第123話 一応突撃しました。

 こんにちは、勇者です。


「グレイ様」


「はい」


「やり過ぎです」


「はい」


 怒られちゃいました⋯⋯。

 正面を見れば、守備軍の突出した先陣はほぼ半壊。最初の突っ込んできた勢いは失せ、全軍が立ち止まり悲鳴や怒号が聞こえてきます。


 その光景を目の当たりにしたエメラダが呆れたように呟きます。


「⋯⋯いま、何十回詠唱したんだ」


「いえ、自分が使うのは精霊魔術なので多重詠唱とかはしてないですよ? ブラックはやってましたが」


 いまのはあくまで魔法の再現。ブラックが使ったのは実際に同種魔法の多重詠唱だったのでしょうが、自分にはそんな芸当到底できません。魔法使えないし。


「あのカラス野郎が使ったやつなの!? パパもうそれ使っちゃだめ!」


 おー、クロちゃんご立腹。ブラックに恨みたっぷりですね。今度こそ一緒にぶっ殺しましょう!

 それはそれとして、言葉遣いはもっと丁寧に。エメラダの真似とかしちゃメッ!


「しかし、大幅に予定が狂いましたね。あのまま前線を伸ばして細くなったところを削り取っていこうと考えていたのですが」


「⋯⋯ごめんなさい」


「いえ、これはこれで効果がありました。敵軍は守備陣形に移行しています。恐らくここから被害を分散させるために陣を分けて此方を挟撃してこようとするでしょう。ならば我々も二手に分かれます」


 うちの従者賢い! 戦の流れとか陣形とか自分はサッパリなので全部エルヴィンに丸投げしようそうしよう。


「敵が分かれたら本陣がいる方をグレイ様とクレムで、もう一方を残った三人で対応しましょう。取りこぼしが出るでしょうが致し方ありません」


 怖がって軍から離れてしまう兵が出るということでしょうか。う〜ん、逃亡兵は逃げた先で何をやるか分からないからあまり好ましくないですね。


 そう思っていたら、戦場である草原を四角く覆うように透き通った高い壁がいきなり現れました。


「ルルエ様の物理結界ですか。それにしてもこれほど大規模に封鎖するなんてグレイ様同様にとんでもないですね」


「⋯⋯まぁルルエさんですから」


 ルルエさんと同類にされていることに喜んでいいのか不満を上げていいのか分からない⋯⋯。でもこれで此処からは誰も逃げられないと言うこと、自分たちも含めてね!


 そしてしばらくすると、エルヴィンの言った通り相手の陣が二つに分かれていきます。

 ⋯⋯本陣、どっち?


「辺境伯の旗印がある方が本陣のはずです。⋯⋯ここからでは遠すぎて見えませんが」


「クロ見えるよ〜、左のほうにキラキラしたおっきい布がパタパタしてる!」


 ふむ、左側に本陣ありと。

 それではジッとしてるのも飽きたので動きますか。


 自分たちは相手の誘いに乗るようにポッカリと間の空いた敵陣の真ん中へ走り出しました。



◇◇◇◇◇◇



 それにしても先程の魔法、いや精霊魔術か。あれには驚いた。


 普通ならあんなことをやれば死ぬ。相手ではなく放った本人がだ。

 到底人間が持つ魔力量では賄いきれない。やろうとすれば詠唱の半ばで魔力が枯渇し倒れるか、魔力の暴走で身体が弾けるだろう。


 以前からその片鱗は見せていたが、我が主人はいよいよ人外の域に達しようとしているようだ。クレムを始めとした白金の勇者たちのように。


「おっし! ここんとこ無理やりドレス着たりとストレス溜まりまくりだったからな、徹底的に殴るぞ!」


「張り切るのはいいがあまり踏み込みすぎるなよ。矢避けや魔法障壁アンチマジックシールは施したが、お前は装備も含めて守備が弱いからな」


 勢いづくエメラダをそれとなく諌める。すると仮面越しに若干刺々しい視線が向けられた。


「⋯⋯別にいいんだけどよ、一応あたしは王女だぞ? 少しは敬ってもいいんだぜエルヴィン」


 話し方のことを言っているのだろうか。俺は敬うべきと思った相手にしか敬語は話さない。それに堅苦しくするなと言ったのはエメラダ本人のはずだろう。


「何を今さら。子供に手加減されても負けてギャーギャー騒ぐ姿を見ていればそんな気も失せる」


 彼女は鍛錬の際にクレム――――最近は人型のクロにまで勝てなくなり、愚痴をこぼすことが多くなった。

 無論、彼女が弱い訳ではない。このパーティの個々の戦力が頭おかしいのだ。むしろ俺は彼女寄りだし。


「ウルセェ! あたしだってそれなりに成長してるんだよ、見てろぉ!」


 まだ敵兵との距離があるにも関わらず、エメラダが腕を振りかぶった。すると空中で無数の鎖が現れ絡まり合い、やがて巨大な拳を形作る。


「だらぁーっ!」


 振り抜けば、眼前にいる大勢の敵が巨拳に薙ぎ払われ吹っ飛んでいく。うん、やはり彼女もおかしい。


「おおーかっこいい! クロもそれやりたい!」


「あぁ、クロ。お前にはいくつか決まり事を設けよう」


「ん〜?」


「まず爪を使うな、素手で戦え。それと狙っていいのは相手の腕か脚だけだ。でないとそこらの人間は即死だからな」


「え〜何それ! あれ敵なんでしょ? 別にいいじゃん、エルヴィンのケチ!」


 クロは最近ようやく俺の名前をきちんと呼べるようになった。実は内心かなり嬉しかったりするのだが、それを言うとうるさいだろうし周りから⋯⋯主にルルエ様から揶揄われるだろうから決して口にはしない。


「人を無闇に殺したらグレイ様が哀しむぞ」


「⋯⋯むぅ、じゃあそうする」


「よし、良い子だ」


 敵を切り裂く気満々だった鋭い爪を納め、翼を生やしてクロが敵兵の群れの中に突撃していく。その様だけでも混乱するだろうに、幼女に殴り飛ばされ吹っ飛んでいく仲間の姿を見て彼らは冷静でいられるだろうか。


 きっと俺が逆の立場なら無理だな。


 こちらの控えめなバケモノ二人は手近な連中を吹き飛ばすのに夢中だ。遠距離からの攻撃などまるで気にしていない。空を見れば、弧を描いて矢や魔法が雨のように飛んできている。


炎熱遮幕フレアカーテン


 彼女たちの頭上に炎の薄いカーテンを引き伸ばし、遠距離攻撃をほぼ無効化する。

 昔の俺はアタッカーだったんだが⋯⋯今じゃすっかりサポーターだ。しかしこれも悪くはない。昔の仲間は守ろうとする気すら起きなかったが、自分も変わったものだと思わず苦笑してしまう。


 ⋯⋯しかし、どうにも鬱陶しいな。後衛だけでも吹き飛ばすか。


大氷結エルドアイシクル


 高位魔法を短縮詠唱し、ついでに最近はすっかり使わなくなった攻撃用の木札をまとめて割る。

 空にはグレイ様の使った精霊魔術には及ばぬものの、無数の火球や雷球が浮かび一斉に弾けて向こう側の魔法士や弓兵を一掃する。


 一通り放った魔法が着弾すると、ようやく面倒な空からの攻撃が止んだ。

 ⋯⋯本当に、昔はこれをやるだけで周囲から持て囃されたものだったんだが。


 そもそもグレイ様やルルエ様がポンポン使っているので蔑ろにされがちだが、魔法は威力を上げるためそれなりに長い詠唱が必要なのだ。それを短縮し魔法名だけで発動できるだけでも魔法士としては一流の部類のはずなのに。


 ――――いや、そんな自身の不出来を嘆く暇があれば更なる魔法の鍛錬や魔法具開発に勤しむべきだろう。彼ら彼女らが努力しているように、俺も成長しなければ。


「おいエルヴィン! 相手がビビってどんどん散ってくんだよ、こっちに来るよう追い立ててくれ!」


 そうエメラダが要求してきた。仮面で隠れて分からないが、声のトーンからしてきっと満面の笑みを浮かべているだろう。ここは仮にも戦場だぞ? 全く仕方のない⋯⋯。


「――――高等雷撃エルドサンダース


 短縮詠唱と共に同種魔法の木札を割り、雷の檻を作って敵を囲む。これで取りこぼしも減るだろう。


 さて、戦闘に入って十分弱。既にこちら側の敵兵の四分の一は無力化してしまっている。これは予想以上に片付くのは早そうだな。


 とすれば、グレイ様たちはもっと早く片付けてしまうだろう。これは遅れをとるわけにはいかん。少しでも力を示さねば忠臣としての地位が揺らいでしまう。


 最近は書類偽造やらなんやで運動不足だったところだ、たまには接近戦も悪くはないだろう。

 身体向上系付与バフの木札を割りながら、俺もエメラダたちの暴れる渦中へと飛び込む。


 ふむ。存外俺も仲間たちに染められてしまったのだろうか。


「⋯⋯まぁ、悪くない」


 人知れず笑い、とりあえず手近な雑兵をぶん殴った。

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