第2話 邪神様との契約
「――ん? うっ……! 俺、生きているのか……?」
頬をつけていた床のひんやりとした感触が
暗闇の中ゆっくりと起き上がって身体を動かし確認すると、全身の擦り傷と痛みがある以外は特に血が出ていたり骨折していたりということもなかった。体感的に結構な高さから落ちたと思ったが、意外にも軽症なことに安堵した。
上を見上げれば、月明かりであろう輝きがはるか遠くに感じられた。
「こりゃあ登るのは無理かな? もし登れたにしても、あいつらがまだいるか……」
「――ない!? まさか落ちるときに落としたのか? どうすりゃいいんだ……」
壊れていなければいいが、たとえ圏外でもライトの機能でも使えればいいと思った頼みのスマホであったが、あるべきはずのポケットに存在しなかった。
……万事休すか。幸いあの獣達は追ってきていないようだ。暗闇の中、ひとまず夜明けを待とうと考えていた時だった。
「――ん? 一体何が光ってんだ?」
空間の奥から淡く青い光が照らしていた。外の光が差し込んでいるのだろうか?それとも電灯でもついているのか?
不思議に思った
近づいてよく見ると、どうも石でできた通路そのものが光っているようであった。青く光る通路は50メートルほどの長さで、その奥に見える空間もまた不思議な淡く青い光に包まれていた。まるで誘うようなその光に導かれ、新は通路を進んでいった。
「この部屋はなんだ? 行き止まりか?」
光る通路の奥の空間は小部屋だった。つきあたりの壁一面には、まるでミミズのはったような読めない文字らしき線と、絵や紋章のようなものが彫ってあった。
「この古墳ってこんなライトアップされているような所だったか?」
疑問に思いながらふと壁に手を当てると、途端に声が聞こえた。
(お前は誰だ……? というか何だ?)
まるで脳内に直接問いかけるように、透き通るような若い女の声が頭に響いた。
新は混乱しながらも、藁にもすがる思いで問い返した。
「壁の向こうに誰かいるのか? 狼みたいなのに襲われてここに落ちて出られないんだ。スマホもなくした。頼む! 助けを呼んできてくれないか?」
(落ちてきた? すまほ……? なるほどお前は……)
再び脳内に女の声が響いた。わかったような、わかってないような曖昧な反応は新をひどく不安にさせた。
「もしかして聞きとれませんでしたか? 俺は高校生の
(――なるほど。状況は理解した。何分寝起きでね、頭が回っていなかった)
“状況を理解した”という女の返答に新は一先ず安堵した。夜中に寝起きとはいささか不思議に感じたが、夜勤に行く途中にでも通りかかったのだろうと、新は自分を納得させた。
「それじゃあ助けを呼んでいただけるんですね? ありがとうございます!」
(ああ助けてやろう。アラタと言ったか? 私も君を助けることに異存はないが、私も君に助けてほしいことがある。私と
「……契約? お金を払えってことか? それとも何かの営業か?」
(そう身構えなくもていい。金銭の要求は一切しないことを約束しよう。なに簡単なことだ、私の声を思い浮かべながら、この壁に左手を当て『契約する』と唱えるだけでいい。それだけで君に自由な世界をくれてやる)
頭に響く女の声は怪しさ満点であった。「契約する」と唱えるのは言質をとったということだろうか? 背に腹は代えられない。もし声の女が法外な要求をしてくるなら、ここを出た後で警察に駆け込めばいいかとアラタは決心した。
「わかった! 契約しよう。さっきも言ったけど俺の名前は
(
響く女の声の感じからアラタは何となく相手が同世代であるような気がして、思わずフランクな口調になっていた。
ルノワとは珍しい名前だな。もしかしたら外国人か? などと逡巡しつつも、アラタは“契約”するべく心を落ち着かせ、透き通るような女の声を思い浮かべた。
左手を前につきだし、石の壁に手のひらをひっつける。ひんやりとした感触が手のひらに伝わる。身体が痛む。一刻も早くここから出たい。明日からは楽しい夏休みなのだ。
「ルノワ、君と契約する!」
アラタが力強く、はっきりとした口調で唱えた瞬間、部屋の青い光が目を開けてはいられないほどに強くなり、驚いて壁から飛びのいて距離をとった。続いて、さっきまで手を当てていた文字らしきものや文様が書かれていた壁が、轟音を立てて崩れ去り石室中に土煙が舞った。
「……ッ!? 何だこれ? 何がどうなったんだ?」
アラタは咳交じりに疑問を口に出すが、土煙と強烈に輝く青い光で何も見えなかった。
青い光がだんだんと弱くなり土煙もおさまりだしたとき、アラタの目の前に一人の人影があった。
「そこに誰かいるのか?」
アラタは呼びかけるが、先ほどの声の主の女を想定しての誰何だった。
――視界が完全に開けたとき、息を呑むほどの美女がその場に立っていた。
年はアラタと同じか少し上程度であろう。艶やかに腰まで伸びる黒髪に、まるで人形のようなという言葉がぴったりの整った顔立ち、黒いローブのような服に包まれた均整の取れた身体は、まるでモデルのようであった。黒いローブには深々とスリットが入っており、白い太ももが眩しい。
美貌の顔立ち中でも特徴的なのは紫色に輝く瞳だ。目を合わせると吸い込まれそうなほどの魅力的な瞳は、彼女がまるでこの世のものではないと主張するかのようであった。
今まで見た中で一番美しい女性だとアラタは本心から思った。アラタも年頃だしアイドルや女優に興味があったが、その誰よりも目の前の女に美しさを感じた。
「あの……? あなたがルノワさんですか?」
先ほどまでフランクに話しかけていたのに、思わず丁寧な言葉遣いとなったのをアラタは内心赤面した。 女は少し回りを見まわしてからゆっくりとこちらに向き直り、口を開いた。
「そうだアラタ、私がルノワだ。よくぞ忌々しい呪縛から解き放ってくれた。私たちは同志といえる、そうかしこまる必要はないさ。まあ崇め奉るというのなら止めはしないが」
透き通るような美しい声で女は答えた。女の声は先ほどアラタの脳内に響いていた声と同様のものだった。違うのは脳内に響かずに女の口から発せられたことだけだった。
「……ルノワ、聞きたいことは山ほどあるが、本当にここから出してくれるのか?」
「ああ本当さアラタ。安心するといい、私は約束を守るさ」
そうルノワは答えると数歩歩き、アラタから見て右側の壁に手のひらを当てた。
「このあたりか」
短くつぶやくと、まるで祈るように瞳を閉じた。数秒もたたないうちに、ゴゴゴと音を立てて門のように開いた。開いた先からは風を感じ、夜の闇を切りとった様なルノワの黒ローブが翻る。
信じられないことが立て続けにおきて、アラタが口を半開きにしてフリーズしていると、「何をしている? 外に出るのだろう? 行くぞ」というルノワの呼びかけにハッとし、歩き始めた。
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