第106話 一応舌戦しました。
こんにちは、勇者です。
ドレスに着替え完全に王女に変装⋯⋯ではなく成りきった⋯⋯でもなく、えと、戻った? 王女に戻ったエメラダの前に跪く六人の騎士たち。
中でも一番身分が高いらしき壮年の騎士ルーメス・トロントさんが進んで彼女に挨拶をする。
その姿はまさに自分の中の格好良い騎士像と相違なく、思わず胸が高鳴ってしまいました。
「面をあげなさい、騎士ルーメス。
いつもとは違う鳥の鳴くような透き通る声でエメラダが言うと、ルーメスさんがゆっくりと顔を上げました。
「事がことでございます由。自領にて起こった奴隷売買という不祥事に、我が主君は大変に御心を乱されお怒りになっております。護送中に万一の無いようにと、私どもが参った次第でございます」
「なるほど。ですが私が疑問なのは、なぜその話が貴殿らの主君、ペルゲン辺境伯の耳に届いているのかということなのですが」
エメラダが目を細め、ルーメスさんを射竦めようとする。しかし彼は涼しげなもので、刺さる視線を意にも介さず流暢に言葉を続けました。
「それはもちろん。ここは我らが領地ゆえ、目も耳もございます。例えこの地が如何な辺境であろうと、些細な情報も逃しは致しません」
「それは結構、辺境伯領は隣国スルネアに対する我が国の矛にして盾。その働きを聞けば父もさぞ誇らしく思われるでしょう」
「勿体ないお言葉に御座います」
「しかし、実際のところは此度の犯罪を諸卿らが見抜けなかったのも事実」
エメラダの声音が、鋭い刃のように変わり場の空気を切り裂く。
「この件は既に事が大きくなり過ぎました。せっかくご足労頂いた皆様には申しわけありませんが、あの罪人たちは私たちが預かり王室の管理下で調査を致します」
「王女殿下、それはあまりに無体でございます。元は我が領から出た膿。なれば我らがそれを拭い払うのが道理」
「その膿とやらは、辺境伯閣下のご息女であると捉えてよろしいか?」
さらに刺々しくなるエメラダの声に、ルーメスさんは飄々と答えます。
「不躾ながら、それは少々お間違いにございます。話に聞く下手人の女、セレスティナと名乗っているようですが、それが本当ならば確かに領主様のお子に相違ありません。しかしその女は妾の子にございます、所詮は市井の血が混じった腫れ物なれば、我が
「おや、それは異なことを。私は幼い頃――そう、貴族の子らがお披露目になる城での催しで彼女にお会いしています。ペルゲン家は家名を継がせる気も無い娘を我が城に入れたということですか?」
とエメラダは言っておりますが、本当のところは全く覚えがないそうです。名前を聞いてもピンと来ない域で、「辺境伯の娘と会ったことなんてあったか?」なんて惚けたことを自分に聞いてくるくらいです。
このブラフは、セレスティナ自身がエメラダと面識があったとの証言で何とか切れた手札でした。
そしてその追求にルーメスさんは本当に一瞬、瞼を動かしました。
しかしその動揺にも満たない心の揺れは、それ以上表に出ることなく淀みない口調で反論してきます。
「これはあまり大きな声では申せぬのですが、我が
彼は全く情けないとでも言いたげに首を横に振り、言葉を続けます。
「しかし数年前にめでたくご正妻に男児がお産まれになられました。今はご長男として正式にお披露目になり、妾の子はその際に廃嫡となっております」
「なるほど、それはペルゲン辺境伯も随分と人でなしなことをなさること」
「ここは辺境伯領。常に危機と隣り合う地なればこそ、貴き血を引く者が名を継ぐのは道理でございませんでしょうか」
う〜ん、苦しい。
既にセレスティナが正妻の子ということも聞いているし、確かに辺境伯の元を追い出されはしたものの、実はまだ廃嫡の段取りを取っていないことがその後の調べで分かっています。
つまり彼女はまだ平民には落ちてはいない。
かろうじて貴族の籍を持っていることになります。
辺境伯側はその事実を自分たちが既に知っているとは思っていないのでしょうか。
それとも、懐にさえ入れてしまえば後は死人に口無し、どうとでも言い訳できるという安直な作戦かな?
「なるほど。では彼女は貴族ではなく、その罪の火の粉は決して辺境伯には向かぬとそう言いたいのですね?」
「そこまで厚かましくはございません。家名云々はともかく犯罪自体は我が領で起こり、それをみすみす見逃したのも我らの
などと言っていますが、実際のところペルゲン辺境伯がそれほど正義に実直な人か聞かれれば、答えは否だそうです。
そもそもペルゲン辺境伯という人は、領主の座に着く前から何かと黒い噂が絶えないらしい。
いま領主としていられるのも、彼が他方の貴族に対して脅しのように裏で策謀を巡らせ根回しした結果の地位。
引き渡せば最小限まで火消しをされて有耶無耶にされるのがオチ。
そんなのに重要な情報源を渡せるか! と後でエメラダが叫んでいました。
「話は分かりました、しかし答えは否です。今回の事件の範囲は我がズルーガのみならず、他国にまで及んでいます。これは一領主に任せるほど小さき事柄ではありません」
言い切ったエメラダに、ルーメスさんは初めて敵意を孕んだ視線を注ぎました。
無論ほんの一瞬のことで、よほど聡い人でなければ気付かぬほどの寸の間。しかしここにいる自分達は皆その眼に気付きました。
「どうあっても、お引き渡しは叶わぬと?」
「はい、彼らは渡しません。道中で珍しい白い虎に食われては
ちょっと地が出たエメラダがちくりと嫌味を言うと、ルーメスさんの後ろで控えていた騎士たちがこらえ切れずに殺気を醸し出してしまう。
あの、一応目の前のそれは自分達が仕える国の王女様でしょう?
挑発する方も悪いですが、乗る方も大概ですよ。
「おい」
それをルーメスさんも察したのか、チラリと振り返り彼らを諌めます。
なんだかんだとやはりこの方は優秀な騎士様のようですね、あくまでも能力の話ですが。
「誠に残念ですが、此度は王女殿下にお譲りするほかありませんな」
「おや、随分と素直に引いて下さるのですね? 後ろの方々が望むように手荒い説得をされるかと思ったのですが」
「――――部下が大変失礼致しました。流石は
⋯⋯あぁ、そういえば自分には獣人殺しの狂勇者とかってのがありましたね、不本意ですが。
「王室と事を荒立てるつもりは私たちにありません。王女殿下のご采配で罪人たちを王都へ連行するということでしたら、大人しく身を引きましょう。――――ところで、先ほどから後ろに控える方達ですが」
不意に、ルーメスさんと視線が噛み合います。
あら、ようやく気にしてくれました?
「あぁ、彼らは今回の罪人を捕らえるのに協力してくれた者たちで――こちらは私の
「!?」
急な婚約者発言に、声を抑えつつも驚いてしまいました。
エメラダ⋯⋯今の絶対にからかい目的でしたね? もう二日酔いでも解毒してやんないんだから!
「ほう、なるほどなるほど。ではそちらの御人が武闘大会で勝利し、王女殿下を魔王から救い出したという勇者殿ですか」
「⋯⋯ご挨拶が遅れました。グレイ・オルサムと申します。こちらは自分の従者、エルヴィン・カナートです」
ここで敢えてエルヴィンのことを従者と言ったのは彼が無意味に舐められないためというのと、以前から自分をそう扱えとエルヴィンにせっつかれていたからです。
仲間を従者扱いとか、本当は嫌なんですけどねぇ⋯⋯。
しかし今回の事件は奴隷問題が中心。契約したのがシルフさんとはいえ、エルヴィンとは隷属契約が成されています。
このことがもし露見するととても面倒そうなので、ひとまずは従者という扱いにしておきました。
後でエルヴィンにその判断を褒められ、ついでに今後も従者としてお呼びくださいと目を輝かせていましたよ⋯⋯。
「魔王を倒すほどの手練れであれば、さぞお強いのでしょうな」
先ほど部下を諌めた時とは逆に、今度はルーメスさんからムンムンと殺気が飛んできました。
あっ、これ面倒くさくなるやつだ! 自分こういうのもう分かっちゃうんだから!?
「どうでしょう、私たちもせっかくここまで来て何も得るものがないのは少々物寂しい。もし勇者殿がよろしければ、部下を含めて我々に一手御指南頂けまいか」
「⋯⋯あ〜、それは、どうなんでしょうねぇ? エメラダ――様」
断れ〜、断れ〜! と念を送りながら彼女を見遣ると、それはもう満面の笑み。
はい、ダメなやつだこれ。
「そちらの面子を潰してしまった負いもあります。彼でよろしければ、以下様にも手合わせされるが良いでしょう」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
よろしくないですね〜!
よろしくないって言っちゃダメ!? ダメかぁ!!
ルーメスさん率いる
コイツら⋯⋯足腰立たなくしてやりましょうか?
「では、どこか広い場所をお貸し願えませんでしょうか。もしよろしければこの里の者たちにも観覧して貰えれば、少しは娯楽のない田舎での気晴らしにもなりましょう」
こっちは今ドワーフの移住やら何やらでクッソ忙しいんですよ、早く帰れ!
とは言えずに、結局エルヴィン先導のもと里の広場で模擬戦をすることになってしまいました⋯⋯。
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