第118話 一応増えちゃいました。
こんにちは、勇者です。
まさかゾルダス陛下があそこまで娘スキーなバカ親⋯⋯違う親バカ⋯⋯子供想いだったとは思わず、今は謁見の間から王族用の応接室でお茶をしながらこれまでの(エメラダの)武勇譚を延々と語らされました。
何故かエメラダ本人には聞かず、自分に喋らせるあたり本当に疲れます⋯⋯。
その会話を横で聞いていたエメラダはにこやかながらも頬がピクピクと痙攣していて、何か言いたいのを必死で我慢している様子。
一応父親に対しては気を使えるんだなぁとか感心しながら彼女の話を面白おかしく語ってやります。
これでもかと盛りまくってね!
まぁそんなことをやっていたら思い切り脇腹に肘をもらいましたが⋯⋯。
「もうその辺の話はいいんだよ! パ⋯⋯父上、至急お耳に入れ対処したいことがあるのです」
「もうパパでいいのに――んぐふっ」
再度の肘鉄。自分の脇腹はいま青痣だらけでは?
そこからは竜人の里での顛末から始まり、黒竜の山で捕らえた奴隷商人、そして戻ってからの辺境伯麾下の騎士団の動向や集めた証拠品を広げて、今後の対応も含めて陛下にご説明していきました。
⋯⋯主にエメラダとエルヴィンが。
それを聞いたゾルダス陛下の表情は、渋い顔をしたり悪い笑みを浮かべたりと忙しい。
ん〜、エメラダとそっくり。やっぱり親子なんですねぇ。
「既にアレノフ伯爵にはこれからのことをお話してあります。あとは父上のご指示で如何様にも」
「⋯⋯ふむ。だが、これを揃えてなお辺境伯は動くか? アレの忠心は⋯⋯情けないがもう儂の元にはない。最悪国境の軍や騎士団を動かされることになれば事だぞ」
「だからこそ早急な対応が必要なのです。下手に時間を掛ければ、その国境から他国を招き入れての戦にもなりかねません。芽は早い内に摘み取りましょう」
「それにぃ、仕掛けた餌に魚が掛かれば多分向こうも慢心してくれると思うわよぉ? その後なら余裕ぶって姿を現すと思うけれどぉ」
餌とは今朝まで必死にエルヴィンが作っていた例の書類。証拠品の偽造品のことだそうです。
あぁほら、なんかエルヴィンが思い出して遠い目しちゃってます。
「今夜にでもほぼ確実に動くでしょう。あちらの間者も必死でしたし、適度な罠も貼りました。俺の渾身の作品と向こうが脅威と感じるほどの妨害を潜り抜けて手に入れた物が、贋作とは疑わないと思います」
「そうであれば良いが――今夜か。ではその結果次第で辺境伯を小突くことにしよう」
「はい。それからその後のお話ですが⋯⋯あ〜、グレイ。ちょっと外してくれないか?」
なんか遠慮気味にエメラダが言いました。
え? なにまた仲間外れ?
「⋯⋯いいですけど、なんで自分だけ?」
「ん? いや、まぁ⋯⋯ほら。クロが眠そうだろ? 部屋は用意してあるから運んでやれよ。案内付けるから」
一応会話に参加していたクロちゃんは、お茶と甘いお菓子を堪能しきると退屈だったのかコクリコクリと居眠り中。
「今理由考えましたよね? なんでそんなに隠すんですか⋯⋯」
自分、しょぼん。
「別に深い理由はねぇって! ほら、クロが椅子から落ちる」
おおっと。
涎を垂らしながら身体を傾けたクロちゃんを抱き上げると、皆からの「ほら、さっさと行って!」という無言の圧に負けて部屋から追い出されてしまいました⋯⋯。
◇◇◇◇◇◇
「で、父上。その後に解放した奴隷たちへの対応や居場所なのですが」
「ふむ。なるほど領地を――――なに、爵位?」
「出来れば里を含めたこの辺からここまでがいいわねぇ」
「あとは実務で優秀な代行や代官をご用意していただきたいのです。あの方はそういったことをきっと嫌がるでしょうから」
「⋯⋯皆さんそんなこと考えてたんですか。後でお兄様が怒りますよ?」
会話を全て聞いて内容を把握したクレムがそう呟くと、その場にいた全員が振り返る。
「だってもしグレイくんに話したら、絶対やらないって言うしょぉ?」
ニコリと笑うルルエの顔を見て、これは何を言っても無駄だなと思いクレムは口をつぐんだ。
自分は関わっていませんよと後でグレイに言って、少しでも彼からの心象を良くしよう。そうしようと心に誓った。
◇◇◇◇◇◇
お城の侍女さんに案内されて、クロちゃんを客間に寝かしつけてきました。まぁお腹が空いたらまた起きてくるでしょう。
自分はと言えば、仲間外れにされたことにちょっと拗ねて以前にエメラダと月を見上げていた庭園でボーッとしていました。
「あら、貴方は」
ベンチに腰掛けぐで〜っとしていたら、不意に後ろから声が掛かりました。
振り向くとそこに居たのは――――エメラダ?
「お城にいらしていたのですね。他の皆様はどうなさったのですか?」
お淑やかな物腰、そして雲みたいな柔らかな雰囲気。
そしてエメラダとは違い長く伸ばした髪を器用に編み込んでいます。
あぁ、そうか。この人は確か⋯⋯。
「えっと、スールゥ様、でよろしかったでしょうか?」
そう、エメラダの影武者さん。
式事や祭事その他に出たがらないエメラダの代わりにいつもお世話になっているという、エメラダのそっくりさん。
「失礼しました。以前はきちんとしたご挨拶がまだでしたね」
スッと居住まいを正し、丁寧な礼を去れます。
「普段お忙しいエメラダ様の代理を務めさせて頂いております、スールゥ・メルグと申します」
「改めまして、グレイ・オルサムと申します。メルグ⋯⋯エメラダとは、失礼、エメラダ様とはご姉妹ではなかったんですね」
「はい、私はメルグ公爵家の四女です。エメラダ様とは従姉妹に当たります」
おっと公爵令嬢。これは失礼のないようにしなければ。
「あっ、その⋯⋯あまり畏まらないでください。グレイ様はエメラダ様のご婚約者、立場などお気になさらず気軽になさってください。そうですね、エメラダ様と同じように接して頂ければ」
「あ〜、それは⋯⋯中々難しいというか、エメラダ様とはかなり立場を弁えない振る舞いを普段していますのでそのぉ」
自分がう〜んと悩んでいると、その姿の何処が面白かったのかクスクスと笑っています。
口元をそっと隠す仕草がなんともお淑やか。う〜ん何処かの王女様に見習わせたい。
「ごめんなさい、エメラダ様はグレイ様に相当お心を許されているのですね」
「まぁ許されているというか、仲が良ければ誰にでもあれが素なのでは?」
「エメラダ様は聡明な方ですから、場によって振る舞いもそれに合わせて接されます。グレイ様がおっしゃる素をお見せになっているなら、本当に信頼なさっているということですよ」
「はぁ⋯⋯出会った時からずっとあんな感じでしたが。でも言われると確かに、接する相手によって結構違いがあったかもしれません」
思い返してみれば、白虎騎士団を前にしていた時のエメラダはどこか柔らかめな口調でした。そしてアレノフ伯爵に対してはちょっと威厳を持ったような態度で接していた気がします。
「あれで王城では気苦労の多い方なのです。グレイ様の旅路にご自分の意思で連れ立って行かれたのも、私としては嬉しかったのですよ。その分ちょっと私が忙しいですが⋯⋯」
「⋯⋯心中、お察しします」
そう、エメラダが不在となればエメラダがこなすはずの諸々のことはこの影武者さん⋯⋯失礼、スールゥ様が担っているということなのでしょう。
そう思うとなんだか申し訳なくなってきました。
「いえ、それが陛下より賜った私の公務の一つですから」
「はは⋯⋯不遜ではありますが、陛下は随分とエメラダに甘いですよね」
「そうですね。エメラダ様は亡くなられた前王妃様のたった一人のご息女ですから、それだけ愛されているのでしょう」
「⋯⋯前王妃様。亡くなられていたんですか、存じませんでした」
そんなこと、エメラダからは一回も聞いたことがありません。
「はい、陛下は本当に前王妃――メリエナ様を愛しておられましたから。あ、もちろん今の王妃様も同様にご寵愛なさっておいでですよ?」
うんうん。その辺は突くとなんか怖い気がするからあまり言及しないようにしよう。
「既に王太子は現王妃様であるマーム様のご長男、ケルディ殿下にお決まりになっていますし、陛下はきっとエメラダ様に自由になさって頂きたいのだと思います」
「ケルディ殿下⋯⋯エメラダからは弟妹がいることは聞いていてもどんな方かは詳しく伺ってませんでした」
「王族は現在、ゾルダス陛下を始め現王妃のマーム様、第一王女エメラダ殿下、第一王子にして王太子ケルディ殿下、第二王子クストス殿下、第二王女シトゥー殿下がいらっしゃいます。エメラダ様以外は王城を離れ、今は国内の王立学院で学ばれております」
「あぁ、三人もご姉弟が。だから小さい子の面倒が妙に上手かったんですね」
「えぇ、特にケルディ殿下はエメラダ様に懐いておいででした。マーム王妃様がご多忙ということもあり、エメラダ様は率先してご姉弟の面倒を見ていらっしゃいました。でもエメラダ様の場合その⋯⋯少々奔放気味と言いますか、ご一緒にいると幼い殿下方がわんぱくになってしまうのではと、王妃様のご指示で昨年学院に」
なるほどぉ、確かにエメラダと一緒に鍛えたり下町を彷徨いていたらそうなりかねませんから⋯⋯。
ちなみに王太子殿下ケルディ様は現在十一歳、クストス様とミトゥー様は双子らしく、共に八歳とのこと。
王立学院とは貴族や大きい商家など身分の高い者の子供が社交や教養を学ぶ場らしく、この王都内に建立されているらしいです。
エメラダの弟妹たちは、そこで他の生徒に混じり寮生活を送っています。
そしてズルーガの王位は基本男子が継承、女王は冠さないそうなので、弟であるケルディ様が現王太子となるそうです。そのための学院への入学でもあるんだとか。
「ところでグレイ様はなぜここに? もしかして、御一人の時間を邪魔してしまいましたか」
「あ〜いえそんなことはありません。むしろ一人にされたというか、自分が邪魔者にされたというか⋯⋯」
「は、はぁ⋯⋯」
「なので、もしスールゥ様のご都合が良ければもう少しお相手をして頂けませんか。あ、ご多忙でしたら申し訳ありません」
「いいえ、特にこの後の公務はありませんので。ではよろしければご一緒にお茶を」
スールゥ様が近くの侍女さんに目配せすると、何処からともなくガーデンテーブルとティーセットが運ばれてきてそのままお茶会の流れに。
やりますね、ズルーガのメイドさんたち!
その後はエメラダの昔話や愉快な失敗談なんかを聞いて盛り上がっていたら、話し合いを終えたエメラダが慌てた様子で飛び込んできました。
どうやらスールゥ様はエメラダより年上だったらしく、何処かエメラダのことを妹のように扱っていました。
エメラダも彼女には逆らいにくいのか、とてもやりづらそうです。
ふふふ。スールゥ様からエメラダの弱みは色々と握らせてもらいましたし、仲間外れにはされましたがとても実りのある時間でした。
あ、クロちゃんも起きてクレムとやってきましたか。
じゃあ改めてみんなでお茶会としましょう。
そうして王城での午後を過ごし、晩餐と一夜の部屋をお借りしました。
翌日。
娘と再度の別れを惜しむ割とマジで泣きの入ったゾルダス陛下の様子から目を背け、自分たちは竜人の里へと戻ってきました。
里の広場へ転移すると、アルダムスさんが恭しく頭を下げています。
『お帰りなさいませ、ルルエ様』
「アルダムスゥ、そういうのはいらないのよぉ」
みんな知ってる? あのルルエさんに忠実な筋肉達磨、自分の守護霊なんですよぉフフフ!
「で? 結果はどうなのぉ」
『見事に釣れました。群れは適度に弱らせ擬似餌を持たせたまま放置、生き餌はこちらで回収済みです。それと、ネズミの方なのですが――――申し訳ありません、思ったより脆弱でして』
「殺しちゃった?」
「いえ、生きています」
「なら別にいいわよぉ。正直死んでてもいいけど、グレイくんに怒られるのやだしぃ」
「え、なに。どゆこと?」
会話についていけない自分が二人を見回すと、アルダムスさんに施されて懲罰房へと向かわされます。
そしてその中には――――。
「アルダムスさん」
『何かな青年?』
「なんで増えてんですかぁっ!!」
檻の中には、膝を抱えてガタガタと震える三人――ではなく六人の姿があったのでした⋯⋯。
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