あの夏が終わるまでに
綾波 宗水
第一章
まだ「ゴール」は出来ない
収録された曲が一周し、再び部屋が静寂に包まれる。
僕はおもむろに立ち上がり、再生ボタンを押す。もはや思考は停止していると言える。今までに何度往復しただろうか。
『Last regrets』が空気を振動する。ついにこの街では雪が積もらなかった。
麻枝准になりたい。
『Kanon』をどうして観ようと思ったのか、それはもう忘れた。しかしあの日、二次元への偏見は粉砕された。
その頃から色々なアニメを見始め、ライトノベルの存在を知る。元来読書好きだった僕がハマらないはずはなく、のめり込んでいった。かつては本棚にラノベしかないのを、少し馬鹿にしていた。それが今や本気でラノベ作家を目指している。この世は定めなきこそいみじけれ、といったところか。
僕は天啓を得たが如く、ある日突然、投稿し始めた。自分の手を離れて、日に日に完成へと近づいていく作品。顔も知らない人々から評価してもらえる不思議さ。彼らはどうやって見つけるのだろうか。
結果はどうだ。惨敗だった。とてもじゃないが、「作家に近づいた」と友人には言えなかった。思うように伸びないPV数。渾身の力作でさえこの有り様だ。ただ僕には書き続けることしか出来ない。
改めてKeyの力を知る。恋愛ゲームで人を泣かせるそのシナリオと音楽、そして他の作品とは代えがたい特徴的なイラスト。
ラノベなのだから、これらすべてを相手にする必要は今はない。そう、シナリオさえ、あの人生の黙示録たるシナリオさえ打ち勝てれば。僕は何とかKeyと渡り合いたかった。そしてなによりもKeyを創りたかった。
気づけば『風の辿り着く場所』が流れていた。聞き慣れないノイズが入る。ヘビロテの宿命だ。
違った、スマホの通知音だった。
「〇〇さんが◇◇を応援しました」
決してまだゴールではない。依然として麻枝准の背中すら見えず、Keyは今なお、遥か彼方を進み続ける。ギャルゲー産業が衰退の兆しを見せようとも。
次の冬はどう見えるのだろうか。曲は再び一周した。
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