第63話 一応消し飛びました。

 腐肉の欠片を撒き散らしながら飛び立った魔王竜デンリー。怒りとも取れる咆哮を上げながら、突き進む先は小さき人影。

 されどそれは人に非らず。金色の髪をたおやかになびかせて、一蹴するは腐れ竜の醜きあぎと


 ただのひと蹴り、それだけでデンリーの下顎は剥がれ、鋭い牙と共に地面へと落ちる。


「ァ゛〜〜〜ーーーーーーーッ、ーーーーーーーーッ!」


 最早雄叫びにもならぬ声を響かせ、デンリーは空中でもがく。腐った赤黒い血がそこら中に撒き散らされ、里の中を穢していく。


「むぅ、矢鱈に怪我も負わせられないな。死に損ないの腐れが、どうにも厄介だ」


 言いながら、グレイ――――改めシルフは落ちていた弓矢を手に取り、文字通り矢継ぎ早に何本もの豪弓をデンリーに射掛ける。


 穿たれた箇所はまるでくり抜かれたように抉られ、そのどれもが致命傷になり得るはずだった。しかしボコボコと肉が盛り上がると、その穴もすぐ埋められてしまう。


「腐っているくせに回復は一丁前か。いや、異常な回復力で腐っているのかな?」


 矢を放ちながらも考察し、ふと試しに頭を狙い、射抜く。

 首が消し飛び、力を失って墜落するかに思えた。しかしそれも一瞬のことで、首のないままデンリーは羽ばたき続け、次第に失くした頭部までも再生していく。


「これはこれは、人間たちが苦労するわけだね。此れにあの傾聴と扇動の力が合わさっていたのなら、封印もやむ無しというものだよ」


 さてどうしたものかと、シルフは顎に手を当てる。デンリーの吐き出す息吹ブレスも気に留めず軽々と避け、周囲を見渡し思案する。するとあるところに目を留めた。


「おい、そこのエルフ」


「ひぃあっ!? は、はい、何でございましょう我らが始祖!」


 声を掛けられたのはグアー・リンであった。突如空から現れたものが自分たちの崇拝する風の精霊であり、しかもそれがトラウマを植え付けられたグレイに宿っているのだ。話しかけられたグアー・リンの心中は混乱どころの話ではなかった。


「お前のその弓、中々良いこしらえをしている。それを寄越すがいい」


「い、いえしかし⋯⋯これは本郷よりの先祖伝来の逸品――――」


「お兄様っ!」


 サルグ・リンの一喝で、グアー・リンは渋々と自らの持つ弓を捧げた。それは世にもう存在しない魔木の枝と純真鉱石で作り上げられた、真の名弓。手に取ったシルフはそれをいたく気に入ったらしい。


「よしよし、ならば後は矢だが⋯⋯」


 腰に手をやる。そこには魔王の魂が宿るという剣が携えられていた。鞘から引き抜き、それを矢に見立ててつがえれば、そこに風が集まり緑色の光を帯びていく。


 デンリーは何ぞ身の危機を察したか、急ぐように高く高く距離を取った。とても矢では届かぬほどに。


「洒落臭いなぁ、そんなんで無事に済むわけもないのに」


 シルフは更に弦を引き絞る。それにつられ光も増し、キンと輝くと剣は一本の矢に変化していた。


 対してデンリーも、自らの魔力を極限まで集めた最大規模の息吹ブレスを放とうと大口を開ける。それが直撃すれば、里どころかこの辺り一帯に巨大な穴が空くほどの集束の一撃。


 互いが互いを睨み、その瞬間を窺う。まだ早い。まだもう少し。そうして暫しの時が過ぎた時、風がピタリと止んだ。


「消しとべぇっ!!」


「ガァ゛ァァア゛――――ッ!!!!」


双方が一撃を放つのは同時であった。赤と黒の渦巻く火球、眩く細く飛びゆく緑の一矢。それがぶつかり合い、空中で爆発した。その衝撃は遠く離れているにもかかわらず人やエルフたちを襲い震え上がらせる。


 そしてそれぞれの一撃に勝利したのは、シルフの放った矢であった。火球に触れてもなお其れの勢いは衰えず、むしろその爆発力をも取り込んで巨大な光の柱となり一瞬でデンリーを包む。


 断末魔の一つもなく、腐った魔王竜は塵と化した。更に伸びる光の柱は雲をも引き裂き、まるで天のきざはしがこの地に降ろされたかのようだった。


「はぁ、これでオッケーだね――――ん? 剣はどうするんだって? 大丈夫だよ、すぐ戻ってくるから」


 誰に話しかけたか、それは身の内に引っ込んだ身体の主であるグレイに対してだった。程なくして空からキラキラとした物が落ちてきて、シルフはそれを迷うことなく掴み取った。

 その手に戻った魔王の剣は、矢として番られた時よりも更に長くなり、もう完全な直剣となっていた。


「はい、これで君の望みは叶ったね。空も風も堪能できたし、後は食事だ! 僕は物を食べるというのにとても興味があったんだよ! 今から楽しみだ――――でも、その前に」


 シルフがゆっくりと里へ降り立つ。奇しくもそこは封印の祭壇があった場所で、今なお里の中でも高い位置になり全てを見下ろせる。


「おぉ⋯⋯おぉ! 精霊様、我らが始祖シルフ様!」


「お助け頂き感謝いたします! 風の精霊の御加護は、やはり我らエルフのもの!」


 助かった者たち、とりわけエルフたちは歓喜に満ち溢れていた。自分たちの信仰する対象が目の前に現れ、手ずから救ってくれたのだ。これを加護と言わずして何と呼ぼう。しかし⋯⋯。


「このたわけどもがっ! 何を悠長に喜んでいるっ!?」


 轟風伴うシルフの一喝は、エルフたちを黙らせるだけでなく恐怖でくずおれさせるに充分な怒気を孕んでいた――――。

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