おもしろエピソードを、投稿風に。

以知記

第1話「マトン事件」

みなさま、こんにちは。


私が以前、ネパール料理店に行った時の話を聞いて下さい。


今から10年ほど前、私が友人Pと二人で、美味しいネパール料理を食べに行った時のことなのですが、その美味しさを忘れてしまうほどの出来事が起きてしまったのです。



その頃、インドカリーのお店はすでにたくさんあったのですが、ネパール料理専門店というのが私の家のまわりには一軒だけしかなく、インドカリーが大好きな私とPは興味があり、行ってみることになったのです。


ネパール料理とインド料理の違いってどんなのかなって、とっても楽しみにしながらお店に入りました。

そのお店はレストランとしては珍しく、壁沿いにグルっとお席が並んでいて、真ん中は広くあけてありました。

私たちは角のお席に案内されて、私が壁側、Pがその向かい側に座りました。

私の記憶が間違ってなかったら、私たちのテーブルはお店の西側の壁の南の角だったはずです。


店員さんにメニューをいただいている間に、お若い男性のお客様がおひとり、ちょうど私と向かい合せになる席にお座りになって、慣れた様子で注文をされているのが見えました。


初めてのお店で迷いながらもランチセットを注文した私たちのすぐそばに、3人連れのご家族が座られました。


そのご家族は、南側の壁の西の角のお席に座られました。

建物の壁の出っ張りの都合上、私から見ると右隣りのような、斜め前のような位置になるお席でしたので、自然と私の視界にご家族のお姿が見えました。

20代中ごろのお嬢様とそのご両親(お年のころは60歳前後くらいでした)のようで、仲良く三人でメニューをご覧になっているところが見えていて、あぁ微笑ましいなぁと思っておりました。


私事なのですが、インドカリーやネパール料理が大好きなのに、実は私はマトンやラム、つまり羊肉が食べられないのです。

Pは羊肉ならばマトンもラムも大好きなので、私が羊肉を嫌いになった某所でのジンギスカンの味を払拭できたらと考えてくれて、


「Oちゃん、よかったら私のカリーも食べてみてね!」


って言ってくれた直後、事件は起きました。



「マトンって何?」

「何かのお肉じゃない?」

「メニューの感じからして、お肉っぽいよねぇ」


という会話が聞こえてきました。

会話の主は、私の右側に座られたご家族でした。

私はちょっと迷いました。

お席が隣だから聞こえてしまったとはいえ、私がお教えしたら、ご家族の会話を聞いてしまったようで、不快に思われるかもしれないなって思ったんです。

何より、この時点で私の目の前では


「Oちゃんって、どこでジンギスカン食べたんだっけ?」


という具合に、Pがマトンをテーマに会話を繰り広げ始めていたのです。

もしかしたら、私たちの会話で気が付いてくれたら・・・なんて淡い期待をしたのですが、その期待は見事に打ち砕かれました。



「マトンって馬じゃない?」



お隣のお席から、お父様がはっきりとおっしゃってしまったのです。

しかも、これだけでは終わりませんでした。



「あー、馬ねー!」



お嬢様が納得されてしまわれたのです。


これは・・・いったいどうしたことか・・・


小さいお声だったらよかったのですが、けっこうしっかりとしたお声で「馬」とおっしゃったため、私と、私の向かいのお席の若い男性には聞こえておりまして、思わず目が合ってしまいました。


失礼ながら、笑うのを堪えるのに必死でした。

こういう時、人間って真顔になろうとするんですよね、なぜなんでしょう?

私もキュッと口を結び、一生懸命に真顔になろうとしておりました。


しかし、Pには全然聞こえていなかったのです。


「ジンギスカンってさー、マトンの鮮度がよくないとダメなんだよ。鮮度のいいマトンだったり、カリーみたいな味付けだったら、Oちゃんもきっと食べられるよ!」


お席の関係か、はたまたBGMを流すスピーカーの位置の関係か。

いずれにせよ、この時の私には、目の前のPが「暇を持て余した神々の悪戯」にしか見えなかったのです。


なんで今このタイミングでお前は「マトン」という単語を発した!?

しかも、さっきより大きな声になってるよね!?


隣のお席の会話が私の脳内でリピート再生されてしまい、笑わないように必死になる私に、さらなる仕打ちが訪れました。



「じゃあ、ラムって何?これもお肉かな?」



再び、お隣のお嬢様が大きめのお声でお父様にご質問されたのです。

この時、私の向かいのお席の若い男性にも、私たちのところにもランチプレートが運ばれてきていて、私はPからもらったマトンを試しに食べようとしていた時でした。

口の中でしっかり咀嚼するフリをしながら、またしても笑わないように必死になる私の目の前では、若い男性が一生懸命に召し上がっておられました。


お兄さん!もしかして私を置いていく気なのね!


そう思わずにはいられないほどの勢いで、若い男性はカリーを召し上がっていらっしゃいました。

そうとは知らないPは、真顔になろうとする私の顔を見て、


「マトンだめだった?やっぱりラムから試す方がよかったかな?」


と、心配そうに私を見るのです。

しかも、Pの声はさらに大きくなっていました。


なんでボリュームあがってんの!レストランではいつもそんな大きな声でお話しないでしょ!!

なんでこんな時に音量を大きくしたんだぁぁ!

しかもなんでPまで一生懸命な顔で会話してんの!


ご存知の方も多いかと思いますが、ラムは子羊のお肉で、大人であるマトンよりも臭みがないため、Pは私を気遣ってくれた上での「ラム」発言だったのですが、これが次の事件を生みました。

まぁ、なんとか食べられるよ・・・と返事をした私を、隣のお席のお父様がジーっと見てらっしゃったんです!



うわぁぁぁぁぁ!見つかったぁぁぁぁぁぁぁ!!

どどどどどしよう!どうしたらいいのぉぉぉぉぉ!!



私の背中を流れる汗は、カリーに入っているスパイスの効果なのか、それとも冷や汗なのかわかりませんでした。

ここから後は、私も向かいの若い男性と同様、一生懸命にカリーをいただきました。

一生懸命食べてて、この時のカリーの辛さがどうだったのか、よく覚えていません。

ナンをちぎるのがもどかしく感じたのはよく覚えています。


なんでこんな時に根菜の酢漬けが!?

あぁぁぁネパールのお漬物ってシャキシャキしてて歯ごたえがいいから、一刻も早く完食したい今の私には不向きだわぁぁぁぁ!

ってか、味わって食べたいよぉぉぉ!!


そうこうしているうちに、お隣のご家族のところにもランチプレートが運ばれてきて、美味しそうに召し上がっておられましたが、お父様だけは、こちらに耳をそばだてているのがよくわかりました。


お父様、あなたはきっと隠密活動はできないと思います。

水戸〇門に出てこられる由〇か〇るさんはすごいんですよ・・・


そして、私の目の前では、Pの「マトン&ラム談義」がまだまだ繰り広げられました。


なんでこんな時に限って、「羊」って言ってくれないの!?

今の私は、声を出したら笑ってしまうから「羊」って言えないのよ!!

あっ!お兄さんがお会計を!あぁぁ待ってお兄さん置いていかないで!!



なんとか食べ終わった私たちの目の前に出てきたチャイが、なんと恨めしかったことでしょう。

なんで最後に飲み物出てくるの・・・あぁ、チャイも注文したんだったっけ・・・

難局を乗り越えて疲労困憊だったので、チャイはすっごく美味しかったはずなんです。

Pは美味しかったって言ってましたし、絶対美味しいはずなんですが、味を全然覚えておりません。

とりあえず、この状況下においてチャイを吹き出さずに飲み切った私を誇りに思っています。


お会計をしてお店を出て、私の車に乗り込むと、


「Oちゃんごめんね、何か怒ってたよね、ほんとにごめんね。」


と、Pが謝ってくれました。

Pからすれば、私の表情は怒っているように見えたそうで、なんとかしなくては!と一生懸命に会話してくれていたのですが、Pが話せば話すほど、私が無口になっていったため、Pはさらに一生懸命に「羊肉談義」をしてくれていたのです。


悪気なくPがお話してくれているのは私もよくわかっておりましたし、これは私が謝るべき状況だと思うので、まずはPに事情を説明しました。


「えぇぇぇぇ!なんでそんな面白い状況なのに教えてくれなかったの!」


言えないでしょ!

だって声を出したら絶対に笑いを抑えられないもん!

そのくらいピンチだったんだから!!


このあとからしばらくは、ネパールと聞くとあの日のことを思い出してしまって、条件反射のように笑いをこらえてしまうようになってしまいました。


ネパール料理の美味しさに目覚めたのは、数年後のことです。

今ではすっかりネパール料理にハマっておりまして、お気に入りのお店に何度も行かせていただいておりますが、あの時のお店にはいまだに行けずにおります・・・。

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