ダメ師匠は弟子達の対立を肴に酒を呑む

FuMIZucAt

プロローグ

プロローグ1「冷徹の災女」


「…………は?」

「にゃふふふっ♪」

「これは……!?」

「何よ、これッッツツ!!」


 その日、四つの大国で混乱、笑い声、衝撃、慟哭が響いた。


 そして、同時にその日、世界はたった一人の眩い星を見失った。



 メイドのコツコツと均一な靴音が廊下に重く響く。


 まるで王宮の如く清掃された廊下には、隣が色とりどりの花が咲き誇る庭園であるにも関わらず、その道には枯れ葉一つ見当たらない。


 その様子はまるで、絵画のように美しく、此処を訪れた数多くの豪族、貴族を感嘆の溜息で唸らせてきた。


 けれど、そこには金髪を頭の上で留めた美形の男が一人の女に詰め寄っているという奇異な光景があった。


「どうだろうか? このリグルスト城国王位後継第三桀である私と世界最強の大賢者と呼ばれたレイウェンス=アイリェウレの弟子である其方。これ程までに完璧な夫婦めおとは全大陸見渡しても居ないでしょうぞ!」


 さぞ質の良い生地を使っているのだろう。身なりの良い服に身を包んだ男は、此方を見向きもしない女に身振り手振りで捲し立てる様に言葉を並び立てていく。


「良いだろう、それで進めろ。それで、他の地域はどうなっている?」

「無論、我が妻となる其方には望む物、願いし物。全てを与えますとも! いや、それこそ、其方の師匠でもあるかの大魔術師でさえ目劣りする巨万の富に名誉も、王族としての権力という誰も逆らえぬ隔絶した力さえ!」

「そうだ。捜索範囲を五倍に拡大しろ。あぁ、アイツからは私から言っておく。やれ」


 しかし、残念かな。


 光を吸収するかのような鴉の濡れ羽のような美しい黒を基調とした軍服を見事に着こなす彼女の吊り長の、まるで野生の凶暴な獣を思わせる視線の先には、今もなお延々と口説き言葉を連ねる男は微塵も映ってはいない。


「っ、聞いておられるのですかな!?」


 これ以上付き纏われても面倒だと、耳元で展開していた遠距離通信魔術を解いた。そして、今なお騒ぎ立てる見知らぬ男へと視線だけを向ける。


「先程から、いくら何でも失礼で――――っ!!」


 目深に被った帽子には帝国軍を象徴する一匹の黒狼をモチーフにした紋章を付けている。


 その下から見える笑みは見る者には天界の女神とも言われる笑みを浮かべた。


 そして、女はポツリと言葉を溢す。


「要するに貴様は私を妻としたいのだろう?」


 笑顔だが、彼女を知り、理解している者。つまり、見る者が見れば即座に全力で逃げ出す笑み。


 それこそ、女が指揮する英俊豪傑の巣窟とすら謳われる軍の団員達ですら、今の彼女を見た瞬間、我先にと他の同僚を叩き伏せても全力で逃げ出す程に。


 しかし、なんというか。


 幸か不幸か、男はそれを知る由もない。

 

「そ、そうだ!」

「なら簡単だ。私が出す条件を満たせばいい。そうすれば結婚だろうが何だろうがやってやろう」


 声は美しく、透き通る。


「おぉ! では、その条件とは?」


 くすりと、女の表情が緩んだ。


 それに気前を良くしたか、男にも笑みが見え————、


「なに、条件は至極単純だ。一つ目は世界を敵に回す事。二つ目は、最低でも三翼の魔族と天使、龍を殺す事。三つ目は、我が師に勝つ事だ」


 地獄に落とされた。


「ぇ…………? な、何言っているんです? そ、そんなの無理に決まってるでしょう!! 他の二つも馬鹿げているのに、最後のはなんです! あ、あんな化け物よりも強者になれですと!?」

「当たり前だろう? いざとなった時に、妻を守れぬ漢に何の価値がある? それとも何か? 貴公は荒事に巻き込まれたら妻を盾に自分は逃げる腰抜けだと、そう言いたいのか?」

「ぐむっ!」

「それに、世界を回しても余りある知略と実力があって損はない。出来なければ私はお前に今後一切の興味も関心も感情も持たん」

「……は……ははっ、もしや、私を試してらっしゃるので? 私が王になれば、国という強大な力が手に入る。そうなれば、奴とて一人の男。国に、いや! 私に逆らう事など出来まい。つまり! 私はあの男よりも強者であるという証明になりましょうぞ!」


 一人で盛り上がっている金髪の男を軍服の女はあまりに冷たい瞳でちらりと一瞥を送る。


 だが、すぐに興味を失ったか、視線を外した。


 そして、小声で「醜悪な」と呟くと、


「貴様には無理だ。潔く諦めろ。そして、二度とその面を見せるな」

「——————ッ!!」


苛立ちを発散させるように、女が発した殺気が男の意識を容易く刈り取った。


 それが虚勢で偽った心のトドメとなったのだろう。


 男の心も意識もぽっきりと折れられたのか、愕然がくぜんと項垂れるのを放置し、再び歩き出す。


「のに、だ。あの師め、こんな手紙を寄こすとは……!」


 吐き捨てる様な荒い言葉とは裏腹に懐から大事に取り出した手紙を見つめ、笑みを浮かべる。


「絶対に見つけ出すぞ、レイン!」


 その笑みは女神それではなく、もう一つの異名「冷徹の災女」の笑みを浮かべたのだった。

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