第53話 一応マジギレしました。

 おはようございます、勇者です。


 なんか子供の時の恥ずかしい夢を見ていた気がしますが、こういうのはさっさと忘れるのが吉。

 ……母さん、元気してるかな?


 さて、軽く朝食を摂るといよいよエルフの集落へ儀式参加の交渉に出発です。


 ちなみにエルヴィンさんは昔の資料と封印の魔鉱石の調査に付きっきりで動こうとしないので置いてきました。たった一晩で目が濁りきり、フラフラとしながら取り憑かれたように研究をする彼が少し心配になります……。


 どうやら集落まではまともな道はなく、獣道を伝って歩くと言うのでますますドータさんの案内は必須でした。


 すこし気の弱い彼のことですからもう少し怯えているかと思ったんですが、むしろ早く行きましょうと急かされるほど。どうしたんでしょう?


 ドータさんに先導されて森を歩くこと小一時間。

見えてきたのは広場のように拓けた場所と、それを取り囲むように生えた木々に建てられたツリーハウスと蔦橋の数々。それが蜘蛛の巣のように木と木を繋ぎ、まるで空に浮かぶ道のようでした。


 エルフは出生率が低いとされていますが、木々を渡り歩く人たちを見ているとざっと数えても四十以上のエルフがいるように思えます。襲撃時の数も考えるともっとたくさんいるのでしょう。


「あらあら。これじゃ本郷のほうより立派なんじゃなぁい? こんなに栄えてるエルフの離れ集落は初めて見たわぁ」


ルルエさんの言うところでは、エルフたちには故郷であり聖地である本郷とういう場所があるという。そこで罪を犯したり、あるいは人口密度の過密から本郷を追いやられた者たちが作るのが離れ集落ということらしい。


 本来ならば大きくても二十人規模のものが一般的だそうです。そう考えるとこの集落は確かに大きいですね。


「元々は本郷の中でも武に特化した者たちが分派して出来た集落だと聞いています。基本エルフは争い事を避ける傾向があるので、ここに結構な数の武闘派エルフが排斥されたんだそうですよ」


 理由づけとしては、魔王討伐に本郷の精鋭たちを派遣する、ということだったらしい。結局のところ過激派の厄介払いですか。


 そしてその説明で昨日までのエルフの行動にも合点がいきました。ようするに、ここにいるエルフはみんな血の気の多い連中ばかりなんですね……。


「里の郷長の息子、ドータだ。長にお客様をお連れした。通せ」


 集落の入口らしきところに体躯の良い門番が二人、黙ってこちらを見ている。その目付きと態度から通す気は全くないようです。


「……こちらは竜人様のご息女であるクロ様だ。貴様ら、それでも我々をここに留めるというのか?」


 ドータさんがスッとクロちゃんを前に施すと急に門番たちは慌てた様子で、一人を確認に走らせました。あの、うちの子を交通手形みたいに扱わないで?


「長がお会いになるそうです。ご案内します」


「いつものところにいるのだろう? 自分たちで行く」


「ご案内します」


 有無を言わさぬ威圧感は、言外にうろちょろするなという意思表示でしょう。


 うぅ……自分の中ではエルフってのんびりほのぼのとした性格だと思っていたのに、現実は真逆じゃないですか……思った以上にガチムチも多いし!


 そうして通されたのは、おそらく居住の為に拓かれたのとは別の、とても広大な広場でした。

その中では武器を持つエルフたちが思い思いに稽古しているようで、その中に昨日見た脳筋エルフ――――グアー・リンも混ざっていました。


 立派な弓に矢を番え、遠く離れた的に射っている姿はさながら物語に謳われる森の狩人のようです。


「よく来たな。それが竜人様の娘という黒竜か」


 こちらに一瞥もくれず、グアー・リンは的のほうを見たままです。クロちゃんのことを「それ」と言われてムッとしたものの、ここは大人として何も言わずグッと我慢です。


「グアー・リン。例年とは少し事情が変わった。今年はこのクロ様に儀式を執り行って頂く」


 ドータさんはすこし緊張しているのか、声が微かに震わせながらもグアー・リンに説明していきます。

竜人様がもう亡くなっている可能性、そして封印自体も限界にきている旨を話すと、ようやくグアー・リンはこちらに目を向けました。


「そんな子娘に封印の儀式が務まるのか? それよりも貴様らがほかの人間に泣きついて助けを請うほうがマシだと思うが」


「……ぐれー。クロ、りゅうになる?」


 昨日のお説教がしっかりと身に沁みているのか、クロちゃんが控えめに自分の袖を引っぱりました。


「いいえ、大丈夫ですよ。クロちゃんが竜になった姿はこの人たちも見ていますから」


 努めて笑顔を作りクロちゃんにそう言いつつも、いっそ黒竜になってこの場のエルフたちに話を聞かせるほうが早いんじゃないかと脳裏に浮かびます。


 いやいや、何事も穏便に。お話合いは大事なのです。たとえ相手がこちらを舐め腐っていようとも。


「今は一刻の猶予もない。封印の魔鉱石の濁りも日々酷くなっている。二日後には儀式を行うので、エルフたちも里に集まってもらいたい」


「嫌だ」


「は?」


 予想外の答えに、ドータさんが目を丸くしています。付き添ってきた自分たちにも困惑が広がり、周囲で鍛錬をしていた他のエルフたちもこちらの動向に注目しているようです。


「我らはもう人間の言葉に従うことを是としない。やりたければ勝手にやるが良い」


「そう言う訳にはいかない! 儀式にはクロ様はもちろん、儀式に参加する者たちの魔力も必要になる。それくらいはあなたもわかっていることだろう!?」


「ならば魔力の強い人間でも掻き集めればよかろう。我らは知らぬ」


「あなたはお役目を放棄するというのか!?」


「元より我らが従っていたのは恩ある竜人様あってのもの。その方がお隠れになったとあれば、もう貴様らに付き合う義理もない。これ以上森の木を伐ることも許さぬ」


「めちゃくちゃだ! それではエルフたちもこの森を追い出されることになるぞ!」


 元は魔王討伐に係わった各国の取り決めで封印の役割を定め、エルフの居住権もお役目があるからこそ認められていたらしい。しかしそれを放棄するとなれば、確実にズルーガを始めとしたほかの国も良い顔をしないですね。


「ならば我らはこの森を守るために死力を尽くす。……いっそ魔王が復活してくれたほうが色々とやり易いかもな?」


 グアー・リンの整った顔が、下劣に歪む。それは本心なのかもしれません。でなければあの時、里の代表であるウーゲンさんを殺そうなどとは思わないでしょう。


「まぁ貴様らは貴様らで頑張るといい。本当に竜人様の娘なのかも分からぬ余所者に頼るくらいだ。他の人間の足を舐めて懇願でもすればどうにでもなるんじゃないか?」


 そう言い放たれると、ドータさんは口をパクパクさせながらも二の句を継げません。本当にこんなことは予想外だったようです。


 流石に可哀想に思い、横から口を挟むことにしました。


「エルフというのは随分と危機感がないんですね。あなたは魔王討伐の時代の当事者なんでしょう? 恩人が亡くなったからハイおしまいとは、なんとも薄情なことです」


 ……あれ? 本当は協力してくれるようお願いしようと思ってたのに、口から出たのは挑発の言葉。ちょっと自分でもこんな毒を吐くなどと内心驚いてしまいます


「また余所者が知った口を……。そもそも貴様らが連れてきた黒竜の娘というのも怪しいものだ。あの誇り高い竜種が人間に隷属するなど、恥を知るが良い」


 ……ちょっと、それは聞き捨てなりません。


「いくら竜だからと、あのお方の尊さには遠く及ばん。それを竜人様の娘? どんな戯言だ。そんな偽物を連れて来て不敬にも程がある」


 …………もう、喋るな。


「まぁ、もう我らは関わらんと決めたのだ。その偽物と好きにやると良い。それにしても……ハッ、飼い慣らされているから仕方ないんだろうが、人間に媚を売るとはなんとも情けない家畜姿だ」




「お前もう黙れ」




 それはもう盛大にブチ切れました。

 目の前が真っ赤になり、気が付けばグアー・リンの懐に潜り込んで突き出た顎を思い切り殴り上げていました。


「あ、いま「瞬転」が発動した……」


 クレムがなんか言いましたが耳に入りません。

 衝撃で身体が浮いて盛大に倒れ伏し、暫し目を回していたグアー・リンは、ようやく視点が定まり起き上がると憤怒を滾らせ自分を睨みつけてきます。


「貴様ぁ! ここが何処か分かっているのか、このような狼藉……生きて帰れると思うなよ!?」


「黙って聞いてればゴチャゴチャゴチャゴチャ……恩だなんだと言い訳付けて、挙句うちの子を――――可愛いうちの子を! 偽物の家畜呼ばわりとはどういうことです! エルフの長だか知りませんがアンタこそブチ殺しますよ!?」


 もう自分の怒りは収まりません。見上げるグアー・リンに渾身の殺気をぶつけると、彼は気迫負けして一歩二歩と後ずさりします

それは無意識だったらしく、周囲の目を気にしてか威厳を保つため手荒に胸倉へ掴みかかってきました。


「上等だ! ここで貴様ら全員、生きたまま獣の餌にしてくれる! 楽に死ねると思うなよ!?」


 そうしてしばらく無言の睨みあいが続いた時、不意に広場全体に通る声でルルエさんが言いました。


「じゃあ、決闘しましょう! エルフの集落全員とグレイくん一人で!」


 ……自分の頭は、その一言であっさりと冷めてしまいました。

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