第105話 一応レディでした。

 こんにちは、勇者です。


 ドータさんからの相談の後、自分は二日酔いの頭痛に苛まれるエメラダを交えて奴隷商人たちの件を綴った詳細な報告書を書き終えました。


 クロちゃんにつき添って鍛錬から戻ってきたエルヴィンにそれを見てもらうと、そのあとエメラダやルルエさんと相談しながら数日掛けて、報告に適した書簡に纏めてくれたらしい。


 それを早馬で送り、温泉の街クルグスを治めるアレノフ伯爵を経由して王都へと繋ぎをつける段取りのようです。


 その後は国の重鎮がたに裁量を仰ぐのがいいだろうというのがエメラダとエルヴィンの見解でした。

 もちろん、今回の件に関しては自分の関与は必要最低限。


 筋書きとしては辺境伯領での人身売買の不穏な動きを掴んだ王室が第一王女エメラダを中心に調査をし、その協力者として自分は参加。


 今回の手柄はほぼ全てエメラダへと流れるように事を運ぶのが一番の理想形。

 だって下手に自分の名前が出て身の丈以上の評価やら噂が立ったら困るもん。


 勇者となっても自分は所詮は市井の出。理解も及ばぬ国のゴタゴタやら貴族のドロっとしたやり取りには極力関わりたくないのです。


 しかし、たまにエルヴィンとエメラダ、そしてルルエさんの三人が自分抜きでコソコソと話し合っている光景を見かけるんですが⋯⋯何か他に難しい話でもしているんでしょうか?



◇◇◇◇◇◇



 さて、里から馬を出して四日が経った頃。そろそろ街に手紙が届くかどうかという時に事は起こりました。


「グレイ様! エメラダ様!」


 その日は移住してきたドワーフたちの家屋や職場となる工房作りをみんなで手伝っていました。

 そこに慌てた様子のドータさんが駆け込んできたのです。


「どうしたんですか、そんなに慌てて」


「今、里に騎士団が来ているのです!」


 息を切らせたドータさんがそう言うと、エメラダと側にいたエルヴィンが少し険しげな顔をしています。


「もうか? まだ手紙を送って四日だ。ようやくクルグスの街に着いた頃だろう」


「そうなのですが⋯⋯騎士団の方は罪人の身柄を引き取りに来たと仰っています。しかし⋯⋯」


 ドータさんの顔が曇る。

 嫌だなぁ、最近ゴタゴタ続きなのにこれ以上変なことは起きてほしくないなぁ⋯⋯。


「門の前で対応したのが父だったのですが、どうもその騎士様がたは伯爵家ではなく辺境伯家の家紋を鎧に刻んでいるらしいのです」


 おおっとぉ? ここで辺境伯がなぜ動いてくるんでしょうか。

 そもそもセレスティナの情報などはこの里だけで留まっているはずなので、辺境伯がそのことを知っているはずはないのですが。


「⋯⋯何処からか情報が漏れましたか」


 エルヴィンが苦々しげにそう呟きます。

 ドータさんは困り顔で、どうすればいいのかと右往左往。


「ここはエメラダに対応してもらうのが一番穏便に済むかもしれないな」


「あたしがかぁ? ぶっちゃけ面倒なんだよなぁ⋯⋯」


 そう言いながら、困り果てたドータさんを見てエメラダは浅い溜息を吐いた。


「わかったからそんな顔すんなよ⋯⋯騎士団は少し待たせておけ。あたしはちょっと着替えてくるから。あとグレイとエルヴィンは同席しろ、特にグレイ。お前は部外者面すんなよ? 元はお前が持ち込んだんだからな!」


 逃げんじゃねぇぞと言われれば、流石に自分も面倒事を押し付けた罪悪感もあり付いていくしかありません。


 どうやら騎士団は六人ほどでやってきたらしく、里の門前には立派な騎馬が六頭、そしてニ頭立ての馬車が止まっていました。


 郷長宅に引き返し、応接間にいるという騎士団には気付かれぬようこっそりと自分達が借りている部屋へと戻る。


 自分は特に準備もなかったのですが、エメラダは部屋に籠ると二十分ほど中から出てきませんでした。

 しかし次に彼女が扉から姿を表した時、自分は一瞬息を呑んでしまいました。


 彼女はかつて魔王スティンリーに拐われた際に着ていた、あの真っ赤なドレスを身に纏っていたのです。


「エメラダ、それ⋯⋯」


「ん? あぁ、ドレスなんて興味ないんだがこれだけは結構気に入っててな。王都から出てくる時に一応持ってきてたんだ」


 言葉は粗雑なままでしたが、薄く化粧を施した彼女はどこからどう見ても立派なお嬢様。

 女性というのは、本当に化けるものなんですね⋯⋯。


「あ、お前ちょっと照れてんなぁ? 王宮でもドレス姿は見せたろうが」


 どう視線を合わせていいのか戸惑っている自分に気づいたのか、エメラダがにやけ顔で自分をめ付けてきました。


「そうですね、けどエメラダにはそのドレスが一番似合います」


「ひぅっ!?」


 からかわれた意趣返しにあくまで自分の正直な感想を述べると、今度はエメラダが顔を真っ赤にして照れる。

 この子、こういう耐性ほんとないですよね。


「ゴホンッ! お二人とも、そういうのは後ほどゆっくりとなさっては如何です?」


 わざとらしい咳払いをしたエルヴィンに咎められ、今のやりとりが途端に恥ずかしくなってきました!

 くそ⋯⋯それもこれもエメラダが急にめかし込むからいけないんです!


「さてと。これからあたしは王女として振る舞うから一応言っておくが、お前ら⋯⋯笑うなよ?」


 若干殺気を伴った視線を向けられちょっと戸惑っていると、その間にエメラダはさっさと騎士団の待つ応接間へと歩き出してしまいました。


 エルヴィンと二人、なんのこっちゃと首を傾げながら自分達も後に続きます。


 応接間の前に立つと、エメラダは小さくアー、とかハー、とか発声練習らしきことをしてから、ノックと共にゆっくりと扉を開きます。


「騎士の方々、お待たせ致しました。このように遠いところまで、ご苦労でありました」


「⋯⋯⋯⋯ぷっ、ぐぇッ!」


 突如声のトーンが二つ三つは上がった丁寧口調のエメラダの言葉に思わず吹き出してしまい、戒めとばかりに高速の肘鉄を腹に入れられて悶絶しながらも彼女の斜め後ろへ立ちます。


 入室した彼女が誰なのか騎士の面々が気付くと、彼らは席を立ち跪いて頭を垂れました。


「王女エメラダ様、お初にお目に掛かります。ペルゲン辺境伯が麾下、白虎はくこ騎士団所属。騎士ルーメス・トロントと申します。この度は我が領地を貶めた不逞の罪人をお預かりするため、こちらに遅参致しました」


 恭しくそう挨拶したのは、オールバックに整った髭を蓄えた壮年のいかめしい騎士でした。

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