第18話

≪皆様、本日はドラコニア帝国第一皇子レオンハルト=フォン=ドラコニアの婚約者候補選抜会にお集まり頂き、誠にありがとうございます。ただ今から審査方法をご説明致します。なお、本日エルフの曜日の司会進行及びジャッジを務めさせて頂きますのはわたし、ドラコニア帝国第一皇女フローラ=フォン=ドラコニアでございます≫


 フローラのアナウンスが会場内に響き渡る。


 ちなみにマイクとスピーカーはサイケとニルスの共同製作である。同じ人格と情報を共有する妖精の一族エコーにそれぞれの機材に入ってもらい、さらに魔石に精霊魔法「増幅」を仕込む事で、離れた場所でもスピーカーを設置すれば声が届くようになっている。ただし人件費(妖精・精霊使い)がかかるので、ある程度の財力がなければ日常的には使えないのが難点だが。


 用意された会場の舞台には簡易テーブルと椅子が置かれ、レオンと妹たち、そしてマリーゼ扮するレードラが座っていた。

 確か五百人が収容できると聞いているけれど、まさかこの全員が参加者なのだろうか。(男もいるようだが)


「いや、予選に応募してきたのが五百人で、突破できたのが百人だから、残りは野次馬か参加者の家族だろう……」

「け、結構集まったんですね。レオン様、御令嬢方から好かれているじゃないですか」


 心なしか物言いに棘が出てしまった事に一瞬焦るが、レオンは気付かなかったようで首を横に振った。


「大方、冷やかしが大半だよ。それに帝国の後継者ともなると、親の方も打算が働く。今回は特に、身分も制限していないしな。ちょっと気軽に挑戦してみたと思えば、こんなもんだろ」

「そうでしょうか…」


 頑なにモテる事を認めようとしないレオン。まあレードラ一筋なので、それ以外の好意はノイズでしかないのだろう。ほぼ浮気をしないと言う点では安牌と言えるかもしれない。


≪そこっ! 本命だからって堂々とイチャイチャしないで下さいませ!≫


 顔を寄せ合ってひそひそ話していた二人は、大音量で指摘され、慌てて離れる。どっと笑い声が起きる中でも、マリーゼは令嬢たちからの嫉妬のオーラを感じた。


(イチャイチャだなんて……あ、でも今はレードラ様なのだからいいのか)


 マリーゼを守るため、今レオンは至近距離にいる。本当なら婚約者選びの方に集中していたはずなのに申し訳なく思い、マリーゼは浮かれていた自分を諫めた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


≪それでは早速、一日目のお題を…≫

「ちょっと待ったぁ――!!」


 フローラの進行を遮り、野太い声が上がった。会場中の視線が、声の主に集中する。


「何だ? ちょっと待ったコールか?」

「一週間前の予選で落とされた娘の父親だ。何だあの審査は、ふざけてんのか!」


 男は髭面のいかつい容貌で歳は四十半ばと言ったところ。隣の恥ずかしそうに身を縮こませているのが、娘だろうか。予選敗退した層も少なからずいたようで、あちこちでそうだそうだと声が上がっている。


≪えー…予選をクリアできなかった方、誠に申し訳ありませんでした。今回はご縁がなかったと言う事で。ですが参加賞としまして、兄レオンハルトが事業を務めます、赤龍ミルクの乳製品と化粧品を差し上げ…≫

「ふざけんな、俺の娘の何が不満なんだ。大体そっちの皇子サマは、予選には顔も見せなかったじゃねえか!」

「お父さん、もうやめて…」

「遠慮するな、ナル。お父さんに任せておけ。お前はこん中にいるどの娘っ子より別嬪なんだから」


 どうやら予選に落ちた事を愚痴ったところ、父親が暴走してしまったらしい。ナル嬢もまさかここまでされるとは思っていなかったようで、泣きそうになっている。


「とにかくだ、予選のやり直しを要求する! 大体何でお妃を決める基準が早口言葉なんだよ」


 父親の主張によれば、予選では三人娘による意味不明な問題が出されたとの事。



『わたしたちが冒険者ギルドに登録した職業をお答え下さい』

『え? 知らない…』

『ぶっぶー、はい貴女失格ね』


『フローラ殿下が赤魔導師、プルティー殿下が白魔導師、クレイヤ殿下が薔薇ばら魔導師ですね!』

『惜しい、クレイヤは薔薇ロゼ魔導師でした』

『残念無念…』

『な、何それー!!』


『赤魔導師、白魔導師、薔薇ロゼ魔導師です』

『正解です。よく調べていますね』

『いえ、そんな事……ホホホ』

『じゃ、今のを三回言ってみて』

『え……へっ??』

『言えないの…?』

『あ、赤魔導師白魔導師薔薇ロゼ魔導師、赤まっどうししろっま…っしろざ、ぜっ』

『はい失格ー』

『そっ、そんなの有り!?』

 


 予選での出来事を悔しげに語る父親に、会場の何割かは大きく頷いていた。マリーゼはぽかんと口を開け、レオンは額を抱えてしまっている。妹たちは澄ました顔だ。


「何やってんだこいつら…」

「早口言葉……そんな審査方法もあるのですね」

「あっていいわけねえだろ!! ナルが落とされた後、どう見てもお相手を願い下げたいようなドブスが審査を通った時の、娘の屈辱が分かるか!?

なあ皇子さんよ、俺は確かに生まれも育ちも悪い。だが若い頃から叩き上げでやってきて、今じゃ娘に綺麗な服も買ってやれるし、きちんと教育だって受けさせるまで稼げたんだ。何だったら、あんたの事業に投資する事だってできるぜ。

見てくれよ、俺の自慢の娘を。あんたのふざけた妹たちや、そっちのトカゲっ娘よりよっぽど満足させてやれるぜ」

「やめて、もういいよお父さん」


 父親は確かに育ちが悪いのだろう。下卑た物言いを皇家の催しで喚き散らして、賛同を得られると思っている。実際、あまりの暴言に賛同こそされなかったが、親バカと言うか娘を持つ親としては否定もしにくい。


 レオンはと言えば、額にビキビキと青筋が立っていた。衝動のままぶん殴ってやりたいほどキレていたが、本当にやったら即死ものだ。マリーゼはそんな彼をハラハラしながら見守っている。


「兄者、これを…」


 そこにクレイヤがそっと魔導マイクを差し出したので、それを受け取ってレオンは立ち上がる。彼がどう反論するのか、会場中は固唾を飲んで見守った。


≪お話はよく分かりました。確かによく出来たお嬢さんのようですね≫

「そうだろう? こんだけ上玉なんだ、あっちの方でもきっとあんたを…」

≪何せ帝国の皇女たちと守護神を侮辱する人間のクズである父親を、果敢にも止めようとしているのですから……まあ止められてませんが。あのですね、ナル嬢のお父さん。候補とは言え私の婚約者と言う事は、彼女たちの義姉になる事でもあるのですよ。事前調査は常識でしょう。おまけにドラコニア帝国は魔術特化の国なのです。今はフィーナ皇后陛下とヘレナ神官長が分担されていますけど、ドラコニア大神殿では経典やら神聖魔法の詠唱やら…とにかく長ったらしい文句を読み上げるのがお決まりなのです。この程度でつっかえているようでは務まらないんですよ。そもそも貴方、とても信心深いとは思えないのですが、この辺りの出身ではないようですね。他国から流れてきたんですか?≫


 一言一言丁寧に、それでいて機関銃のように言って聞かせるレオンに、大衆は彼の抑え切れない怒りを感じ取って慄いた。この父親、下手をすれば殺される。だが身分に関係なく皇子の婚約者候補になれるチャンスとあっては、そう簡単に諦め切れないようだった。


「なっ何でえ…皇子サマは差別主義者かよ。他国から来たヤツは出て行けってのかよ、ええ? 国民は全員、国の決めた宗教を信じなきゃいけねえってのか!?」

≪国民がどこから来ようが何を信じようが自由です。だが、皇家だけは別だ。我々は代々、赤の渓谷のレッドドラゴンを信奉し、その加護を受けてきました。その身内となる者に、教えを否定し国家の基盤を揺るがす分子を入れるわけにはいきません≫

「へっ、よく言うぜ。そのレッドドラゴンに求婚するバカ皇子って言われてるくせによ。それともただの噂で、実際の所その隣のねーちゃんはあんたの愛人コレか? 実は娼婦か何かなのを誤魔化すためにドラゴンだ神だと嘘吐いてんのかよ」


 そこそこ富豪ではあるものの、貴族でも何でもない男がこれだけ強気なのは、理由がある。まず会場には各新聞媒体から記者たちが集まっている事だ。宮廷に近い組織ほどおべっかを使いたがるが、民間にはある事ない事書き立てて煽る記事も存在する。権力で押さえ込む事は可能とは言え、独裁ではないのである程度のガス抜きは必要になってくる。『ドラゴン狂いのバカ皇子』が許されている以上、『貴族ではないからと予選落ちさせた差別主義者』も場合によってはあり得るわけだ。

 そして何より、レオンが女性を傷付ける事に対して酷く臆病な事が知れ渡っている点にある。それは一時期続いた妹たちの確執のせいでもあるし、元々の気質かもしれない。とにかく口が悪いだけで暴れたわけでもないこの男を力で以て捩じ伏せてしまっては、残されたナル嬢に傷が付いてしまいかねないのだ。


 しかしここまで好き放題言わせていては、いつまで経っても選抜会が進められない。レードラや妹たちを侮辱され、我慢の限界でもあった。マイクにピシッとヒビが入り、中の妖精が悲鳴を上げる。


 その時、レオンの手からマイクがサッと奪われた。


「マリーゼ?」

「お任せを」


 小さくそう呟くと、マリーゼはマイクに修復魔法をかけ、妖精を安心させる。


「おっ、何だ姉ちゃん。俺に何か文句でもあんのか? いや、『神サマ』とお呼びすりゃいいのか? 拝めば一発やらしてくれんのかよ」

≪ジゴー=ニミアス四十五歳、職業、金貸し。総合レベル52。家族構成は妻シオリ、娘ナルが役所に登録されているが、娼婦との間に数名、本人も知らない子供を設けている。その内二名が現時点で死亡…≫

「!?」


 淡々とマイクに向かって喋り出したマリーゼに、会場中がざわつく。ナルは「お父さん!?」と驚愕の目で父を見ている。

 本人――ジゴーは目玉が飛び出んばかりに見開いていた。


「う…嘘だ、デタラメだ!! こいつは口から出まかせを言ってるんだ!」

「じゃあどうして年齢やお母さんの名前まで知ってるの? それに娼婦って……いつも気分悪いジョーク言ってたけど、やけに詳しいと思ってたのよね」

「違うんだ、ナル!! お父さんは娼館なんて通ってない!!」

≪出身はホーリーブライト王国。そこでの名前はキャッチ=セイルス。若い娘に声をかけ、詐欺や誘拐、人身売買を行い、指名手配されていたのを逃れて我が国に流れ着いた。そこで高利貸しとして荒稼ぎした後、過激派組織や新聞社と繋がり、パトロンとなっていた。今もそこの新聞記者とは面識がある≫


 こそこそ会場を抜け出そうとしていた記者は、ぎくりと立ち止まった。周りの者たちが自分に注目している。中には同業者がメモにペンを走らせている。言い逃れはできそうになかった。

 ナルは頭を掻き毟って絶叫した。


「いやあああ! こんなクズが父親だなんて、最低! 生まれてくるんじゃなかった」

「何を!? お前のそのドレスは、誰が稼いで買ってやったと思ってるんだ! 誰がお前の養育費を払ってやった? 贅沢できるのも、俺が汗水垂らして働いたおかげだろうが!! お前は皇子を誑し込んで初めて孝行できるんだよ」

「そのお金のために、何人の娘を犠牲にしたのよ、この鬼畜親父!! 私はただ、憧れの皇子様と結婚したかっただけなのに……兵士さん、この男を捕まえて、ホーリーブライト王国に引き渡してっ!! その後で私も責任取って死にますから! もう死にたい!!」

「この……親不孝娘があ――っ!!」


 激昂したジゴーが泣き叫ぶ娘の髪を掴んだ瞬間。


 ズドンッ!!


 何が起こったのか、誰も理解できなかった。

 舞台上から棒きれのような物が恐るべきスピードで飛んできて、ジゴーの頭に直撃した。


 邪竜神官の杖。

 魔界のダンジョン奥のモンスターを倒すと入手できる呪いのアイテム。何故か剣で斬るよりこれで殴った方が攻撃力が上と言う謎仕様の武器でもある。


「キャアアアアッ?」

「うわ、やりやがった……あれ?」


 明らかに頭蓋骨にめり込んでいたようにしか見えなかったが、倒れたジゴーを恐る恐る確認した者たちは首を捻る。

 ジゴーは無傷だったのだ。ただし衝撃で意識を飛ばしていて、泡を吹いているが。


「殺してねえよ。その杖に神聖魔法を纏わせて、直撃と同時に全回復させたから。まあ、即死だったらヤバかったけどな」


 レオンが会場を安心させるように肩を竦めてみせたが、その目はまったく笑っていなかった。大衆はごくりを唾を飲み込み、改めてレオンハルトと言う男の恐ろしさを実感したのだった。


 ドラゴン狂いのバカ皇子は気弱で女々しく普段は温厚。だが本当に怒らせた時は、魔王より厄介な存在となる。そして発動するのはレッドドラゴンと家族、それに女の子を傷付けた時だと。


「あのう…これは『邪竜神官の杖』ですよね。装備した者は呪いの効果により、神聖魔法が使えなくなると聞いているのですが」


 一人の記者が手を上げて質問する。魔法関連の記事を書いている新聞社だ。その辺は詳しいのだろう。そう、杖に神聖魔法を纏わせるなど、呪われた者が使用するなど不可能な


 記者の質問に、レオンは得意気に笑った。


「呪いなんてもんは効かないよ。何故なら俺の神聖魔法は、レードラの加護によるものだから。

ま、つまり……愛の力だよ」


 最後は鼻を擦って誤魔化しているが、耳は真っ赤になっている。婚約者候補の選抜会で堂々と惚気る皇子に、周りは最早ツッコむ気力もなかった。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


 このままでは選抜会の進行が不可能と言う事で、一旦休憩となった。ジゴーは兵士に連行され、その場で泣きじゃくっていたナルも落ち着かせるために控室に連れて行った。


「ごめんなさい…父がごめんなさい…私なんか生まれてごめんなさい」

「なあ、マ…レードラ。あれはちょっとやり過ぎたんじゃないのか」


 他人の前なのでマリーゼではなくレードラと呼ぶレオン。あの時マリーゼは、レードラの瞳の力を使い、ジゴーのステータスを覗き見た。もちろん、気分いいわけがない。


「ですがこのままでは遅かれ早かれ、この親子は不幸になっていました。だったら中途半端な優しさは見せず、彼女には親を捨てる事になってでも真実を告げるべきだと判断しました」


 子供に親は選べない。その代わり、親の罪を背負い込む義務もないのだ。


「だが、あんな大勢の前でやっちまうとなあ……心ない連中が自分勝手な正義感で迫害しかねないぞ」

「だったら、ドラコニア大神殿で保護してもらうのはどうでしょう?」


 フローラが割って入ってくる。クレイヤの母はヘレナ神官長なので、相談すれば母娘の身柄も良いように取り計らってくれるだろう。


「そうそう、世間には更正のために修行させるとか何とか言ってさー」

「そんな、彼女が悪いわけじゃないのに…」


 世間を納得させるためとは言え、悪者にしてしまう事を申し訳なく思う。レオンの言う通り、大勢の前で見世物にすべきではなかったのか。

 だがナルは、クスンと鼻を啜り上げると頭を下げた。


「いいえ…今まで私があのクズに養われてきたのは事実です。何も知らずにいた頃は幸せでしたが、今はそんな自分が許せない。汚らわしい、とすら思ってます。

だからこれから償いをして、少しでも綺麗になりたい。生きて……今度こそ本当に幸せを見つけられるように」


 ナルはレオンを見つめる。この瞬間を、焼き付けるように。すっと手を差し出されたので、反射的にレオンは握手を返した。


「さようなら、皇子様」


 ドラコニア大神殿で働く事になるのなら、いつでも会えるのだが。そう言う事ではないのだろう。『憧れの皇子様と結婚したい』それは本当に、彼女の夢だったのだ。本物の、恋だった。


(ごめんなさい)


 マリーゼは目を閉じる。冤罪をかけられた時も辛かったが、意図して悪役でいるのも心が張り裂けそうだ。だがそれでも、マリーゼは譲るつもりはなかった。幾多の恋する乙女たちを踏み躙ってでも、レオンの愛を守ってみせる。そう決めたのだ。



「ところで彼女、早口言葉が苦手なようでしたけれど、大神殿では必要ないお仕事に就くのでしょうか?」

「早口言葉? 何それ」


(えっ)


 妹たちがとぼけるので、予選のお題は何だったのかと問い詰めると。


「そもそもわたしたち、早口言葉をやれとは一言も言っておりませんわ」

「そーそー。アタシ等の職業を三回言えとは言ったけどね。ニャハハハ」

「早とちり…」

「えーっ!」


 言われてみれば、百人も残っているのだ。彼女等がすべて早口言葉が得意と言うわけではなく、引っ掛けに気付いて上手く乗り切ったのだろう。


「やっぱりそう言う事かよ」


 予選の時点で既にふるいに掛けられていた事に、レオンは呆れて頭を掻いた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


≪皆様、大変お待たせ致しました。先程アクシデントがございましたが、引き続き一次審査を行いたいと思います。

その前に、今回は審査員を務められる予定だった我が帝国の守護神ことレードラ様に、飛び入りで参加して頂きます≫


「え……」


 突然無茶ぶりを言い出したフローラに、マリーゼは一瞬反応が遅れる。


(レードラ様は審査される側……って、そんな――!?

私、何の準備もしてないのにっ)


「おい、どう言う事だよ!?」


 レオンもガタンと椅子が倒れる勢いで立ち上がって抗議する。


≪お兄様、落ち着いて。そもそもお兄様の大本命であるレードラ様を参加させない選択肢はないのです。別に贔屓で優勝させたいわけではありませんし、そう言う主旨でもないですからね。ただ、基準は必要だと思ったのです。お兄様にとって生涯寄り添う御方に求められるのは何か、と言う事を≫

「だからってお前、こんな……」


 チラチラとマリーゼを窺ってくるレオン。本物のレードラではないので当然だろう。マリーゼも不安で、何とか断れないかと思考を巡らせていた。


≪けれど皆様、これはチャンスでもあります。レードラ様の苦手な分野は得点が低くてもクリアとしますし、逆に差を見せ付けて点数を稼ぐのも一興。

ちなみにレードラ様の腕には現在、変身封じの腕輪が付けられています。これは魔界の呪いのアイテムを巷で大人気の発明家サイケ=デリック氏の手で魔改造した代物で、例えばスライムに変身した瞬間を狙って取り付ければ、元がどれだけ凶悪なモンスターでも腕輪が外れない限りは変身が解けない仕様になっております≫


 マリーゼは己の腕のアクセサリーを見る。このアイテム、そんな物騒な効果があるのか……いやフローラの嘘だろうとか。凶悪な魔物がわざわざ弱いスライムに変身するだろうかとか。ぬるぬるしたスライムに腕輪をしっかり取り付けられるのかとか。

 ツッコミ処は多かったが、参加者たちは『サイケ=デリック』の名に大いに反応していた。


「サイケ=デリックと言えば、皇家御用達の金細工師じゃない?」

「でも趣味で発明家もしてるって噂よ。レオンハルト殿下とパーティーも組んだって」

「魔界の呪いのアイテムも、さっき出てきたし……本物じゃない?」

「それじゃ、今のレッドドラゴンは……ただの一令嬢」


 婚約者候補に求められると言えば、教養や美しさ。決して尻尾を振り回して戦うと言った猛々しさではない。予選は意味が分からなかったが…

 これは自分にもチャンスがあるかも……と受け取った会場は、概ね肯定的な空気になってきた。フローラはこの結果に満足げに頷くと、マイクをマリーゼに向ける。


≪ではレードラ様。百人のライバルたちに向けて、意気込みなどをどうぞ!≫

≪えっ!≫


 えっ、…えっ、……えっ…


 急に振られて上がった声に、エコーがかかった。会場がしんとして、自分が注目されている事にパニックを起こしそうになるが、心配そうに再び腰を浮かしかけたレオンが目に入り、先程の光景が思い浮かんだ。


(ここに来ている人たちはみんな……レオン様が好き)


 中には親の都合や権力への野心もあるだろうけれど。それもレオンの一部には違いない。人混みの奥に、アテーナイアがこちらを窺っているのが見えた。試されている。

 マリーゼは瞳を閉じて、申し訳なく思う気持ちを打ち払った。


(今の私は、悪役令嬢。レードラ様の代理人! 本気で行かなきゃ、彼女たちにも失礼だわ)


 カッと目を見開くと、マリーゼはマイクを受け取った。


≪えー、あー…ゴホンッ! 皆の者、儂がレードラじゃ。先程のように偽物だと疑う者は、またこのドラゴンの瞳で見透かしてやってもよいぞ。

…うむ。まず最初に、言っておく。

レオンは儂を愛しておる≫


 後ろでゴホゴホッと咽る音が聞こえたが、無視して続ける。


≪別に惚気たいわけでも自慢でもない。純然たる事実じゃ。これを見ぬふりして夫婦となったところで、必ず軋轢は生まれる。いつか自分だけを見てくれるとか、いっそレッドドラゴンを何らかの形で消してやろうなどと目論む女子おなごもおろうが、無駄な考えは捨てよ。レオンは愛だけで帝国の事業を興し、魔界を制覇した男じゃ。先程こやつの反則技を見たであろうが。

じゃが、儂はこやつの子を産む事はできん。これも純然たる事実。今回の選抜会は、レオンの血を残すための苦肉の策…少なくともレオンにとってはそうじゃ。

それでも、レオンと結ばれたい。ドラコニア帝国皇后になりたい。皇子を産んでやりたい。その夢を貫きたいのならば――≫


 マリーゼは大きく息を吸う。こちらを睨み付ける令嬢たちが、瞳を通じて様子を見ているレードラが何を思うのか。その恐怖を押さえ込み、声を張り上げる。


≪戦うべき相手は儂ではない。レオンの想いの強さじゃ。愛されない覚悟で添い遂げるにせよ、逆転を狙って惚れさせるにせよ…我こそはレオンの愛に勝ってみせると言う気概のある娘だけ、この先の試練を受けると良い。

儂はそなたたちの想いを否定せん。じゃが、レオンの想いもまた否定はせんよ。祝福なんぞしてやらんから、どちらも好きにすれば良い。以上じゃ≫


 一気に話し切ると、マイクをフローラに投げ返し、マリーゼは舞台袖へ歩いていった。そして観衆の目が完全になくなった所で、ガクガクと全身の力が抜けて床に手を突いてしまう。


「ぜえ…ぜえ……」


 心臓がバクバク言っている。喉がカラカラで眩暈がする。

 緊張で、どうにかなりそうだった。


「マリーゼ!」


 そこへレオンが駆け寄ってきて、立たせてくれた。


「大丈夫か、マリーゼ!? なんて無茶したんだお前は…」

「え、へへ……似てました?」


 力なく笑うマリーゼの額を、レオンはコンと軽く小突く。


「本物はあんな事、絶対言わねーよ」

「でも、言って欲しかったでしょう? レードラ様に」


 今、見ているはずのレードラと向かい合わせようと見つめるマリーゼの瞳を、レオンは手で塞いだ。


「…レオン様?」

「ああ、嬉しかったよ。バカだの不毛だの散々言われて、レードラも仕方なしに受け入れてる所あったから。あんなにはっきり、否定しないって言われたのは初めてだ。

…ありがとう、マリーゼ」


 レオンの感謝に、息を飲む。視界を覆ったのは、レードラは関係ないと示すためだ。マリーゼだけのための、言葉。


「……っ」


 マリーゼは震えた。それは瞳か、心か…それとも足か。


「マリーゼ? …おっと!」

「ごめんなさい……腰が抜けちゃって」

「ははは…すげー啖呵切ってたからなー。無理しないで、歩けるようになるまで支えといてやるから」


 よろけて胸に飛び込む形になってしまい、思わず身を固くしたマリーゼだったが、そんな彼女を落ち着けるようにレオンの手がポンポンと叩く。


「…レオン様、今だけです。私はレードラ様の代理ですから」

「うん?」

「さっきの……レードラ様からの言葉だと思ってもいいですよ」


 すごく幸せなこの瞬間も、レードラ様のものだから。

 そう自分を諫めたマリーゼの鼻を、レオンはムギュッと摘んだ。


「……変な気を使うな」

「ふぇっ」


 真っ赤になって鼻を押さえるマリーゼ。少し持ち直したらしく、もう一人で立っていられるようだ。レオンはその様子を少し笑ってやると、会場まで彼女の背を支えながら戻った。


 ついに一次審査が、始まる。


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