第52話 一応スキルを覚えました。

 こんにちは、勇者です。


 クロちゃんへのお説教も済み、散々泣いて疲れたのか抱っこした自分の胸でぐっすりと眠ってしまいました。

 ルルエさんが寝かしつけてくれるというので預けると、自分はこれまでずっと考えていたことを実行するチャンスだと思い、クレムとエメラダに声を掛けます。


「クレム、エメラダ。ちょっとお願いがあるんですが」


 二人が振り向き、自分は意を決して二人に頭を下げました。


「自分に――――スキルを教えてください!!」


 その言葉にクレムは目を瞬かせ、エメラダはハァ? と何処か呆れ顔でした。


「スキルってお前……今でも充分なくらい強いし精霊術だってあるだろ」


「そうそれ! 最近はルルエさんに精霊術を使用禁止されることが多いんですよ……」


「先程のエルフの襲撃でもダメって言われてたらしいですね」


「はい、でもエルフの長を始め、集落の精鋭と呼ばれた人たちはみんな精霊術なしの自分に近い実力を持っていました」


 一人相手にするならともかく、あの時は七人もいた。さすがにあれで精霊術なしはちょっと過酷です。


「ですので、自力の状態でももっと鍛えたいんです。今まで詠唱は聞いたことは無いですが、多分二人ともスキルを持ってますよね?」


 ちょっと期待の含めた視線を送ると、二人ともそんなことかという表情をしています。


「まぁ基本的なのと打撃系なら覚えてるけどよ、それくらいお前も使えんだろ?」


「使えません」


「…………は?」


「自分は盗賊シーフ……もとい、斥候スカウト紛いなスキルしか使えません。ほんの少し前まではそこらの冒険者より弱っちかったんです、格闘系どころか戦闘に関するスキルなんて覚えるのは無理でした」


 ナニ言ってんだこいつって顔でエメラダが自分を見て、クレムに顔を移します。


「本当ですよ。お兄様は精霊術を会得するまではエメラダ様よりずっと実力は下でした。それでも果敢に戦うお兄様はとっても素敵でしたけど!」


 なにやら思い出したようにクレムが自分の世界に入ってしまいましたが、今は現実でスキルを教えてほしいのです!


「し、信じられねぇ……まぁ別に教えるのは良いけどよ」


「ありがとうございますっ! クレムはどうですか?」


「お断りする理由もありません、今のお兄様の強さなら僕たちが教えて何回か実践すればすぐ覚えられるようなものばかりだと思いますよ」


「よし! じゃあさっそく外でやりましょう!」


 里の人の迷惑にならないように、端のほうの広い場所を確保し、さっそくレクチャーが始まりました。


「そう言えば疑問に思ってたんですが、なんで二人はスキルを唱えずに発動できるんですか?」


「は? そんなのしなくていいに決まってるだろ、いちいち言ってたら相手に見切られちまうじゃねぇか」


 え? なにそれ、スキルってそういうものなの? でも自分が会った人たちはみんな声高に叫んで使ってましたが……。


「頭の中で唱えればいいだけですよ、魔法とは違って自分の精神に語りかけるものですから。多分お兄様の周りにいた人たちはまだ未熟で声に出さなければスキルのイメージが出来なかったか、単に恰好つけるためにそうしてたんだと思います」


「うそ……自分いつも声に出してた」


 試しにちょっと物陰に隠れてから隠密ハイドを頭の中で唱えてみたら、エメラダの前に出てもまったく気付かれませんでした。なんだったの今までの自分! すげぇ恥ずかしいんですけど!?


「…………本当に口にしなくても使えるんですね」


「うおぁっ! ビックリした、急に現れんな! でもすげぇなそのスキル。一体誰に教わったんだ?」


「今覚えてるスキルは全部独学です。使ってる人の見よう見まねでやってたら出来るようになりました」


「……普通スキルを独学でなんて、いくら補助系でも無理だぞ。やっぱおまえ変だって」


 だって教えてくれる人なんていなかったんだからしょうがないじゃないですか! これでもすごい努力したんですよ!!


「ま、まぁとにかくやってみましょう。そうですね、基礎的なものだと――――」


 二人が話し合って候補として挙げられたのは「筋力向上」「貫通特化」「衝撃軽減」でした。しかしクレム曰く、貫通特化以外は今の自分が覚えても焼け石に水ということです。な、なんだってぇ……。


「じゃあ貫通特化だけでいいです……」


「そんなに落ち込まないでくださいっ、ちゃんと上位スキルもお教えしますから! まずは貫通特化ですね」


 その辺に転がっていた木の板と適当な棒を拾ってくると、エメラダが板を持ち、クレムが棒を構えました。


「まずは何もしない状態で……もちろん普通の力で抜けない程度に加減しますから見ててくださいね」


 そう言ってクレムが軽く棒を突き出すと、木の板にコンッと当たり、特に割れもしませんでした。


「次にスキルを使って同じ力具合で突いてみますね」


 そう言ってもう一度棒を突き出すと、今度は木の板にズボッと刺さりました。おぉ、これが攻撃系のスキル!


「どんなスキルにも共通しますが、大事なのはイメージです。お兄様が使っている隠密ハイド忍足スニークとも要領は同じですから」


 はい、と木の棒を手渡され、自分も木の板が割れない力加減で突いてみます。ふむ、これくらいですか。


「じゃあ今度はよくイメージしてやってみましょう。そうですね……木の板が粘土か何かだと想像して、そこにめり込ませるような気持ちでやると良いと思います」


 イメージ……。力を込めず、しかし棒がめり込んでいく感じ? う~ん。


「……っこうだ!」


 カコン、と板に弾かれ一度目は失敗。二回三回と試し、四回目。ようするに、対象物に刺さればいいんですよね。あれは粘土、あれは粘土、あれは粘土……。


「はっ!」


 スコンッと小気味良い音が響き、今度は見事に棒が貫通しました。


「おぉ! 出来た!!」


「おめでとうございます! これは色んなものに応用できますよ。剣は勿論、槍、弓、素手、基礎スキルとしては結構お役立ちです」


 ……これ、アルダムスさんと戦ってる時に使えたらもっと楽だったんじゃないかなぁ。


「じゃあもう上位スキルでいいよな? あたしが教えるのは「乾坤一擲」だ。お前はもう既に見てるはずだから、あとは実践あるのみだな」


 乾坤一擲は、追い詰められたり切羽詰まった時に攻撃を繰り出すと発動するスキルだそうです。武闘大会の時、準決勝でエメラダの手刀で肩を叩き折られたのがこのスキルなんだとか。


「え、そんなスキルどうやって練習するんですか」


「勿論、こうすんだよっ!」


 背後でジャラジャラと音がしたかと思えば、エメラダの呼び出した鎖が自分を絡め取り、腕以外身動きが取れなくなりました。それに合わせるかのように、クレムが飛び出し割と本気めの斬撃を繰り出します。


「どわぁっ!?」


 慌てて双剣を引き抜きクレムの攻撃を弾くと、クレムはふむと頷いています。


「今のは普通な感じですね。もう一度です」


 そして何度も斬りつけられるのですが、段々とクレムの剣に力が籠っていき、今は弾くこともできずただ受けるだけになってきました。


「受けんな! やり返せ、ようは気合いだ! 刺し違えてでも相手にぶちかましてやるって思いでやれっ!」


「そんなのわかりませんよっ!?」


 とは言いつつも、あの時のエメラダの気迫を思い起こします。

 あの時の彼女の重い一撃。それを想像しながら、振り下ろされるクレムの凶刃に気合いを込めて短剣を振り抜くと、これまでとは違った手応えでガチンと弾き返すことが出来たのです。


「い、いまの! いまのどうでした!?」


「はい! とてもいい弾きでした、ちゃんとスキルが発動してますね!」


 ハラハラとしたレクチャーが終わると思うと、ふうと息を吐きます。なんかこのスキルはあまり使いどころがない気がします……。


「そんなことねぇよ、いざって時に形勢を引っくり返せる有能スキルだぞ!」


「はいはい、わかりましたから鎖を解いて下さい。なんかこれ、以前にも増して強度が上がってるから精霊術無しじゃ振り解けないんです」


 ポロっと素直な感想が口から零れると、エメラダは気を良くしたのか、一度緩めた鎖を自分の手首に付いた銀の手枷に繋げてきたのです。


 今まではなにも付いてない状態だったからまだ良かったですが、鎖がぶら下がるといよいよ奴隷度が増して見えます……。


「へへへ、どうだ? 奴隷勇者グレイ。悔しかったら解いて見やがれ!」


「ぐおぉ、引き摺らないでぇぇっ!」


 力任せに鎖を引かれ、ズルズルと地面を滑っていたその時。なにやら身体の内から湧きあがるものを感じました……別に変な意味ではないですよ!?


「ちょ、ちょっと待ってくださいエメラダ! なんかおかしい!」


「なにがだよっ! おかしいってんなら初めからその格好がおかしいんだよ!」


「ごもっともですが違うんです、なんか手枷に鎖が繋がった途端に力が――――っていい加減にしなさい!」


 散々引き摺られて少しイラッとしたので思い切り引っ張った途端、鎖を持っていたエメラダがグッと引き寄せられ、ふわりと宙高く投げ出されてしまいました。


「ハ、ハァッ!?」


「うわ、あぶなっ!!」


 慌てて落下地点まで駆け寄りエメラダを受け止めましたが、何が起こったのか分からず二人でキョトンと見つめ合ってしまいます。


「…………ゴホン! いつまでそうしているつもりですか?」


 クレムの一声で我に返り、胸に抱いていたエメラダをゆっくり降ろします。彼女から小さく舌打ちが聴こえたような気がしますが後が面倒になりそうなので無視です。


「ひょっとしてこの手枷、鎖を付けると効果が上がるのでは」


 精霊術も使っていないのに、とんでもない力が入ってしまったことに内心ドキドキです。


「マジか……まぁあの変態が残してった装備だし、大いにあり得るな」


 アルダムスさん、何処までも緊縛に拘るんですね……。しかしこれは大きな発見です。いざという時にとても役立ちそうな予感。


「では最後に、僕からの上位スキル「瞬転」です」


 瞬転は、いつもクレムが懐に潜り込む時に使っているアレでした。速い速いとは思っていましたが、まさかスキルだったなんて……ちょっぴり裏切られた気分です。


 しかしこのスキルの習得は残念ながら一日では無理でした。何度もクレムの熱い指導の元思考錯誤を繰り返しましたが、ついぞ発動は叶いません。


 もう夕方ということもあり、ひとまずは新しいスキルが二つも増えたことを喜び郷長さんの屋敷へもどることになりました。そのうち絶対覚えてやりますよ!


 勇者はスキル・貫通特化を覚えた!

 勇者はスキル・乾坤一擲を覚えた!


……一度言ってみたかっただけです。

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