02 そこに絆はあるか
まるで何週間ぶりに会ったかのような印象だった。
言いようのない不快感やら気持ち悪さが混ざりあったような感覚。なんだか嫌な匂いもした。血の匂い? 魔物を狩ったばかりなのだろうか。
仲間たちの顔を見て僕は、一瞬で感じ取ったそれの理由を把握した。ひどく疲れているように見える。疲れを通り越して、生気を吸い取られてしまったかのようだった。やつれた顔、目の下のくまは色濃く、頬は少しこけているような。
けれどもどうしてであろう、あの夜のような殺気に染まっていなかった。僕にだけ向けられたおぞましい視線。それと比べてみれば、殺気というよりも、むしろ憔悴したような感じである。勢い余って森の影から道に飛び出してしまった、と言われてもちょっと納得する。
そもそも、僕のことに気づいていないかもしれなかった。
「今すぐここから立ち去れ」
エフミシアさんが警告すると同時に、魔力を奮い立たせて殺気を漂わせる。ロジ主任の力に比べればだいぶ弱々しいものだが、僕には十分強いものだった。僕に向けられていたらまた吐いてしまうかもしれない。
実際、僕と同じく魔法を使って戦ったり支援したりするタイプのトバスは顔を真っ青にしていた。他の三人は、よく分からなかった。エフミシアさんの殺気で具合を悪くしているようには見えなかった。
「俺らはイノセンタを探している。聖地を探している。どこにあるのかを教えろ」
ドードは剣先をこちらに向けてくる。とてもじゃないが人にものを尋ねる態度ではなかった。こんな乱暴な人格の持ち主だったろうか? 雑な男なのは確かだけれども、裏世界で生きるような生活をしていなかったはずだ。脅かすよりも質問するのが良い結果を得られるだろうに。
ドードはそれをしなかった。
「お前たちはどこから来たのか申告しなさい。こちらは警察団のエフミシア、武器を向けるとは何事ですか。抵抗する場合は武力行使も辞さない」
「エドルのドード。警察団? 自警団の類か? だとしたら粗末な連中だな。魔物は出てくるかと思えば俺らを殺そうとする輩がいたぞ」
「貴様、その剣で」
「逃げられた」
ドードの背後にこっそり近寄って何やらささやきかけているのは女剣士、メイフェルだった。一段とひどい顔でドードに話しかけている。話している内容は全く届かない。
タイミングかと考えたらしい、エフミシアさんが話しかけてくるのは相手の名前のことだった。
「ノグリさん、あれ、ドードって名乗りましたけれど、もしかして」
「はい、僕を襲ってきた張本人です」
「じゃあ人間なのですね。どうしましょう、戦うことはできますが、相手は四人。人数的には分が悪いですね」
「穏便に済ませたいのですが」
「ノグリさん、追い払う方法はありますか? 言って聞かないのであれば攻撃するしかないですよ」
「目くらましぐらいならできると思いますが、馬がびっくりしてしまいます」
襲ってきたとは言えども僕の仲間である。むやみに傷つけるようなことはしたくなかった。
腰のベルトにぶら下がる弓銃のストックに手をかけた。僕が冒険者を始めたときからずっと使っているクロスボウである。小さな弓に銃床をつけただけ。引き金さえない質素な作り。手垢だとかいろんな汚れでくすんでしまっている。
これでできることはそう多くない。怪我をさせない手段、と考えると目くらましぐらいしかできない。あるいは、魔法の矢に雷をまとわせてしびれさせるか。
いや、話せば案外何とかなるかもしれない。フードをかぶって顔の見分けがしづらいようにして。できるだけ低い声色で。
「ぼ――私達はこのあたりを見回っているのです。聖地の話は私達のところにも耳に入ってきていますから」
「だからなんだって言うんだよ」
メイフェルとの密談に割り込まれたドードはかなり期限が悪そうだった。ちょっとでも気分を逆なでるものなら手が出るに違いなかった。
「聖地を目指そうとする方は相当気が立っているかもしれないのでね、問題が起きていないか見て回っているのです。だからあなた達も気をつけてくださいね。私達の街も近くにあるのですから、落ち着いてください」
「なら、聖地がどこにあるのか知っているのか」
「すみません、全く知らないです。このあたりではないだろうってことは確かです」
「ちっ、メイフェルの言うとおりか」
ドードは道端につばを吐くと、
「一度引き返して立て直すぞ」
と口にして森の中へと戻っていった。メイフェルをはじめとする仲間たちも森の暗がりに消えゆく。しかし一人、あの姿は――トバスだ。トバスだけが一度振り返ったのだ。僕たちの方を見て、けれどもすぐに視線を戻して森に溶けてしまった。
いや、僕は顔を隠したつもりだし、声だって無理して普段出さない声にした。連中が疲れていることから、疲労のあまり僕であることが気づかないことを頼りにしていたし、実際気づいている様子もなかったし。トバスが振り返ったのはたまたまの偶然に違いない。
して。
「警察団の対応としては良くはないけれど、初めての仕事にしては上々だったと思いますよ」
動き始めた馬車の中でエフミシアさんは僕の対応をそう評してくれるのだった。
「本当なら捕まえたほうが良さそうだけれど、さすがに知っている人を捕まえるのが初仕事って言われたら私も無理です。宿に戻ったら警察団の方に手紙を送りましょう。注意喚起と情報提供ぐらいにはなるはずです」
「お願いします」
エフミシアさんの声があまり体にしみ込んでこない。僕はドードの姿を思い返す。最後のドードは僕を殺そうとしていた。でも先程のドードはどうだった? 僕がいることにすら気づかなかった。そりゃあもちろん僕がその時思いつく限りの方法をとったからだろうけれども、それにしてもバレなさすぎじゃないか?
あのパーティは孤児院から始まった。仲の良い友が集まって傭兵家業をしていたはずだった。十数年以上の関係があったはずだった。
もしかして、その関係は、僕が勝手にそう思って――
「ノグリさん!」
えらい大きな声にハッとしたところ、エフミシアさんが身を乗り出して僕の手を両手で握りしめていた。
「すみません、評価を変えなければ。ノグリさんは十分頑張りました。警察団としてどうこうはどうでも良いです」
「急に一体どうしたのですか。僕が評価のことを気にしているようにも見えましたか」
「いやだって、ノグリさんの手が震えているものでしたから。その、相当頑張ったのに『警察団としては良くない』なんて言ってしまいました」
「いや、多分これ違う」
「とにかく今日はたくさん飲んで食べて、パーッとしましょう。ね?」
ドロドロとした気持ちが鎮まってゆくのを感じた。エフミシアさんの声がすっと体にしみ込んで、良くないところを溶かしてくれる。多分なくなってはくれないだろうけれど、棚に上げることはできる。
エフミシアさんの声は魔法だった。最後の『ね』は特に凄まじかった。
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