第三十六話

 その夜、シェイクスピアの前に現れたのは意外な客人だった。エセックスのクーデターの際、反乱者の処分を率先して行い、宮内大臣一座にも厳しい処分を求めたと言われるセシル派の筆頭、ヘッドヴァン伯フランシス・フィリップ。

 証拠不十分ということでお咎めはなしだったが、エセックスの反乱以来、政府に睨まれている状況は変わらず、フランシスの使者から会いたいという知らせがきた時は震えあがった。長年かけて築いてきた地位が、権力を持つ暴君により奪われる事はよくあると、歴史は常に証明している。

 しかし、フランシスがシェイクスピアに提示したのは、宮内大臣一座にとっても決して悪くはない取引だった。



「我々としても、元々欲しい役者だったので構いませんが、なぜあなたがそんなことを?」

「何、あくまでも私の個人的なことだ。だが言う通りにしてくれれば、今後新たな王が王位を継承した時、おまえ達を悪いようにはしない」

「…」


 つい最近、オーク座のパトロンであるエドワード伯爵が拘束された事を耳にした。公にはしていないようだが、その劇団の劇作家が、ヘッドヴァン家の次男である事は、劇団関係者の間では有名な話しだ。今回のフランシスの申し出は、この事とも関係あるのか?パトロンの逮捕といい、まるで息子を追い詰めようとしているようなフランシスの行動が、シェイクスピアには理解できない。だが…


「わかりました。できうる限りのことをさせて頂きます」


 会った事もないフランシスの息子に同情を寄せつつも、シェイクスピアは了承する。

 オーク座には悪いが、パトロンだったサウサンプトン伯が反乱の実行犯としてロンドン塔に幽閉され、政争に巻き込まれる形で名門劇団としての立場が危うくなっている今、宮廷を牛耳るセシル派の政府高官に従うのは仕方のないこと。

 満足気に微笑むフランシスに空恐ろしさを覚えながら、明日までに、陛下の御前で演じる名誉を投げ打つ程魅力的な条件を捻り出さんと、シェイクスピアは頭を巡らせた。

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