第11話 第二十八工房
マサキたちが暮らす第二十八工房は、多数の工房が立ち並ぶ一角にある。
工房の生産品を運搬するために広い舗装道路が縦横に走っている。
マサキに先導されて、少龍の五メートル級ボディも問題なく移動できた。
第二十八工房は俺を何機も収容できそうな大きなガレージを持っていた。
シャッターが開いて、俺は中に入る。
作業台や各種アーム、パーツの棚などがあちこちに並んでいるのだが、広さのわりに作業員が見当たらない。中にいたのはアオイだけだ。
「お帰り少龍!」
アオイが手を振ってくる。
俺は少龍の頭部ハッチから子龍を降ろす。
「子龍もお帰り!」
どちらも俺だな。
「ただいま。アオイも元気そうでよかったよ」
と俺は返して面映ゆくなる。
俺は初めてここを訪れたのだから。
俺はガレージ内を見渡す。
一角だけが使われていて、後は閑古鳥が鳴いているようだった。
マサキが説明する。
「父が倒れてから、ゴンドウ第一工房からの引き抜きが続いて今は私だけです。おかげで工具を使い放題ですよ! 子龍さんも遠慮なくどうぞ」
あえて明るい口調なところが痛々しい。
お世話になっているのだ、なんとしても力になってあげたい。
「子龍さんの部屋も用意してあります。私は出かけますので、アオイ、案内しておいてください」
「うん!」
マサキは彼女のグソクを起動し始めた。乗り込んでヘルメットをかぶる。
「転換神殿修理の下見に行ってきます」
出かけていくマサキに、
「なあ、本当に修理代なしで工事をやるつもりなのか。他に手伝いもいないんだろう。俺もやるよ」
声をかけると、
「ふふっ、修理代の元は取るつもりなのです。それにたぶん一人でやることにはならないと思います。子龍さんには統御球作りのご指南をお願いします」
「そうか。工事で困ったときがあればいつでも言ってくれ」
「はい、行ってきます」
元気そうにマサキは出ていった。シャッターが降りて天井の照明が自動点灯する。
「お姉ちゃんがああいうときは大丈夫だよ!」
アオイも断言する。
マサキにはなにか計画があるのだろう。今は影ながら応援することにする。
アオイは俺を部屋に案内してくれた。
二メートル超の子龍にとっても広さは十分、タンスやテーブルなどの家具類も整っている。どれも鉄製なところが工房らしい。
ベッドもある。俺に睡眠が必要かどうかはさておき、メンテナンスには役立ちそうだ。
「子龍の部屋だよ。好きに使って」
「親切に甘えすぎて申し訳ない気もするのだが」
「家族に遠慮しちゃだめ!」
アオイにとって龍は家族、龍の卵から生まれた俺は弟みたいなものか。
ベッドに座る。意外や、きしむ音すらしない。俺の重量を支えられるよう専用に手作りしたとおぼしい。ちょっと涙が出てきた。涙を出す機構はないけど。
アオイが手を伸ばして、俺の龍頭をなでた。
夕食時になるとマサキも戻ってきた。
マサキ、アオイ、俺の三人で食堂に集まり、テーブルを囲む。
俺の前には機械油のコップと高分子潤滑材、それに金属流体アカガネのお碗。
マサキとアオイが食べるのは、アオイが調理した野菜スープと焼いた肉。ニンジン、セロリ、キノコ類、それと豚肉のように見える。
大気センサーで測定したところによればおそらくいい香りだ。
この世界にも普通に肉や野菜が存在することを知った。鉄の大地に野菜が育つとは思えない。培養プラントで生産しているのだろう。
家族での食事は楽しい。会話も弾む。
「お姉ちゃん、明日はあたしも神殿に行くよ。神殿理事会の役員さんたちが視察するから巫女も来なさいって」
「ふふ、面白いものを見せてあげます」
「俺はこの身体を人間に見せかけられるよう改造しようと思う」
「ええっ、ドラゴンっぽくなくなっちゃうの?」
アオイが目をむく。
「そこは出来を楽しみにご覧じろだ」
「うわあ、お姉ちゃんもリュウも楽しみだよ!」
子龍とか少龍とか使い分けが面倒になってきたのか、俺の呼び方がリュウに変わっていた。
翌日はアオイが龍巫女の仕事に出かけて、俺とマサキでガレージに入ってアップデート計画を始めた。
転換神殿の修理工事は資材が組合から届くまで待ちなのだそうだ。
まずは子龍のボディ。
服を着ることができるように、滑らかな曲面で再構成しよう。
突き出したウィングスラスターはスライド収納式に変更、服を破らない位置に移動。
「掌と足の裏に噴射口を移すのが早くないですか」
マサキが作業を手伝ってくれながら疑問を述べる。
スラスターノズルはそこに付けるのが手っ取り早い。服を気にする必要がないし、噴射方向を制御しやすい。
「確かにそうなんだが、そういうのを見たことがあって、パクリっぽいから嫌なんだ」
「へえ、そんなリビルドもいるんですね」
リビルドじゃなくて映画で観たのだが、俺の機体には俺の美学を貫きたい。
胸部の龍頭は服を着れば隠れてしまうので省略。素材の分解吸収機構は頭部に移動、三次元出力機は腹部に収めた。
無くすだけでは味気ない。多重関節方式の細いワイヤーテイルを腰後部に設置、普段は収納して隠す。
ちまちました切断や溶接をマサキが手伝ってくれて助かる。作業がみるみる進む。
人間を装う際に肝心な頭部だが、下手に人間の顔を模造して不気味の谷を生じるよりも、兜とマスク方式を採ることにした。ロボット物といえば仮面だろうという趣味をやりたかったのは否定しない。
子龍のアップデートは基本的に成形と配置換えなので、あまり素材を要さずに進んだ。
問題は少龍のほうだった。
ガレージには俺がパージした装甲も運び込まれていたが、激しい攻防で痛みが激しく、そのままでは使い物にならない。
消耗したフレームからしっかり作り直したくとも、そのためにはチタンやミスリウムなどの高級素材が必要だ。
加工に要する道具レベルも高すぎる。
少龍はひとまず置いて、俺はガレージの道具レベルを上げることにした。
「ここの技術は巨大なリビルドを模倣することが基本になっていて、小型自動制御の技術に乏しい」
マサキが真剣な表情で俺の説明を聞く。
「はい。かつて私の父が研究していた技術ですね」
「そんな研究があったのか! それはどうなったんだ?」
「施設を作ったところで事故がありまして、父は……」
「……そうか、すまなかった」
「いえ、いいんです。それ以来、自動制御に取り組む技師はいなくなってしまいました」
アルティマビルドにおける俺の集積回路構築スキルはレベル10、量子コンピュータだって構築できる。いきなりそこまで目指すのは無理として、半導体、集積回路、基本超集積回路ぐらいまでは達成したいものだ。そうすれば統御球を自作できるようになる。
この世界では天然の論理回路であるシロガネを使って、情報伝達や記録を行わせている。情報処理に進むのはきっかけさえあればそんなに難しくないはずだ。
「ここでは設計をどうやっているか見せてくれ」
「この記録板を使います」
マサキが白くて薄い板を俺に見せる。
薄さ五ミリ、縦横は五十センチと八十センチぐらい。
マサキの晶紋が輝くと、記録板の表面に設計図が浮かび上がった。
この世界では設計図を描く際にシロガネから作った記録板を用いていることを知った。晶紋やペンによる入力を記録し、表面に図として出力し、保存や再生も行える。
いいぞ、これは優れものだ!
「純度九十以上のシロガネはあるかな」
「少しなら」
マサキが高純度の金属流体シロガネをタンクからガラス製のビーカーに注いで持ってくる。最後の一滴まで待っていたから、これで在庫は最後なのだろう。
俺はビーカーから金属流体シロガネを半分ほど呷った。頭の内部機構が金属流体を吸収、三次元出力機から統御球として出力開始する。
十分ほどしてから腹部ハッチを開くと、そこには完成した統御球があった。
「何度見ても凄い技術ですね」
感嘆するマサキに、
「これを使って、この工房で統御球を量産できるようにするぞ」
「本当に!?」
「ああ、やり方を見ていてくれ」
記録板と統御球があれば、コンピュータとしての入出力に記憶に演算までそろうはずだ。これを使って機構を制御してやればコンピュータ仕掛けの機械が誕生するという寸法だ。
俺は記録板と統御球のジョイントをつなぎ合わせ、さらにそれを工房の蒸着アームに接続した。
統御球に制御プログラムと統御球の設計図を焼き込んでいく。
情報伝達するためのデータバス幅が記板と統御球で不整合だったのだが、記録板を構成するシロガネの配列が情報に応じて自動で組み変わっていく。生きて進化する論理回路、シロガネとは恐るべき素材だ。
アバウトな接続にも関わらず、シロガネの力で蒸着アームのコンピュータ制御機構が組み上がった。
蒸着アームのタンクに残りの金属流体シロガネを注ぎ込む。
「始めるぞ。こいつの動作を晶紋で制御しながら理解してみてくれ。まずは開始信号を送るんだ」
「はい、やります!」
工作台の上に置かれた統御球と記録板にマサキは手を置く。両手の甲の晶紋が同調した模様を浮かべる。
「始めます」
工作台の蒸着アームが自動的に動き始めた。
統御球の設計図に基づいて、工作台上に薄い膜を出力。
その上に膜を重ね続け、膜は層となり、立体を形成していく。
マサキは一心不乱に注視している。
二時間ほどが過ぎた。
工房の窓からは光が差し込まなくなり、外はもう暗くなっている。
工作台の上には三次元出力された統御球が出現していた。硬球ぐらいのサイズだ。まだ精度が荒いので俺が作るよりも大きいし、時間もかなりかかった。
しかし貴重な第一歩だ。
「師匠、できました! 作り方が分かりました!」
まだ熱い統御球をマサキが高く掲げる。
「世界が変わります!」
マサキの目はずっと遠くを見ているようだった。
「その、なんだ、師匠は止めてくれないか」
俺たちがガレージでそんなこんなを進めているうちに外は暗くなり、アオイが帰ってきた。
アオイは大きな袋を抱えている。
「エンマさんから一番大きい猟師服を預かってきたよ」
ずいぶんと変貌した俺を見て、
「びっくりしちゃった。でもその恰好だったらそのまま着れそうだね!」
そう言いながら渡してきた袋に入っていたのは、迷彩の猟師服上下ひとそろいに多目的ベスト。
俺は早速着てみることにした。サイズは合うようだ。
ズボンに足を通し、上着に腕を通し、そうしていくと奇妙な気恥ずかしさを覚える。
俺は今まで裸だったんだな。ロボだけど。
「似合うよ、ばっちり!」
アオイがそう言いながら俺の手を引いて、更衣室の鏡の前に連れていく。
「いいじゃないですか。うちのツナギも用意しましょう」
マサキも満足げに言う。
実際、猟師服は俺によくフィットしていた。
ただ、俺は自分のセンスがちょっと恥ずかしくなる。
俺が作り直した頭部は、二本の角がある兜に龍っぽい牙付きマスク。噛みつくこともできるように顎の可動機構も付けておいた。なんというかアニメの悪役もしくは特撮ヒーロー。
コスプレ以外の何者でもないこれを普段の姿にしようとは俺って。
「服はいいんだが、この顔は失敗だ」
「ええ? よくできてるってば! ほら、奉納祭で踊るときに被る龍面みたい」
「そうですね、素晴らしい芸術品ですよ」
「龍面ってなんだ?」
「奉納祭りでアズマドラゴンの化身、龍王を演じる仮面です」
「祭りでもないのに祭りの恰好をしているお祭りロボになっちゃうじゃないか。やっぱり作り直す」
「「作り直すの禁止」」
姉妹の声がハモる。
「後生だ、やり直させてくれ」
「「そんなことしたらご飯抜き」」
だめだ、この世界のセンスが俺には分からない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます