何でも叶う日
人鳥パンダ
何でも叶う日
「じゃあ楓くん、この問題答えて」
そう言われて化粧の濃い先生に当てられた俺は、「分かりません」とだけ言って、教科書に目を落とした。先生はいつもと変わらない俺と回答にうんざりしたらしく、
「間違ってもいいから答えようとしなさい。」
と、言っていたが、確か無視をしたはずだ。そんな俺の様子に、周りの生徒はコソコソと話をしたり、クスクスと気味悪く笑っていたりした。はぁ。こんな奴ら、こんな人生か。もういっそ狂ってしまえばいい。
その時だった。俺の目の前に天使が現れた。顔の整った、色白で透き通った目をしている。天使というのは俺の偏見であって、悪魔という可能性もあったのかも知れない。いや、今となっては悪魔と思うのが正解なのかもしれない。
高校生3年生の俺は、県立高校に通うごく普通の高校生だ。周りから見れば。俺にとってはこんなにもつまらない毎日を過ごしている自分に嫌気が差していた。
だが俺はそんな自分を変えようとも思わない、いや、思えないくらい人生を適当に生きるようになってしまったし、なぜか心にポッカリと穴が空いているような感覚に苛まれていた。
何なんだろう。俺の人生。そんな事ばかりを考えていると、いっそ死んでしまいたくなる。だがそんな気も直ぐに収まってしまうくらい、考えることを放棄していた。
そして今日、目の前に天使が現れたのだ。
「やぁ」
天使はそう言って笑みを浮かべた。
「誰だお前は。」
意外にも冷静だった俺は天使に聞いた
「詳しい話は後で、今は授業中だよ。」
天使はそう言った。
そうだった。完全に忘れていた現実に帰ってきた俺は、授業に対して早く終われと思う気持ちしかなくなってしまった。幸い、天使との話は周りには聞こえていないようだった。聞こえていたのかもしれないが、今の俺に興味を示す奴は、少なくともこの学校にはいないだろう。そんなことはどうだっていい。
俺は不思議な気持ちだった、いや、懐かしい気持ちと言うべきか。これから何かが起こる、何かが変わるような気がしてならなかった。久しぶりの高揚感に包まれていると、授業は終わっていた。その授業がその日の最後の授業だったため、俺はすぐさま家に帰った。ちなみに、部活はやっていない。やっていたと言うべきか。辞めたのだ。この話はまたするとしよう。
家に帰り、俺は自室に入って、辺りを見渡した。すると、いつも勉強する時に使っている椅子に、さっきの天使が座っていた。さっきのは夢ではなかったのだと確信した。
「やっときたね、待ってたよ。」
天使は明るいような暗いような、笑顔なのか無表情なのか、よく分からない声色と表情で言った。
「急なんだけど、君はなんだい?誰なんだい?」
俺は気になって仕方がなく、そう言った。すると天使は、
「まぁまぁ落ち着きなって、急に知らない人が出てきて興奮する気持ちは分かるけどね。」
と、少し嘲笑するかのような感じ言った。
だが俺はそんなことは気にならなかった。それよりも天使の事が気になっていたからだ。
「まずは自己紹介からしよう。僕は、ええと…ううん…簡単に言うと、君のガイドマンかな。名前は伏せておこう。」
続けて天使は話した。
俺の名前は…と、話そうとしたとき、
「君の名前は知っている。道崎楓くん。そうでしょ?」
俺は驚きはしなかった。そうだろう。天使ともあろう人が俺の名前を知らないはずがない。
続けて天使は、
「君のことはね、天界からよーく見ていたから殆どのことは知っているよ。例えばね、君が家で一人のとき…」
「分かったから、話をやめて。」
嫌な予感がした俺は、遮るように話を止めた。
「いいの?」
と、少し笑ったように天使は言った。それに続けて、
「僕はね、君を変えるために来たんだよ。」と言った。
俺は歓喜した。やった、ついに俺の人生が変わるのか…!
「で、天使さんは俺にどんな事をしてくれるんだい。」
俺は待ちきれずに聞いた。
すると天使は、
「僕は君に1つの能力を授ける。」
と言った。能力?なんだそれは。
「能力?そんなもので人生が変わるのか?」
俺はそう聞いた。なぜなら、本当に人生を変えたかったから。
「変わるさ。君次第で、いい方向にも、悪い方向にも。」
身の毛がよだつ感覚を覚えた。悪い方向?俺次第で?疑問に思う事ばかりだったが、それよりも俺は能力が何なのかが気になって仕方がなかった。
「まぁ、よく分からんが、能力はどんなものなんだい?」
すると天使はまた、奇妙な表情で言った。
「何でも叶うという能力です。」
何でも叶う?嘘だろ…?
「何でも叶うって、本当か?本当に何でも叶うのか?」興奮気味に俺は言った。すると、
「はい。本当になんでも叶います。」
天使は言った。まじかよ。何でも?こんな能力本当にいいのか?俺の脳は今世紀最大に活発に働いていただろう。この能力で、この力で、何ができるのかを必死に考えていたからだ。
すると天使がこう言い残した。
「私の使命は貴方にこの能力を与えること。ただそれだけです。ですが、最後貴方に忠告しておきます。その能力を使ったからには、何かがあるってことだけは覚えておいてくださいね。」
慣れてきた奇妙な雰囲気でそう言った天使は、それを機に去っていった。正直、俺はどうでもよかった。この人生なんて。嫌気がさしていた。この人生に。だから俺の頭には天使の忠告が届いていなかった。仮に届いていたとしても、掻き消されていただろう。よし、これから何をしようか。
急に何でも叶うと言われて、最初はさすがに俺も戸惑った。だがそれもすぐに慣れてしまった。今では食べたい物、ほしい物をすぐに手に入れられるし、お金だっていつでも手に入る。そんな生活をしている。あぁ、幸せだ。けれど、幸せも長くは続かなかった。結局こうなのだ。俺という人間が変わらなければ、人生は変わらないのだ。俺はまたつまらない人生に戻ってきてしまった。能力はあるのだけれど、ろくな使い方が見つからない。もう、何でもいいや。そう思った時、ある男性にすれ違った。そうだ、こいつを殺そう。それは俺がサッカー部だった時の同級生の佐野翔太だった。
あれは俺が高校1年生の頃、まだ入学したてで、俺は高校生活に希望を抱いていた。元々サッカーが好きだった俺は、高校生になって初めてサッカー部に入部する事にした。俺の高校のサッカー部は、かなりの強豪校で、練習もキツく、俺はやりがいのある部活だと思っていた。あの時までは。6月21日、今でも鮮明に覚えている。俺は人生で初めて虐めにあった。朝、靴を隠され、教室に着くと落書きがされてある。教科書も水で濡らされ、昼になるとお弁当が無くなっている。やっと見つけた場所は、ゴミ箱の中だった。部活でも、ハブられている。理由を考えると、1つしか思い浮かばなかった。俺がサッカー部に入部して少し経ったとき、同じ学年である佐野翔太に、俺が試合中スパイクで足を踏んでしまったのだ。この高校にスポーツ推薦で入学した佐野翔太の足を踏んでしまったのだ。そして、佐野翔太は骨折してしまったのだ。あの時、踏んでいなければ。いや、踏んでしまっただけなのに、俺は虐められた。虐めがエスカレートし、ついに俺は部活を辞めた。サッカーも嫌いになっていた。
佐野翔太。君を探していたよ。すれ違ってから、俺は佐野翔太に声をかけた。
「やぁ、佐野くん」
すると佐野翔太は、少し戸惑ってから、急に態度をかえて、
「あ?誰だお前。あ、思い出した。サッカー部を辞めた雑魚だ。」
嘲笑うかのようにそう言った。だが俺は全然腹が立っていなかった。むしろ、面白くなっていた。
「なんの用だよ。気安く話しかけてんじゃねえよ。」
佐野翔太は言った。
「久しぶりだね。僕は君が大嫌いでね、死んでほしいと思ってるんだけど、殺してもいいかい?それとも、俺にここで土下座して、虐めたことを謝るかい?」
俺はそう言った。すると、
「はぁ?舐めたこと言ってんじゃねえょ。殺す?その前に俺がお前を殺してやるよ。」
佐野翔太の目は本気だった。今にも飛びかかってきそうだった。
「はぁ。言っても分からないか。」
すると、佐野翔太がこちらを向けて走ってくる。飛びかかろうとする佐野翔太に、俺は言った。
「じゃあ死ね。」
その瞬間だった。佐野翔太の首が飛んだのだ。
俺は初めて人を殺した。なぜだろう。
俺には高揚感しか感じていなかった。
次の日、俺の予想通り、ニュースでは殺人事件として大きく昨日の事が取り上げられていた。それはそうだろうと俺は思った。意外にも冷静だった。人を殺したのにも関わらず。なぜだかは、俺にも分からなかった。もしかしたら、まだ本当の怖さに気付いていないのかもしれない。だが、俺はそれ以上に佐野翔太の存在を消したかったし、これからの生活への高揚感が無くなっていなかった。
今日は土曜日なので、何でもできる。前はサッカー部に入っていたので、当たり前のように部活があったが、もちろん今は無い。もちろん休みだ。
何をしようかは、もう考えていた。いや、考える前に出てきたと言ったほうが的確だろう。俺は昨日から謎の高揚感に見舞われていたが、自分でもそれが何なのかは分かっていなかった。けど、それがやっと分かった。
それは、昨日からだ。昨日の佐野翔太を殺したときからだった。俺は、人を殺すのがたまらなくなっていた。あの血飛沫が忘れられなかった。俺には、生憎殺したい人が腐るほど思いついた。今は幸いと言うべきか。
いい事を思いついた。
俺は街に出て、手当たり次第に人を殺した。流石に俺も考えて、その場で死ぬようにはせずに、時間をおいて死ぬようにした。便利な能力だ。そして、見かけた人を次々と犯した。楽しかった。だが、楽しい時間は過ぎ去ってしまった。俺も薄々勘付いていたが、俺は警察に捕まってしまった。それはそうだろう、こんなにも堂々と犯罪を犯していれば。いやまてよ、本当に楽しかったのか?そんな疑問を抱いた途端。俺は眩しい光に包まれた。
「お疲れ様です。実験が終了しました。」
俺は目を覚ました。見覚えの無い白衣を着た男性が言った。研究所?
「ここはどこだ。」
俺は言った。すると、
「見損なった。」
と、どこからか女の人の声が聞こえてきた。
俺は辺りを見渡す。そして全てを思い出した。
「残念でしたね。」
と、白衣を着た男性が言った。続けて、
「やっぱり貴方は変わっていない。だからやっても無駄だったのよ。」
俺は犯罪を犯した罪人だった。思い出した。だが、俺が無罪を主張したところ、一度だけチャンスをくれるとのことで、この検査をしたのを思い出した。人工夢検査だ。
「それでは。こちらへどうぞ。」
その言葉と共に、俺は複数の男に連れて行かれた。
「ま、待ってくれよ!もう一度、もう一度だけチャンスをくれ!ください!お願いしま…」
「覚えていないのですか。それは2回目ですよ。」
どこからともなく、天使の声が聞こえたような気がした。
「人は変われない。」と。
何でも叶う日 人鳥パンダ @kazukaru
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