第3話 消えた桜子

 どれくらいの時間そうしていたのかわからないが、ふと気がつくと教室のざわめきが大きくなっていた。私は慌てて視線を前に戻した。


 席次表を見ながら彼女の名前を確認する。

 春川桜子。さくら、ではない。


 騒つく教室で、どうせたいして聴いてる生徒も少ないと思われる面白くもない授業を進めながら、私は窓の外を見ていた彼女の横顔がずっと頭に残って仕方ない。


 私はおしゃべりや携帯を弄る生徒を無視し、板書をしながら定型の授業を進めることが最近気にならなくなった。慣れすぎてしまっていたのかも知れない。ただひたすら黒板に向かっていたその時のことだ。


「葉子」


 背中から確かにさくらが私を呼ぶ声がした。


——まさか!


 慌てて振り向く。ほんの数人しか授業を聞いてない教室に、もちろんさくらがいるはずもないことなどわかっているが、それでも探している自分がいた。

 そして、妙な違和感を覚えた。そしてその違和感の理由が教室の一番後ろに空席がひとつあることだと気がついた。


 春川桜子がいなかった。さっきまで窓際で所在なげにぼんやりと外を眺めていたあの子の席には誰も座っていなかったのだ。


「なんで無視するの」


 あの時さくらはそう言った。応えなかったのは私だった。


「春川さんは?」

 誰ともなしに私が言うと、後ろにいた子が、

「カバン持って出てった」

と素っ気なく答えた。


 あのときと同じだ。彼女が消えるまで私は教室を見ていなかったのだ。いや、見ようとしなかったのだ。だから気がつかなかったのだ。


 私は小さく肯く。そして、また何事もなかったように授業を進めている自分がいた。


 私はいつからこんなダメな教師になってしまったんだろう。


——さくら、ごめん。


 

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