私の視点・鼻水から始まる恋愛もあるかもね

 後輩君が私にいきなり抱き着いた

「え!?いきなり、なに!?まって、ちょっとまって、ほんとにまって!」

「いーんすよ、泣いても。俺の前では好き放題やってきたんすから。いまさらっすよ、せーんぱい」

「ね……ね……そうだね……、そうだね、そうだよね……ね……」

 私は後輩の前で泣きに泣いた。目が腫れるほどに。泣いているときは頭が真っ白で何も考えられず言葉にならなかった。


「泣き収まりましたか、先輩」

「……うん」

「しょうがない先輩だなあ」


 後輩君は私の頭を、ぽん、ぽん、と軽くたたくように撫でた。


「大丈夫ですって。先輩頑張ってきたじゃないですか、俺見てきましたよ」

「…………う、うああああああああああああん!!」


 もう耐えられなかった。とめどなく涙があふれる。


「あはは、鼻水で俺のブレザーがべろべろっすよ、きったねー」

「ごめ、ねえ、すふふぐからあ、クリニング出すからあ」


 ほとんど言葉にならない。


「先輩、ここでいうのも、まあ、あれなんですけど」

「俺、先輩のことが好きっす、マジで好きっす。いや、本当に好きです。嘘とか冗談じゃありません。付き合ってください」



 なに、それ。


 後輩君の肩に顔をうずめていた私は、突飛な発言を耳にして思わず泣くのをやめ、唖然とした表情で後輩を見つめる。


「ぶはははは、その顔おかしいっすよ先輩」

「だ、だって、す、好きって、付き合ってほしいって、まさか君から、君からいきなり言われるなんて……」

「いきなりではないと思うんすけどね。常日頃から好意を見せていたはずなんすけど」


「……え?」


「やれやれ、本当に気が付かないんすね説明してあげるっすよ」


 ――


「……という感じなんすけど、まだ言いますか?」

「もうやめてください、ほんとうにもう……わかりました、ほんとうにわかりました」

 ものすごい好意攻め。後輩君、私のことこんな風に思っていたなんて。

 私はあまりの恥ずかしさに首元まで真っ赤にしながら、正座して縮こまっていた。


「えっと、後輩君、えっとね、えっと、んーと、そうだね、うん。なんというのかな、持ち上げすぎだよ?」

「もっと言います?」

「いいいいいやいやいや!十分、十分だよぅ……」

「そうですね、じゃあ……」

「ひいいいい」


 それから私は、30分ほど好きなところを聞かされ続けた。


「はぁ……はぁ……もう頭くらくら」

「こういう猛烈な攻めも、たまにはいいんじゃないっすか?」


「もう、もう、もうわかった。好意は凄くわかったよ」

「言い過ぎましたかねえ、大丈夫っすか?先輩」

「うん。ええとね、ええと、ちゃんと返事しなきゃ――」

「ストップ!今先輩は正常じゃないっす!! 一日、いや三日真剣に考えてから答えを出してください。俺は三日後の放課後、屋上で待ってます」


 そんなことがあった夜、お風呂で。

「急に好きだなんて。好きだなんて言われても、困っちゃうよ。だって、どうすればいいの。待つっていっても、私、決められるかな。どうしよう」

 私は今顔が真っ赤だけど、それはお風呂で顔が赤いのか、それとも先のことを思い出して顔が赤いのかわからない。


 次の日から、私はどんな顔で後輩に会えばいいのかわからず、極力後輩君と出会わないように行動した。

 何をやるとしても、どうしても後輩君の告白のことを考えてしまい、何も手につかないまま三日が過ぎた。


 ――うん、決めた。


 いかなくては。答えをもって。



 放課後、私はゆっくりと屋上へと向かう。足が震えてゆっくりじゃないと転んでしまいそう。




 目の前には屋上の扉。この先には後輩君がいるはず。深呼吸してから……ギギギ、重いドアを開ける。



 屋上には、空を見ている後輩君の姿があった。



「こ、後輩……君」

 後輩君はこちらを振り返ると、8月の太陽のような笑顔でこちらを見返してきた。

「先輩、ちゃんと来てくれたんすね」

「も、もちろんよ、わ、私の気持ちを伝えに来たのだから」

 先輩は後輩の前に立つ。そして。

「あの……ね、後輩君。色々考えたんだけどね、そのね、んーと……私やっぱり」


「ストップ!」


「みなまで言わなくてもいいっすよ、やっぱり無理、っすか。先輩は、俺には高値の花だったっすね」

「え?」

「先輩を思い続けられたのは、俺にとって最高の青春でした。ああ、いい夢見たなあ」

「えと、そうじゃな……」

「じゃあ、敗北者がここにいてもしょうがないんで帰るっす。明日からは普通に接っするっすよ」


 背を向けて扉に向かう後輩君。


 このままだともう後輩君とは――


「ちょっと待って!」


 後輩君の手を掴む。


 後輩君はびっくりして振り向く。




「ごめんねちゃんと言えなくて。私は、その……あなたが」

 尻すぼみになりながらも、なんとかここまで振り絞って言葉に出した。



「……あなたが」


 もう一歩


「す、す……」


 あと少しなんだけど、あと少しなんだけど、もう勇気が……。


「あと一言っす、先輩!」


 後輩君!


「好き!!」



 告白に感極まったのか、後輩はみるみるうちに顔をくしゃくしゃにさせて、泣き始めた。



「な、泣き止んで……。え、と、ほら、今度は私がは、ハグする? 」

「先輩のブレザーに鼻水つけられねえっす」

「私は、つけちゃったから、これでお相子ってことにはならないかな?だめ、かな」

「せんぱぁい!」

 こうして私と後輩君の、鼻水と号泣の告白は終わった。

 まだ緊張しちゃうだろうけど、これから二人の素敵な日々が始まるよね、後輩君。

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