第4話 顎

「逃げて、雛!」

 アオイが叫ぶ。

 いや、違うね。

 エッグイーターの攻撃が初めてスピードを落としている。大チャンスだ。


 俺は胸部に龍の顔を持つ。

 飾りじゃない。

 龍は大きく口を開いた。

 締め付けるクロウを顎が捉える。

 龍の顎がクロウを噛みちぎった。


 俺は解放されて床へと落ちる。バランスを取って着地。

 エッグイーターは破損したクロウを前腕先端からパージした。

 代わりにドリルで攻撃しようということか、エッグイーターは口吻のドリルを激しく回転させながら伸ばす。

 複数のバイトで構成されているドリルはもともと五十センチぐらいだったのが二メートルまで長くなった。


 俺はドリルへと突っ込む。

 猛回転しているドリルをさけて根本をつかんだ。

 転換臓出力最大、関節部モーター全力運転、冷えてきたウィングスラスターからも全力噴射。

 ドリルを頭部との接合部分から引きちぎった。

 奪ったドリルを抱えて床に降り立つ。


 俺の機体は製造途中だったから装甲は一部にしか装備できていない。つまりフレームのジョイントはあちこち余っている。

 俺はドリルから邪魔な破損部を取り払って、肩のジョイントにドリルを接合した。

 動け!

 だが物理的には接合したはずなのにドリルはエラーを返してくる。

 ドリルの制御に必要なリソースが分からなくてドリルとネゴシエーションできない。プロテクトがかかっていて、欲しいデータが送られてこない。


「こっちに来て!」

 アオイが俺を呼ぶ。

 しかし戦闘に巻き込むわけには。

「あたしは龍巫女、その部品の魂が分かるわ!」

 アオイはヨロイを脱ぎ始めた。ヨロイが前後に分離して、そこから彼女の全身が現れる。

 体の線も露わな薄手の白い衣装をまとっている。光学センサーが注目するが、今はそれどころじゃない。


 エッグイーターの口吻からはまた別のドリルが出てきていた。体内にはまだまだ攻撃手段が格納されているようだ。

 俺は彼女を信じることにした。彼女の元へとダッシュ。


 アオイはドリルと俺の腕に手を伸ばそうとする。俺はしゃがんだ。

 アオイの額には青い六角形、それが複雑な光の紋様を浮かび上がらせる。

 彼女を経由して、俺の中に情報が流れ込んできた。


 VMD337、ヴァリアブルモータードリル、設計番号337、使用リソース……


 これが龍巫女と名乗る者の力なのか?

 必要なデータを得た俺とドリルのネゴシエーションが始まる。

 認証コンプリート、デバイスドライバが自動生成されて機能開始。


 アオイが離れる。

 俺は肩部ドリルを起動する。

 ドリルを構成する複数のバイトが回転開始。長さはあえて最短にセッティング。


 エッグイーターが突進してくる。

 長大なドリルが、双腕が、同時に俺をめがけてくる。

 その進行方向を精密測定する。

 エッグイーターのドリルが俺を刺し貫こうとした瞬間に、その先端と俺の肩部ドリル先端をぶつけた。

 一瞬で発生した膨大なトルクが俺を高く跳ね上げる。

 俺は天井へと一直線、ぶつかろうとするところで天井をキック、ウィングスラスターを噴射しながら下方のエッグイーターへ。

 肩部ドリルとは逆に回転しながら俺は突っ込む。

 狙うは俺が拳をめり込ませた一点。

 たがわずにドリルは突き刺さり、回転し、装甲を破り、内部構造を破壊する。

 俺は分かっていた。この先にあるのが転換臓、やつの心臓部だと。


 十分に内部をえぐってから俺はドリルを抜いた。

 血のような金属流体のアカガネが勢いよく穴から噴き出してくる。

 エッグイーターは双腕を痙攣するかのように振り回し、頭部をぎちぎちと無意味に動かす。

 その動きも次第に遅く弱くなっていき、そして完全に停止した。

 駆動音が止まって空洞は静まり返る。

 エッグイーターは死んだ。


 ドリルで穴を増やしていって胴部を切り開き、内部から穴の開いた転換臓を引き出した。

 エッグイーターの転換臓は直径一メートルほどもある半透明な球体だ。

 転換臓に開いた穴からは、赤く輝く金属流体のアカガネが垂れ流されている。勿体ない。

 転換臓は機体構造の中でも特に希少な素材が使われている。言うなれば栄養たっぷりな部位だ。


 パイプを引きずって下に降りる。

 アオイがいた。

「凄いよ! 生まれたばっかりの雛なのに。あたしのおかげかな!」

 寄ってきて細い腕で俺を抱きしめる。

 自分が守ってあげたと言わんばかりの自慢げな表情だ。


 あらためて光学センサーでアオイを確認する。機械的な分析よりも人を知りたい。

 細くて小さな身体だ。

 巫女らしく艶やかな長髪を後ろに一本で束ねている。

 その顔は神聖さよりも元気でいっぱいに見える。

 意志の強そうな瞳が魅力的だ。


 俺は話しかける。

「君は何者なんだ」

「あたしは守護龍アズマドラゴンに仕える巫女、アオイ・ミサキだよ」

「守護龍?」

「転換神殿に住んでいてアズマ工房市を守ってくれていたドラゴンだけど、雛のお母さんでしょ。知らないの? あたしはアズマドラゴンが行方不明になったから探しに来たの」

 アズマドラゴンが龍の卵を産んだ存在なのだろうか?


「ここはどこなんだ」

「あたしたちがいるのはアズマ鋼原北部の地下機構ね。アズマドラゴンが北に飛んでいっちゃったから、北のほうを探してたら龍の卵を見つけたんだ」

 地名はゲームとまるで違うようだ。場所を聞いてもよくわからないが、地下にいることだけは理解した。


「このエッグイーターとやらは何なのか教えてくれ」

「エッグイーターはこのあたりにいるリビルドたちのヌシだよ」

「リビルド?」

「ここは生まれたばかりの雛だから何も分からないんだね。それでも言葉をしゃべれるのは凄いよ」


 アオイはエッグイーターの残骸と俺に目をやった。

「このエッグイーターは生きた機械、機械生体リビルドの一種だよ。生きてるから、食べて、育って、自分で殖えるの。ドラゴンの雛である君もリビルドなんだよ」


 アルティマビルドのゲームでは夢だった機械生体リビルドがこの世界では実現されている!

 しかも俺自身がそのリビルド!

 俺は感無量だったが、悔しさも覚えた。誰かに先を越されてしまったのか。


 アオイは楽しそうに、

「雛には名前を付けなきゃ! チビスケかな」

「チビスケと呼ばれるのは心外だ」

「ええ~ だって小さいのに」

 アオイはふくれっ面になるが、少し思案してから言った。

「じゃあ子龍、君は子龍ね!」

「子龍、まあチビスケよりはましか」

 俺はようやく一息ついた。呼吸はしないが。


 鎧の駆動音が近づいてくる。

 声が響く。

「アオイ! よかったです無事なのね!」

「マサキお姉ちゃん!」

 鎧を着ているのはアオイの姉か。ヘルメットは外している。

 アオイと似て可愛い顔立ちだが、知的な雰囲気を漂わせている。

 髪型はショートボブだ。


 鎧のマサキが俺に目をやった。

「人型のリビルド! いえ、龍型?」

 駆け寄ってきた。

 俺を頭から足までしげしげと観察する。

「え、え、こんな小型のリビルドが成立するんですか。転換臓どうなってるんですか。開腹してもいいですか」

「お姉ちゃんだめだよ! この子は大事な子龍だよ!」

 アオイの言うことはろくに耳に入っていないようだ。

「大変ですよ、技術の世代が変わっちゃいますよ、これはまさかドラゴンのフレームですか。鱗みたいに輝いて、これって合金でもなくて、そうだ微小構造の複合体ですよね。削っていいですか」

「だめだってば!」


 この子はメカオタク少女っぽい。

 ロボットとメカオタク少女もいい組み合わせだ。

 俺の理想にまた一歩近づいた気がする。


「俺もこの体にはいろいろと語りたいことがあるし、聞きたいこともある。が、その前にこいつの弔いをさせてやってもらえないか」

「弔いですか?」

 俺の光学センサーが捉えているものにマサキも目をやった。

 倒れたエッグイーターから引きずり出した転換臓。


 血のようなアカガネに塗れた転換臓に俺は左マニピュレータで触る。

「アオイ、こいつについて教えてくれ」

「うん!」

 アオイが転換臓と俺に両手で触る。

 死せるエッグイーターのデータがサルベージされて俺に送られてくる。

 プログラムやデータの変更履歴が多数含まれている。

 おそらくはこのエッグイーター初代から受け継がれてきたデータなのだろう。



 四足歩行型双腕重機、リリースノート。

 イカルガが記述。

 アルティマ暦五百二十五年に記載開始。


 四足フレームと双腕重機の統合を発案、ビルドを試みるも長すぎる双腕とバランスが取れずに転倒続出。


 バランスを取るために四足制御だけでなく内部の金属流体もバラストとして制御してみる。うまくいった。


 多目的重機としてデバイスの切り替え機能を追加。自衛手段として隠し武器のサイスを装備。ビルダーの驚くさまが想像できて楽しみだ。


 アルティウムでこの機体を進化させる。もう後戻りはできない。



 リリースノートはそこで途切れていた。

 アルティマ暦か。

 アルティマビルドで使われている暦だ。

 俺がいるここはやはりアルティマビルドの世界ということなのか。


「教えてください、なにが分かったんです?」

 マサキが目を輝かせて聞いてくる。

「これを設計したのはイカルガという人で」

「伝説の名匠じゃないですか! 数百年前に活躍したっていう!」

 数百年前?

「なあ、今は何年なんだ」

「アルティマ暦千二百八十年ですよ」


 俺の心に疑問符。

 俺がプレイしていたアルティマビルドでは、アルティマ暦二千三十五年だった。

 ここが千二百八十年だったら七百年以上も前ということになる。

 それにしては、アルティマビルドでは存在していなかった高度な機械生体リビルドが存在する。

 ともかくそのまま同じ世界とは受け止めない方がよさそうだ。

 まだ分からないことだらけなのだ。あせらずに調べていこう。


「イカルガが設計したエッグイーターは貴重な研究材料になります。前進拠点まで持って帰りましょう!」

 マサキのテンションが高い。

「前進拠点って、どれぐらいの距離があるんだ」

「歩いて一日ですね」

「そこまで運ぶには大きすぎるだろう、重要パーツと希少金属だけいただいて、後は応援を呼んだりできないのか?」

「誰かに奪われないか心配ですが……」


 そこでアオイが提案。

「入口を塞いでおけばおけばいいじゃない、ね、子龍」

 入口は狭くなっている。

 エッグイーターの遺骸をそこまで運んで詰めておけば、とりあえずは塞げそうではある。


 では希少金属だけでももらっておくか。

 俺は胸部の大口を開いて、まずは転換臓を一口いただく。


「あ、食べた!」

 マサキとアオイがハモる。


 直径一メートルはある転換臓をかじっていく。

 半透明な外殻は純度が高い希少金属ミスリウム、高硬度で軽量だ。

 内部にはこれまた希少なオリハルコニウム、エネルギー転換効率が高い金属だ。

 あふれるアカガネはエネルギーを多く含んでいる。

 いずれも役立つ素材ばかりだった。


「ごちそうさまでした」


 転換臓を平らげた俺はエッグイーターの腹部に登り、開けた大穴から内部に潜り込んでみる。

 各種センサーを総動員、内部構造をチェック。

 おお、これは高純度なシロガネ神経瘤、ハイレベルな情報処理機構を構築できる。

 金属流体のアカガネも転換係数が高い、エネルギー補給に吸わせてもらう。

 各部の光学センサーに使われているアオガネも高級品だ。


 あれこれ美味しい素材をあさってから出てくると、

「うんうん、お腹減ってたんだね子龍」

 赤子を見るような目のアオイがいた。


 ともかく入手した素材を使って俺を強化するのが楽しみだ。

 あちこちの傷や切り飛ばされた拳も修理したいし。

 前進拠点とやらにたどりついたらいろいろと試させてもらうことにしよう。


 空洞を封鎖して、俺、アオイ、マサキは出立する。

 空洞の外は地下道が複雑に枝分かれしている。

 広大なダンジョンといった趣だ。

 至るところにパイプが走り、様々な機械が稼働している。

 なんらかの目的を持って構築されたというよりも、秩序が見られず、ただ機械化が闇雲に進んでいるように見える。


 道すがらにアオイやミサキの生活について教えてもらう。

 彼女たちが所属しているのはアズマ工房市の第二十八工房。

 アズマ工房市には多数の工房が集まっており、工房で働く技師や素材集めの猟師を抱えている。大きな市場を持ち、十万人以上の住民を支える食糧生産能力もある。

 特定の国には属しておらず、都市国家といっていいのだろう。


 ミサキは技師と猟師の両方をやっている。

 ミサキはリビルドを狩って特殊な素材を集め、技師として凄い機械を作り出そうという生活を送っているそうだ。

 この世界の機械技術について是非とも教えていってほしい。


 アオイはアズマ転換神殿で龍に仕える龍巫女なのだそうだ。

 転換神殿とは巨大な転換臓を持つ建物で、アズマ工房市全体にエネルギーを供給している、言うなれば発電所か。

 アオイは龍と心を通わせて、街を守ってもらっていたのだという。

 その龍が行方不明になっているのが目下の大問題とのことだった。

 リビルドのデータを読むことができる彼女の力は、俺がパーツをリビルドから奪って機体強化していくにあたり頼もしい。

 今後ともお付き合い願いたい。


 最強ロボを目指す俺の旅はこうして始まった。

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