なんか、姉ちゃんは直さない

「おい、そろそろプール入れよ!」


夕食後、リビングから部屋に戻ろうとしたら、階段で姉ちゃんに捕まった。


「お前、まだプール入ってないだろ!早く入れよ!」


姉ちゃんは背が低い。

くわえて、階段の昇降時に電気をつけないくせがあり、夜中に階段で出くわすと、突然目の前に現れたようで結構ビビる。


「いいな、今からプール入るんだぞ!」


さらに、姉ちゃんが階段の上から降りてくる時は要注意だ。視覚的優位性も加わって、我が家の女帝はさらに居丈高にものを言う。


「ほら、どけどけ。すぐにプール入れよ。わかったな!」


姉ちゃんは力づくで僕を端に寄せると、足音も高らかに階段を下っていった。


……えらい剣幕だったなあ。

暴君がリビングルームに消えるまで見送って、僕は部屋に戻った。


スマホをベッドに放り投げ、僕もごろりと横になる。背中に心地好いクッションを感じながら手足を広げてノビを一つ。一気に力を抜くと、深く長い息が漏れた。そのまま瞼を閉じて虫の音が聞く。

鈴虫の声が……ひとつ……ふたつ………みっつ……………プールって、なんだ?

姉ちゃんは何をプールプール言ってたんだ。

入らんよ。11月だぞ。


まあ、言い間違えたのだろう。

姉ちゃんはよく言い間違いをする。

エスカレーターをエレベーターと言ってみたり、プレーンをプルーンと言ってみたり、いちいち例を挙げればキリがない程によく間違う。

別にそれはいい。言い間違いくらい誰でもするし、かく言う僕だってしょっちゅうだ。


問題は、姉ちゃんが言い間違いを一切訂正しないというところだ。

文脈で何となくわかるだろうからお前が勝手に察しをつけろとばかりに平気で誤用を押し通す。

『エレベーター→エスカレーター』くらいならまだ初級だが、米津玄師とアブラムシを言い間違えられた時は本気で動揺した。

想像してください。

『リビングに米津玄師入ってきたから、殺して捨てといて』

と言われた僕の気持ちを。


まあ、とはいえ。

アブラムシと米津玄師に比べれば、今回の言い間違いの難易度は高くはないか。


風呂だろう。

風呂に入れと言いたいのだろう。

食後に僕が入るべきもので、家の中にあるプールに近いものと言えば、もう風呂しかない。

何で入浴時間でぶちギレられなきゃいけないんだという疑問さえ脇に置けば、今回の言い間違いは、非常にイージーだ。

というわけで、素直に言いつけにしたがって、脱衣所の扉を開くと、


「ーーーっ、お前な……」


全裸の姉ちゃんが立っていたから、死ぬほど驚いた。


「えー!何で!?」

大慌てで扉を閉めて逃げ帰る。

いや、何で!何でいんの!?

自分で言ったんだろう、すぐ風呂入れって。

何で姉ちゃんが入ってんの!?

あと、こーゆー時は怒鳴るなりなんなり、激し目のリアクションをくれよ。

変に小声だけで、体を隠そうとするんじゃないよ。

いや、別に見たいわけじゃないけどさ。何か変な感じになるでしょうが。


もう意味がわからない。

仮に風呂じゃないとしたら、姉ちゃんは何とプールを言い間違えたんだ。


やっぱりうちの姉ちゃんは、変だと思う。














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