第9話

 帝都郊外に建てられた古びたアパートの一室。その入り口の前には【梁山泊面接会場】と書かれた看板が立てかけられていた。

 面接当日にそこへ向かったレオンたちは、看板前で待ち構えているレードラの姿に困惑した。(サイケの場合は、チャイナドレスを着た女性から尻尾が生えていたからだったが)


「レードラ? 何でここに……」

「人間の思惑など儂には筒抜けじゃと知っておろうが。なに、お主等がまた妙な事を仕出かさぬか心配でのう」

「うぇ~…せっかく驚かそうと思ってたのに、この段階で来られてもなあ」

「目標を達成できれば『あっ』でも『ぎゃふん』でも好きなだけ言ってやるわい。それより……」


 レードラは一気に差を詰めると、レオンの頬に手を伸ばしてきた。思わず顔を赤らめたレオンだったが、直後に頬をムギュッと抓られる。


「クエストの事は聞いておる。心配かけおって、この馬鹿垂れが」

「痛ででで……おまへは俺のお母さんかよ!」

「お目付け役なんじゃから、似たようなもんじゃろ。

……ところで、そこの」


 視線をレオンから移されて、傍らで呆気に取られて見守っていたサイケは途端に緊張する。


「あっハイ! レオンの…いえ、レオンハルト殿下と冒険者パーティーを組まされ…組ませて頂いております、サイケ=デリックと申します。よろしくお願いします、レードラちゃんさん!」

「うむ、それはいいが……その珍妙な呼び名は何じゃ。普通でいい普通で」

「では、レードラ様で」


 借り部屋に案内しながらサイケは、さっきから気になっていた事をこっそりレオンに聞いてみた。


「なあ、あのレッドドラゴンの人間形態……まあ、美人っちゃ美人だけど」

「だろ? 何だよ、文句あんのか」

「そう言うんじゃなくて……何と言うか、懐かしい感じなんだよなぁ」

「懐かしい……って、どう言う事だ?」

「あの髪と目の色…あと尻尾があるから人外っぽさはあるけど。作り自体はすごく俺等に馴染みがある。もし黒目黒髪だったら……あれは、日本人の顔立ちだよ」


 レオンの足が止まる。その顔が浮かべた表情を、サイケは何と形容すればいいのか分からなかった。


「だから何だよ」

「いや……それだけだけど」

「お主等、何をコソコソ話しておるんじゃ」


 先に歩いていたレードラが振り返る。二人は何でもない、と誤魔化して彼女に追い付いた。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 面接は概ね順調に終わった。途中、冷やかしや電波な人も数名いたが、レードラが問答無用で追い出してくれた。こうなると付き添ってくれた事がありがたい。


 合格者たちはドラゴン形態のレードラの背に乗せられ、赤の渓谷へ降ろされた。そこの崖には横凪ぎに抉られた跡が洞窟のようになっている場所がある。


「すげえ……さしずめ『竜の爪痕』ってとこだな」

「正解じゃ。ここは他国のハンターが儂の目ん玉を狙ってきた時に戦って爪で抉り取った痕じゃよ」


 人間形態に戻ったレードラの案内する洞窟を、合格者たちは一様に息を飲んで眺め回した。


「それにしても、帝国の守護神で金儲けを企むなんて……物知らずもいいとこですよね」

「竜の目玉自体は希少価値じゃからのう……その守護神にプロポーズするバカもおるし」


 レードラの一言に、ああ…と生温かい視線を向けられ、オホンと咳払いしたレオンは周りを見回した。


「ともかくだ! 掲示板を見てお集まりの日本人諸君、よくぞ『梁山泊』の一員になってくれた。具体的に何をするかは決まっていないが、この『竜の爪痕』を拠点とし、時々集まってでっかい企画を立てていこうと思っている。まずはメンバーの自己紹介からしていこうか」


 レオン、サイケ、レードラの簡単な紹介が終わると、次は合格者の一人一人が名乗りを上げていく。


「キャトル=ミルキーズ。騎士見習いだ。よろしくな」

「こやつは農務大臣ゴートン=ミルキーズの次男坊で、赤龍ミルクの責任者が兄のシープスではなかったかのう」

「えっ、それ初めて聞いたんだけど」

「姓で気付かんかったのかお主…」


 道理で聞き覚えのある名前だったわけだ。レオンは直接会ったゴートンとシープスは知っていたが、次男が別件で関わってくるとは思いもしなかった。と言うか興味がなかった。


「ニ、ニルス=ジョースター十歳…精霊使いです。え、えと……よ、よろしくお願いします!」


 緑色の髪を揺らし、蔓の巻き付いた杖を抱きしめた少年がぺこりとお辞儀をすると、色とりどりの精霊が姿を現した。


「あら可愛い。貴方のお友達?」

「はい!」


 ニルスににこやかに話しかけた中年女性は、その流れで挨拶する。


「マチコ=マイヤーよ。歳は今年で五十。私は転生じゃなくて若い頃…日本では昭和六十三年にこの世界に飛ばされてきたの。今はスティリアムってここから遠方の国で小さな食堂を営んでいて、帝国へは料理研究のために立ち寄ったのよ」

「彼女の事はぜひとも『マチコ先生』と呼んでやってくれ」

「うん、やめて?」


 彼女が出版したと言う料理に関する書物を皆に見せると、パラパラと捲っていた一人が声を上げる。


「これはすごい。ここまで調べ上げるまでに長い年月をかけたのだろうね。…しかし君、元の世界に帰りたくないのかい?」

「そりゃそうだけど手段がないし、もう三十年経ってるから帰ったところで浦島太郎状態よ。親も生きてるかどうか……。それに、この世界でもう家族もできてしまったから」

「だったらせめて、手紙を送るのはどうだろう? 私なら指定した年代に日本に届ける事ができるよ」


 あっさりと言われて、マチコは疑わしげに瞬きをする。


「それ、本当なの? あなたは一体……」

「おっと、申し遅れたね」


 謎の人物はおどけて大仰な挨拶をする。


「私の名はレイニス。歴史学者をしている。能力は、異世界を行き来する事だ。ただし制約があって、夢と言う形に限られる……つまりここと日本、両方に私がいる事になるな。まあこの世界の知識に関してはチートだと思ってもらって結構」


 そう説明するレイニスを、ぶすっとした顔で睨んでいるレオン。実はレードラの知り合いだったらしく、面接の最中、久々の再会で親しげに話していたのでずっと妬いていたようだ。


 ともあれ冒険者パーティーにはキャトルとニルスに入ってもらい、当面クエストをこなしつつレベル上げに勤しむ事になった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 そうして十三歳を迎えたレオンは、大神殿で神官長ヘレナから啓示を受けていた。


「竜神官レオンハルト=フォン=ドラコニアは現在、総合レベル90。スキルは剣術2、体術55、打撃78、掘削60、魔法90、知識50となっています。貴方に渓谷の女神の御加護がありますように」


 啓示と言っても冒険者ギルドの鑑定と変わらない。ちなみに神本人レードラも鑑定魔法は使えるのだが、「聖職者は決められた施設で直々に宣言されねば、ステータスに登録されんからのう」との事なので、一種の儀式なのだろう。


「すごいわね、レオンちゃん。たった一年でよく頑張ったわ。特に神聖魔法の成長が著しいから、レベルMAXまでもう目の前よ」

「すべて女神様の愛の力です」


 もう一人の母が自分を「ちゃん」付けで呼ぶのは、幼い頃から恥ずかしくてたまらなかったが、今はもう近所のおばちゃん的付き合いだと割り切っている。


「そうねぇ、レオンちゃんは昔から愛情深い子だったわ。クレイヤみたいな難しい子もフローラちゃんと同じ妹として接してくれて……その調子で早く婚約者も見つけてくれると安心なんだけど」

「義母上、私の婚約者は既にここに居ります。そう、貴女の目の前に!」

「えっ?」


 レオンの指差す先につられて振り返ってみれば、そこにはドラコニア大神殿が祀る、帝国の守護神レッドドラゴンの像が。


「……」


 そして目を離した隙に、レオンはとっととこの場から退散していた。その鮮やかな逃げっぷりに、ヘレナは小さく溜息を吐く。


「ほんと、困った子ねぇ……アティが何て言うかしら」


 そう言ってレオンが出て行った扉を見つめるのだった。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「どうすっかなあ……具体的な事何も思い付かないのに、このままじゃレベルが頭打ちだよ」


 レオンは地下書庫に通じる廊下を歩いていた。あれからした事と言えば、今までと同じく皇子教育(剣は壊滅的だったので諦めた)がない時に冒険者ギルドのクエストをひたすらこなしていたくらいだ。皇子である自分にはあまり危険な仕事は回ってこないとは言え、結構短期間でレベルを上げる事はできた。キャトルから課せられた地獄のような特訓には閉口したが。

 その他には、子供たちの間で大流行したギューメン大会や精霊馬車レースに参加した程度……何とこの企画の主催は親しくなった悪ガキ共で、伝説となるチャンスを横から掻っ攫われた形となったが、レードラが興味を示さないのでこれも別にいい。


(名を上げるって思ったより難しいもんだな……マチコ先生の力を借りて、異世界で和食を広めてみるとか? …ダメだ、何番煎じだよ。力を借りると言うかマチコ先生一人でできてんじゃん!)


 そのマチコはレイニスの能力で日本の家族と手紙のやり取りをし、この間ついに元の世界に戻る決意をしたと言う。時期は手紙の送り先と同じ、平成二年。(元年はバタバタした時期なのと、三十年分も歳を取ってしまったので消えてすぐだと信じてもらえないだろうと時間を置いた結果)

 レイニス自身は直接行き来できないものの、こうした異世界同士を繋ぐスポットには詳しいらしく、今まで何人もの時空の迷子たちを拾って助けて来たのだとか。レオンの概念的存在になりたいと言う目標を、既に達成しているのがレイニスなのだった。


(こうして考えると、俺ってまだ誰かに頼らないと何もできないヤツだよなあ。クエストでも仲間におんぶに抱っこだし、何よりレードラには甘えまくりだし。情けない……)


 現在、マチコは里帰りに向けてスティリアム王国に帰還。サイケは家を継ぐために金細工の本格修行中。キャトルは騎士団試験の真っ最中。ニルスは精霊使いとして妖精女王の催す宴に参加するのだとか。

 久々の一人の時間に、レオンはつい後ろ向きな考えに囚われてしまい、何かいいアイディアはないものかと書物を漁る事にしたのだった。


 地下書庫は、赤の渓谷へ通じる魔法陣の部屋のすぐ隣にある。その扉の前に待ち構えている人影を見て、レオンは「うへぇ」と声を漏らした。


「随分なご挨拶ですのね、レオンハルト殿下。そんなにわたくしとお会いになりたくなかったのですか」

「滅相もない。ご機嫌麗しゅう存じ上げます、アテーナイア様」


 薄暗い地下通路に似つかわしくないその令嬢は、宰相の娘だった。二人はかつて親の決めた婚約者同士……になる前にレオンが潰したが、以来何となく顔を合わせ辛くて避けてきた。もっとも、それ以前からレオンは彼女が苦手だったが。


「麗しいわけないじゃない、こんな埃っぽい地下室……。貴方は相も変わらず、巨大赤トカゲに熱を上げているのかしら」

「あのー、アテーナイア様。彼女はこの国の守り神でしてね」

「赤トカゲにプロポーズしてる貴方に言われたくないわ!! このわたくしが、あんな爬虫類に見劣りするほどブスだと言うの……。子供の頃に虐めたのを、まだ恨んでいるのね」


 アテーナイアはとても気の強い令嬢で、幼いレオンは何度も泣かされていた。当時は彼女が恐ろしかったが、おっさんの目線から見てみるとキャンキャン吠える仔犬みたいで可愛らしい。年齢がまだ十三の小娘と言う事もある。


「子供の頃の話ですし、別に恨んでおりませんよ。貴女の美しさは、私などにはもったいない……。もっと相応しい、貴女だけを心から愛してくれる男性ひとがいるはずだ」


 レオンの視線は、彼女が身に着けているアクセサリーに向けられる。装飾品の事はよく分からないレオンにも趣味がいいと思えるデザインで、彼女のために作られた特注品なのだろう。婚約者のいない美しい女性には、数多の男性からそうした贈り物がされると聞いた。

 アテーナイアは、ふふんと得意気に腕を掲げてアクセサリーを見せる。


「素敵でしょう? 最近、貴族の間でも評判の金細工師による物よ」

「左様ですか」


 デリック氏を思い出したが、あれは町工房なので違うだろう。レオンに気付いてもらえた事で機嫌を直したアテーナイアは、扉の前から素直に離れる。


「あまりお父様を怒らせない方がいいわよ、レオン。でないと貴方が赤トカゲと戯れている内に、大切な物はすべてなくしてしまうから!」

「肝に銘じておくよ、アティ」


 幼い頃のように愛称で呼んできたのでレオンもそれに合わせると、アテーナイアは満足げに扇子を広げ、赤くした頬を隠して立ち去った。こう言うタイプは怒らせないよう、ひたすら下手に出ておくに限る。


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