険な物、子供に貸すわけないでしょう。ただの空箱にそれらしく紐を巻き付けただけです」
との事だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
それから三人娘は急激に仲良くなり、いつも一緒に行動するようになった。プルティーとクレイヤはフローラを姉と呼び、彼女の方も自慢の姉となるべく、日々邁進している。
おかげでフローラは生真面目、プルティーは陽気な追随者、クレイヤは規格外と、妙な方向に個性が出てきている。
レオンはと言えば、あれからも妹たちのままごとに付き合わされたおかげで、同年代の悪ガキからは虐められ、アテーナイアからもバカにされて泣かされっぱなしだったが、懲りずにぬいぐるみで遊んでやっている。
それもそろそろ、御役目御免になりそうだが。
「お兄様ももう十歳で試練も近いのですし、いい加減妹たちとぬいぐるみで戯れるのも卒業した方がいいと思いますの」
そう言ってフローラが差し出したのは、古びた剣だった。
「これは…?」
「お母様の遺品だそうですわ。わたしが欲しいと言ったら、お父様が譲ってくれたのです。まさかお母様が振り回していたとは思えないのですが……あ、ちゃんと研ぎに出しましたから使えますわよ」
相変わらず親子の会話はほとんどないが、フローラはもう気にしていないようだった。可愛い妹たちと、優しい兄。それに二人の義母が自分にはいる。
フローラを立ち直らせる作戦の微妙さに、男共はとことん役に立たないと身に染みた皇后たちは、時間を見つけては娘たちとの交流に心を砕いてきたらしかった。おかげでレオンは、彼女等に頭が上がらない。
「僕に剣が扱えるかなあ……父上だって逃げ回って隙を見て獲ったと聞いているけれど」
「こう言うのは気持ちの問題ですわ。でも、剣ってかっこいいですわね。わたしも習ってみようかしら」
笑顔の似合う令嬢となったフローラは、その名の通り花のように唇を綻ばせた。
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