第64話 一応間一髪でした。
「己らの怠慢と傲慢を棚に上げて、救われたからと胡座をかく。そんなものが僕の眷属なのか?」
怒りを露わにするシルフに、エルフたちは困惑した。自分たちの一体何が、かの精霊を怒らせたのか、全く理解できなかったからだ。
「シルフ様⋯⋯なぜそのようにお怒りなのです。我らは怠慢も傲慢もしておりません」
「これまで里と協力して魔王を封じていたというのに、それを破られたのは怠慢だと言わぬのか」
言い訳をするグアー・リンに、シルフは深緑の瞳を鋭く光らせる。
「僕が何も知らないとは思わぬことだ。この宿主を通して貴様らの行いは全て見聞きしている」
「それは⋯⋯しかし、此度のことは竜人様のいらっしゃらぬ事がそもそもの発端――――」
「そのようなわけがあるか! 人間の求める通りリンデンを拠出していれば、少なくともあのような結果にはならなかったはずだ。発端はグアー・リン、貴様の身勝手と協調性の無さと知れ」
そこまで言われたグアー・リンも黙ってはいられなかった。
「お言葉ですが、私は集落の長として、強者として当然の行いをして参りました。そのような言い様はあんまりにございます!」
「⋯⋯一つ一つ罪を申さねば納得できぬと言うか?」
シルフの周囲に、竜巻く風が唸りを上げる。彼の苛立ちが具現化したものであった。
「一つ。なぜリンデンをもっと増やさなかった。集落周辺にばかり密生させ、繁殖を怠った。それは集落の優位性を保つためであろう」
うっと、グアー・リンが喉を詰まらせる。
「一つ。役目としてこの地に根差し人間と共にあることを望んだ貴様らが、その同朋にも等しき者に刃を向けた。竜人の来訪が遅い時点で貴様らは人間と語り合うべきだったのだ⋯⋯そうしようとしていた者がいるのも、勿論知っているが」
そう言って、少し緩めた視線をサルグ・リンに向ける。彼女は恐れ多いと顔を俯かせる。
「一つ。そもそもこれは罪というより僕の疑問だ。グアー・リン、なぜ貴様が長をしている? 本来ならば智慧に長けた者こそがその座に相応しいにも関わらず、武を慮って貴様が長と威張るのは論外だ」
「それは! ⋯⋯それは、この集落の成り立ちから来ているのでございます。我らは本郷より排斥された武に長けたものばかり。ならば強いものがそれを束ねるのは当ぜ――」
「阿呆か貴様。武を活かすなら尚のこと智のあるものを頂きとせねば意味がないだろう。それを補佐するならいざ知らず、自らの欲で長を務めるというならば貴様らは滅ぶべくして滅ぶ」
その正当性はグアー・リンの父親が存命の頃に証明されていた。
長として暴走しそうなグアー・リンを父が諫めていた頃は、比較的上手く人間と協調し合っていたからだ。しかしその戒めもないのが今の状態である。
「一つ。これは人間たちにも言えることだが、配された役目をこなせなかったそれ自体が罪だ。罪を犯したならば、罰せられるは必定」
一瞬人間たちはざわついたが、それも言葉の通りと飲み込みすぐに口を噤んだ。
一方エルフたちは思い思いの弁明をして喧しいことこの上ない。それがより一層シルフを苛つかせた。
「本来ならばこの地を治める人間の采配で決めることではあるが、暫定として此処で罰を言い渡そう。この場にいるエルフは今後三百年、集落に居を構えることを禁ずる。この里で人と交わり、少し頭を冷やせ」
その言葉にエルフたちは愕然とした。森を離れ、このような開けた場所で暮らせというのか、とても無理だ、と。
「ちょうど良い、本郷にある僕の
「人間と交わるなど、それは禁忌に値します! どうかご再考を!」
「それは誰が決めた? 元より貴様らは僕と人間の間に生まれた種族。今更何を気にすることがある」
それはエルフたちも初めて知ることだった。まさか高貴な自分たちの血に、元々人間の血が含まれていたなど誰も思っていなかった。
「しかし⋯⋯しかしそれは納得がいかぬ! あなたは本当に風の精霊なのか、よもやシルフ様を騙る偽物ではあるまい!?」
興奮し、元々頭の足りないグアー・リンがとても口にしてはならないことを言ってしまった。周囲のエルフたちもそれには閉口し、少しずつ彼から後退り距離を置く。
だが既に遅い。もはやシルフは眼前のグアー・リン、ひいてはエルフ全てを侮蔑の目で睨み溜息を吐く。
「――――もう良い。よく分かった。貴様らの愚かさも僕の罪と受け止めよう。ならば私も罰を受けねばならないな」
そう言って、弓を構える。先程のデンリーとの戦いとは違い、
「自らの眷属を手に掛けるのは心苦しいが、これが僕への罰だ。貴様らはこの世から
煌々と光る矢を見て、エルフたちは恐れ逃げ出す。しかしそんなことではシルフの矢から逃れることなど叶わない。
日は落ちかけ夕闇に染まる里がシルフの矢の光で照らされ、それに巻き込まれると思った人間たちも自分たちの死を覚悟し、しかし慌てなかった。
彼らは悔いていた。お役目を果たせなかったことを、真に罪と受け入れていた。眼前の罰が自らに降りかかるのも致し方ないと、そう諦めている。
それがシルフにはとても虚しく思える。なぜこのエルフたちはここまで愚かに育ってしまったのか。
灰へと還り、せめて森の礎となれ。そう願いシルフは弦から指を離す。
滅殺の光は一瞬で里を包み――――しかし、誰もが生きていた。
数秒の間が空き、不安げに見回す人々の元に遠くから爆音が届く。
その先では、高い山の頂きが消し飛んで形を変えていた。まるで噴火したかのように赤い熱光を伴って岩が溶けているのが見える。
「何考えてるんですか、馬鹿なんですかアンタ!? 短慮にも程がありますよ!!」
そう叫んだのは、他ならぬ矢を放ったシルフ本人。しかしその口調は先程までとは違う間の抜けたもの――――仲間たちが聞けば、それはグレイの言葉だとすぐに分かった。
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