第4話 物騒な交換

「なぜ伯父上は、私を戦場に連れて行ってくれないのだろう。置いてけぼりなんて、ひどいと思わないか」

 春藍は自室の天蓋のついた寝台に腰掛け、嘆息をもらした。


 寝台との間に机を挟んで配置された座椅子に座った小柄な少女が、あきれ顔で春藍に返す。

「また愛されてるっていう自慢なの? 見せつけるのはやめてよね、もう」

 この少女の名前は蘇唯寧(そ・ゆいねい)。春藍の数少ない同性の友人である。王宮によく出入りする武器商人一族の娘で、春藍とはお互いの家を行ったり来たりするほどの仲であった。


 華奢な体をゆったりとした浅草緑の衣に包み、やわらかな髪を花飾りで華やかにまとめた唯寧の姿は可憐で、薄く化粧をした顔はまさに美少女という言葉がふさわしかった。しかしその長いまつげに縁取られた目の奥には、商人としての打算やしたたかさが見え隠れし、少女らしからぬ雰囲気があった。


 春藍は唯寧の冷めた反応をよそに、なおも愚痴を続ける。

「でも、戦場を知らないから連れていけないなんて、おかしいじゃないか。行かずにどうやって知れと言うんだ」

「知ってほしくないってことでしょ。わかってあげなさいよ」

 唯寧は春藍を真正面から諭した。


 しかし、春藍は、まったく腑に落ちなかった。

「わからない。全っ然わからない」

 春藍は不機嫌そうに、腕を組んだ。春藍の子供っぽいふるまいに、唯寧は小さく苦笑した。


「薛将軍が気の毒ね。まったく」

「私だって気の毒だ。こうなったらもう、今日はヤケ買いだ! 唯寧、今日はどんな品物がある?」

 語気荒く、春藍は唯寧の方を見た。武器商人の一族の出である唯寧は、春藍の家に来るときにはいつも少し変わった武器を持ってくる。武器を集めて眺めたり使ったりするのが好きな春藍は、唯寧のお得意様であった。


「戦に行けないのに、武器は買ってくれるんだね。私としてはうれしいけど」

 唯寧は座椅子の脇に置いてあった袋から、長さの違う棍棒を鎖でつないだものを取り出し、机の上に置いた。


「この武器の名は?」

 春藍は、その見慣れない武器に興味を持った。

「これは、多節棍っていうの」

 唯寧は細く白い指で、そっと棍棒を撫でた。

「普通の棍棒よりも攻撃力が高くて、鎧や兜の上からでも効くんだよ」

「ふーん」

 春藍は長い方の棍棒を掴み、持ち上げた。表面は、手になじむ具合にざらついていた。ずしりとした重みが腕を伝わる。軽く振ると、鎖で繋がった短い方の棍棒がぐるぐると揺れた。


「こういう構造だから動きが変化に富んでて、かわしにくいとか」

 唯寧はなめらかに滞りなく、商品の説明を続けた。

「少し小振りに作ってあるから、補助的にも使えるんじゃないかな。暗器としても使える大きさだよ」


 つぼを押さえた唯寧の話ぶりに、春藍はすっかりその気になった。

「よし、気に入った。買おう」

 春藍は棍棒を机の上にごとりと置いた。立ち上がり、寝台の近くにある棚から、平たい木製の箱を出す。

「支払いはいつも通り、これでいいか?」

 春藍が箱を開くと、中には数々の装飾品が収納されていた。


 唯寧は売れ残りの変わった武器を、春藍はいらない服や装飾品を、それぞれ持ち寄り交換するのが、二人の取引だ。


 目をきらめかせ、表情をゆるめる唯寧。

「どれでもいいの?」

「構わない。どうせ使わないし、また贈られて増える」

 春藍は贅を凝らした髪飾りや指輪などに、何ら執着していない。


「じゃあ、これをもらうね」

 唯寧は真珠を銀細工で縁取った耳飾りを選び取り、慣れた手つきで身につけた。耳飾りの白銀が緑色の衣服に映える。


 春藍は微笑み、唯寧を見つめた。

「良く似合ってる。やはりこういうものは唯寧に持っているべきだ」

「春藍だって、着飾ればそれなりだと思うけど」

「自分を美しく見せることに意味がある時が来れば、そうする」

 からかうような調子の唯寧に、春藍はすました顔で答えた。


 そのとき、外から侍女が呼ぶ声がした。

「姫様」

「何だ」

 春藍は扉越しに侍女に返事をした。


「薛将軍がお帰りになり、こちらに向かっております」

「そうか、わかった。お前は伯父上をご案内しろ」

 侍女に指示を出し、春藍は不思議そうに眉をひそめた。


「伯父上がここに? あちらから訪ねてくるとは、珍しい」

「じゃあ私は、ここでお暇させてもらうね」

 唯寧は立ち上がり、軽く両手を組んでお辞儀をした。


「では、見送りの者を呼ぼう」

 春藍が人を呼ぼうとすると、唯寧は押しとどめた。

「いいよ、裏口に車を待たせてあるし」

「そうか。では、また」

「うん。将軍と仲良くね」

 唯寧は笑顔でそう言い残し、きらびやかな織物で仕立てられた裳を翻し立ち去った。


 寝台に寝転がり、春藍は目を閉じた。

 ――将軍と仲良くね、と言われてもな。私は親しくしたくてたまらないのに。伯父上がそっけないのが悪いのだ。

 霄文のことを思い、少しいらだつ。


 しばらくすると扉の外に、人の気配を感じた。

「春藍、入るぞ」

 霄文の落ち着き払った声に、春藍は起き上がった。

「どうぞ」

 春藍が呼ぶと、鎧から平服に着替えた霄文が部屋に入ってきた。


 机の上の多節棍に視線を向ける霄文。

「また、武器を買ったのか」

「私は私の財で武器を得ているのです。伯父上には関係ありません」

 冷たい口調で、春藍は答えた。


 霄文は困惑の表情を浮かべる。

「それは、そうだが」

 霄文は喧嘩腰で言ったつもりはない様子であったが、春藍は無愛想な態度を崩さなかった。

「どうせ戦場に行けないのに馬鹿なことをと、思っているのでしょう」

「怒っているのだな、春藍」

 ため息をつき、霄文は寝台に座る春藍を見下ろした。


「そんなことありません」

 つんと顔をそむけ、春藍はわざと平然なふりをする。

「いや、お前はわしに腹を立てている。わしがお前の従軍を認めないのが、それほど嫌か?」

 静かに春藍に語りかける霄文に、しだいに春藍は怒りを押し隠せなくなった。

「……伯父上が私を認めてくださらないのが、いけないのです。女の私は結局、戦場では役に立たないと除け者にして」

「春藍。お前が強いのは、わしも認めている。問題は、お前が弱いからではないのだ」

 霄文は真摯に春藍を言ってきかせた。


 しかし春藍は霄文をにらみつけ、鋭い語気で言い返した。


「では何が問題なのですか。こうやって私を戦からもあなたからも遠ざけるのなら、私に武芸など教えてくれねばよかったのに」


 霄文を責めるような言葉に、霄文は寂しげな目で春藍を見つめた。何を言ってもわかってもらえないとでも言いたげな、あきらめた瞳。


 ――くそ。これでは、私が子供みたいではないか。


 実際のところ本当に子供なのであろうが、春藍はそれを認めたくはなかった。

 春藍は悔しさに歪んだ顔を隠し、霄文に背を向けた。

「出て行ってください。私が伯父上にもっとひどいことを言ってしまう前に、私を一人にしてください」

 毅然と言ったつもりの言葉は、震えていた。


 霄文は何も言わずに、かぶりを振って部屋を出た。ピシャリと戸を閉める音だけが響く。

 ――伯父上の、分からず屋!

 春藍は霄文の足音が聞こえなくなったことを確認したのち、寝台の枕を殴りつけた。

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