第38話 慣性制御

「どうしたの、カリー、朝ご飯かしら」

テラスで彼と彼に凭れ掛かるキャサリンの様子を見つめていたカリーに目を瞑ったままのキャサリンが尋ねた。

遥か上空から見守るアダムからの知らせで目を開けずともキャサリンには解っていた。

「あぁ、はい、準備が出来ました」

「そう、ありがとう・・・貴方!!!」

何時もの様にキャサリンがそっと抱き抱えられてテラスに立たされた。

「まぁ・・・」

彼の余りの大力と二人の行為にカリーが驚きの声を漏らした。

「カリー、行きましょう」

キャサリンが彼とカリーの腕を抱えて食堂へ向かった。

食堂では何時もの様に彼とキャサリンにはベーコン・エッグとトーストとヘレンたちには日本の旅館風の料理が準備されていた。

「ジョナサンはベーコン・エッグとトーストを選んだけど、カリー、貴方はどっちにするの、それとも他に要望があるかしら」

ヘレンがカリーに朝食に何が良いかと尋ねた。

「私は日本食をお願いします、アメリカ風は何処でも食べられますので」

「あぁ、そうか、僕も日本食にすれば良かったかな」

「ヨウコ、お願い出来るかしら」

ヘレンが台所のドアの前に立っている女性に尋ねた。

「はい、日本食と洋食の二膳追加します」

「よろしくね」

「はい」

皆が席に着き二人のゲストの朝食待ちとなった。


「美味しい食事でした、久しぶりの日本食でした、やはり美味しいですね、それに思ったのですが、自己満足と言うか、自己嫌悪に成らないと言うか、美味しくてもカロリーの高い物を食べた後は後ろめたさと言うか何かそんな気持ちが沸くんですよね・・・それが日本食を食べた後は無いんです、精神的にも良い食事だと思います」

「ほう、面白い事を言うねぇ~、が、言われて見ると確かに沢山食べると満足感と一緒に何か嫌な感じも沸く事がある様な・・・あれは後ろめたさなのかな」

カリーの感想を受けてヘンリーが感慨深げに語った。

「僕の洋食も美味しかったです、ベーコンを食べたけど僕には満足感しかないなぁ~」

「ありがとう、コックが聞いたら喜ぶでしょう」

彼がアイス珈琲のグラスを持って立ち上がり何時ものテラスへと向かった。

キャサリンもグラスを持って彼の後を追おうとした処で母・ヘレンが呼び止めた。

「キャシー、今日の予定を教えてからにして」

「今日の予定って何???」

「お父さんとデビッドは仕事なのは解っているけど、私たちは何処かに行くの???」

「明日の朝、朝食を食べてダレス空港へ行くわ、其れまでは自由よ」

そう言うとテラスへ歩きだした。

「誰と誰が行くの」

「お父さんとお兄さん以外の皆よ」

キャサリンは振り向きもせずに答えるとテラスへ消えた。

「ですって・・・何とも味気無い娘になったものね」

「そうよねぇ~お姉ちゃん、どんどん変わっちゃうわね、外見はどんどん綺麗になっちゃうし、内面はどんどん知的になるし、やっぱり彼の影響ね」

「知的ねぇ~成程、そうか知的になっているのか」

マーグの見解にヘンリーが納得した様だった。

「そんなに彼女は変わったのですか」

「変わったなんてものじゃないわ、悔しいけど世界一綺麗かもよ」

「変わったな、外見もそうだが優しい迫力、無理強いじゃ無い圧力かな」

「変わりましたね、言う事を聞きたくなりますね、まるで催眠術の様ですね」

「変わったわね、私に似て元から美人だったけれど今では綺麗に優雅と気品と自信と迫力と言うか圧力と言うか説得力が備わった感じかしら」

家族の四人が異口同音に肯定した。


「えぇ~貴方が~」

「私じゃ駄目だって言うの~、お母さん」

「そうじゃ無いわよ、面倒臭がりやの貴方がかって出るなんて・・・」

ジョナサンとカリーがワシントンDCの観光に出かけると言うので案内をしましょうか、とマーグが言ったのだ。

「私も暫くDCを歩いていないから久しぶりにと思っただけよ」

「そう言う事ね・・・じゃお願いするわ」

「と言う事で・・・」

マーグが手を出して小遣いを強請った。

父のヘンリーが察していたかの様に横から500ドルを差し出した。

「貴方、子供に甘いわよ、特にマーグにね」

「お父さんからが駄目なら僕が出しますが」

「まぁ~、家の男たちは娘に甘いのね、困ったものだわ」

「ケチより良いだろう」

マーグは父からのお金を受け取るとさっさとポケットに仕舞った。

「ありがとう、御父さん」

「全く、この子はお金を貰う時だけ礼儀正しいんだから」


タクシーに乗って四人は市街地に出掛けて行った。

母のヘレンが息子・デビットに

「貴方も一緒に行きなさい、全然休みを取っていないでしょ、良いわよね、貴方」

と言い、四人でとなっていた。

ヘンリーは久し振りに迎えに来た車に一人で乗り会社へ向かった。


さて家に残った三人はと言えば

「キャシー、皆は出かけたわ、私たちも出かけるわよね???」

「そんな予定は無いけど、ねぇ貴方」

「・・・」

「お母さんは何がしたいの???」

「何って・・・」

「スーツの訓練がしたいの、それともケーキが食べたいの???」

「・・・」

「何がしたいのか言って貰わなければ、何処へ行けば良いか決められないでしょ」

「・・・」

「お母さん、キャサリン、髪を襟の中へ入れて下さい」

一瞬、戸惑った後、スーツ姿になるのだ、と理解した二人は、慌てて髪を束ねて襟の中へ入れた。

立ち上がり髪を束ねた二人の真ん中にやって来た彼は二人の腰に手を回しテラスから庭に出た。

その瞬間に三人がスーツ姿に変わり、次の瞬間には三人の姿は消えてしまった。

キャサリンとヘレンは驚いて回りを見渡したが周りは真っ暗で上も真っ暗だった、だが彼らの下には青く輝く地球の姿が見えた。

「・・・地球・・・宇宙、私は宇宙にいるの???」

「お母さん、大丈夫よ、このスーツは宇宙服って言ったでしょ・・・でも貴方、突然は止めて私も驚いたわ」

三人の前に四角に輝く空間が現れ彼が二人を導き、その中へ入って行った。

其処は狭い空間で後ろの扉が閉まり暫くすると前に空間が現れた。

彼が歩き出し後に二人が続いた。

其処はロッカー・ルームか保管室の様でずらりと棚が並び中にいろいろな物が入っているのが見えた。

彼は歩き続け入って来た方向とは反対の壁に向かい壁の一部が開くと部屋を出て二人を待っていた。

二人が部屋を出ると、そこは見慣れた少し湾曲した廊下だった。

彼が右を向くとそこに階段が現れ彼はその階段を登って行った。

二人が続いて階段を登るとそこは二人がスーツの練習をした広い空間だった。

彼が何も言わずに階段を下りて行った。

「貴方の婿殿は必要最小限の事しか言わないのね」

「まぁね、でもここに来たらやる事は一つでしょ」

「まぁね、でも何か言っても良いんじゃないの」

「無駄口は良いから練習開始よ、お母さん」

キャサリンはそう言うと走り出した。

慌ててヘレンが後を追って走り出した。


キャサリンがヘレンに体術を教えた後、仕上げに又走っていると何時の間にか彼が来ていて椅子に座りテーブルにはアイス珈琲が有った。

キャサリンは軌道を変えて彼の側に寄った。

ヘレンも彼に気づき慌ててキャサリンを追い掛け彼の方へ向かった。

「婿殿、何時の間に・・・」

「貴方、今、何時???」

「アダムは何時だと言っていますか」

「・・・」

「まぁ、もうそんな時間なの」

13時15分だった。

「お昼ご飯なのね」

「そうです、お母さん」


三人でそれぞれに好きな注文をして食べた後、飲み物を飲んでいる時にキャサリンが尋ねた。

「私たちがこの船に乗った時に止まっていたはずなのに無重力・・・自由落下では無かったわ、どうして???」

「其れよりも、ここは、此れは本当に宇宙船なの???」

「何言ってるの、お母さん、船に乗る時に足元、足の下に地球が見えたでしょ」

「走っている時に考えたんだけどね、本当に宇宙に来るのと、地球の模型を作るか何かに投影するか、どちらが可能性として高いか、容易かをね・・・やっぱり何かに投影する方が簡単なのよ」

ヘレンがそう言った途端にヘレンの身体が浮き上がり空中を漂い始めた。

「・・・貴方・・・慣性制御が出来る様になったのね」

「あぁ、試験に半年掛けました」

「おめでとう、貴方」

「ありがとう、君のお陰です」

「何を二人でいちゃ付いてるのよ、降ろしてよ~」

「お母さん、人にものを頼む時は何と言うのでしたっけ」

「・・・どうか降ろして下さい、お願いします」

「それで~宇宙にいると理解したの、お母さん」

「した、しました」

ヘレンがゆっくりと降り始め手足を床に付けると立ち上がって椅子に座った。

「これも、この宇宙船も慣性何とかも彼一人の物なの???」

「そのはずよ」

「そうです、知っているのは、現在の処この三人だけです」

「三人・・・世界中で???」

「そうです」

「凄いわぁ~、でも、どうして、私たち二人なの、婿殿」

「キャサリンのお母さんだからです」

「・・・キャシーはどうしてなの」

「キャサリンだからです」

「・・・だから・・・良いわ、貴方は疑問に思わないの、キャシー」

「私も不思議で聞いたわ、でも同じよ」

「彼に無理やりは駄目ね・・・これも時期が来たら教えると言う事かしら」

「そうです、キャサリンには時期が来たら教えます」

「まぁ~私には教えるつもりは無いと言う事なの」

「はい」

「・・・」

「・・・」

「・・・まぁ~良いわ、処でその慣性管理、制御って何なの、それも秘密なの」

「お母さんもしつこいはね~」

「あら、しつこいって言ったの、ひつこいじゃないの、「し」なの「ひ」なの」

「私に聞くよりアダムに聞きなさいよ」

「・・・あぁ、そうなの、「し」なの、「ひ」は関西なのね」

「やっぱり上院議員って「しつこく」て傲慢でお金に煩いのね」

「あら失礼な、私はお金に拘らないし傲慢でも無いわよ・・・しつこいとは思うけど・・・」

「まぁ良いわ、慣性制御はね~車とか電車が急に止まると身体が前に出るでしょう、もっと解りやすく簡単に言うと重力を制御できると言う事よ、さっきの様に無重力にも出来るし、重くも出来ると言う事よ、お母さんも知っているドラゴン・ボールに出てくる重力制御出来る修行室も可能と言う事よ」

「あの部屋が作れるの???、我が家にぜひほしいわぁ~」

「駄目よ、お母さんと私だけの秘密なんだから」

「そうね~、じゃこの船にはどう???」

「そうね・・・待って、もう作ったんじゃないかしら、どう、貴方」

「そうなの、婿殿」

「はい、作りました」

「やっぱりね、午後からは、今から、そこで修行させて頂戴」

ヘレンがそう言った途端に身体が重く感じられる様になった。

「あら、身体が重くなった様に感じるわ・・・成程~今の重力は普通の何倍なの???」

「君は解りますか」

「そうね~この感じは2倍かしら、貴方」

「正解です」

「この船で普通に過ごすだけで地球に帰ると身体が軽く感じるのね」

「そうよ、お母さん、4Gで過ごしていて地球に帰るともうね羽が生えたみたいに身体が軽いわよ」

「キャシー、4Gなんて耐えられるの」

「7Gまでは何とかね、8Gで気を失ってしまったけど、最初だけよ今はもう失神しないわ」

「8Gなんて・・・怖い様な、試してみたい様な・・・」

「今度、彼にお願いしてみたら」

「そうね、お願い出来るかしら、婿殿」

彼が立ち上がり壁に向かった、すると、その壁に穴が開き彼が「付いて来て下さい」と言うと穴に飛び込んだ。

母と娘は慌てて立ち上がり彼が消えた穴を覗き込んだ。

その途端、二人は穴の中に入って上に引っ張られてしまった。

「きゃ」

「うわ~」

直ぐに二人の動きが止まり、眼の前に穴が開いており部屋が見え彼が立っていた。

キャサリンが部屋の中に踏み込みヘレンが続いた。

「重力エレベーターと名付けましょう、貴方・・・それとも、もう名前があるの???」

「君が名付け親だ」

「それで、この部屋は何・・・重力訓練室なの???」

「・・・君は名付けが上手いね」

「何、二人で盛り上がっているのよ、ここでドラゴン・ボールの様に訓練出来るのね」

「そうよ、お母さん、アダムにお願いするのよね、貴方」

「そうです、では、私は仕事が有りますので」

彼はそう言うと又、穴の中に消えた。

「ほんと、お前の婿さんは、素っ気無いわね」

「そうかしら、私は好きよ、そんな事より今は2Gだから3Gにするわよ」

「了解」


二人はGを上げては動き下げては休みを何度も繰り返した。

二人が何度目かの休憩を取り、飲み物を飲んでいると彼が壁の穴から現れた。

「あら、もう帰りの時間だわ」

コンピューターのアダムに耳元に埋め込んだスピーカーで時間を聞いたキャサリンが応えた。

「婿殿、お土産をお願いしますね」

「お母さん、2個づつで宜しいのですか」

「・・・3個でお願いします、ありがとう婿殿、キャシーお前の旦那さんは出来た人だね~」

母と娘は髪を束ねて襟の中に居れスーツのモードを変えて彼の後を付いて行った。

三人が与圧室に着き後ろのドアが閉まると前のドアが開き深淵の宇宙が現れた。

外に出ると足元に青く輝く地球が見え母娘は暫く見とれた。

一瞬後には我が家の庭に三人が立ちスーツが今朝の普段着に戻っていた。

「議員の仕事よりも面白いわぁ~」

「お母さん、議員だから彼が気を利かせてくれた事を忘れないでね」

「は~い」

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