残されたもの
百々面歌留多
残されたもの
あの人の部屋を整理している最中、突如として積み重ねた本の山が崩れた。
間に挟まっていたのは一冊のノートである。B5サイズで枚数は30枚、ごく普通に使われているものだ。
表紙には何も書いていなかったが、ページの隅っこはよれよれで、いかにも使い古された感がある。
あまり気は進まなかったが、とりあえず開いてみることにした。もし未使用なら使えばいいし、取るに足らない内容であれば処分してもいいはずである。
頁を開いた瞬間、わたしは空いた口が塞がらなかった。
ノートの一頁目の表題、実に場違いな文字が踊り狂っていたのである。
『緋色之勇者 最強転生』
などと銘打っており、出だしはこうである。
『その日、おれは大型トラックに跳ねられて死んだ。そして異世界に転生したのだ』
前後の分の因果関係がちっとも理解できなかった。
あの人が読書家だとは承知していたが、まさか小説を書きたいと思っていたなんて寝耳に水だ。
頑固親父な一面もあったくせに。本当に信じられない。
内容はこうだ。主人公が異世界転生して、困っている人たちを助けるストーリー。女の子が多すぎるのと展開が雑。主人公なんて不器用でかっこ悪い言葉遣いがいかにもあの人らしい。
ずっと仕事一筋だったのに。
隠していたってことは誰にも見せるつもりなどなかったのだろう。物語も途中で終わっているし、日付も一ヶ月前だし。
――きっと続き書きたかったんだろうな。
そして、余白を雨粒が濡らした。
残されたもの 百々面歌留多 @nishituzura
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます