第49話 一応強襲されました。

こんにち『敵襲ーーー!!』


 ……こんにちは、勇『てきしゅ~~~っ!!』


 うるさい! こんにちは、勇者です!!


 さっきから警鐘と共に野太い男の声が盛大に里中へ響き渡っています。これ絶対に面倒なやつ! だってルルエさんが嬉しそうだもの!


 宿の窓からすこし様子を見てみると、丸太で組んだ里の高い壁を軽々と越え、弓矢が雨のように降り注いでいます。

 里の人たちは大慌てで屋内に逃げ込んでいますが、混乱状態で逃げ遅れている人たちが大勢いるようです。その中には女性や子供も……。


「――あぁ! もう!!」


 自分は窓を開け放ち、一気に外へと飛び出しました。弓矢は自分のほうにも飛んできますが、狙いもせず弧を描いて飛んでくる矢など今の自分なら手掴みで対処できます。


「お兄様っ!」


「クレム、逃げ遅れている人が大勢います。皆で助けてあげてください。自分はあの矢をなんとかします!」


 言い放ち里の中でも拓けたところまで駆け抜けると、久々に精霊術を使うため風の精霊を身の内に取り込みます。


豪風結界エアリアルウォール!!」


 天に手を掲げ、なるべく広い範囲を覆うように意識して風の盾を里中に張っていきます。矢はそれによって落下を阻まれ、フラフラと空中で漂う。


 その隙に動ける人は屋根のあるところへ隠れ、怪我を負った人たちもクレムやエメラダが引き摺るように救助していきます。その間も矢はどんどん射ちこまれてきて、勢いを衰えさせません。


「よし、グレイ! もう大方の避難は済んだぞ!」


「ありがとうございます、エメラダ。じゃあこれを持ち主にお返ししましょうか」


 掲げる手にグッと力を込めると、それまで渦を巻くように空を覆っていた風の盾の方向を変え、宙に浮かぶ全ての矢を壁の向こうへと押し返しました。


 途端に向こう側からたくさんの悲鳴が聞こえ、あちらがけっこう悲惨な状況になっているのが窺えます。まぁ自業自得ですよ。


『っ! 壁を登ってくるぞぉ! 男たちは武器を取れ!』


 見張り台にいた一人がそう叫ぶと同時に、壁を乗り越えてきた人影が身軽に声を上げた男へと飛び掛かっていきました。

 それに続くように、わらわらと壁向こうから何人もの襲撃者が里へと侵入してきます。


「…………エルフ」


 襲撃者は皆、クレムのような金髪を蓄え、耳の尖った見目麗しい者たちでした。しかしその眼は怒気に満ちていて、物語や人から伝え聞いたエルフの印象とはまるで違って見えました。


「いや、っていうかちょっと多すぎません!?」


 どんどん侵入してくるエルフたちの数はもはや数えきれませんでした。あっという間に全ての見張り台の監視を潰し、弓や細身の剣を手に大勢が里を駆けまわって住民を襲い始めます。


「おー、エルフの割に気合い入ってるわねぇ」


 いつの間に隣りに並んでいたのか、ルルエさんがその光景を楽しそうに眺めていました。


「という訳でグレイくん、久々の課題よぉ! あのエルフたちを追い返しなさい。ただし、精霊術なしで」


「え!? それはちょっと厳しくないですか!」


「そうでもしないとハンデにも修行にもならないでしょぉ? 雑魚は里の人に任せていいから、強いのだけ相手しなさいな」


 バンと背中を叩かれ、自分は渋々周囲を見回します。何処も彼処も大騒ぎの状態ではありますが、圧倒的に劣勢な集団を見つけては助太刀に入ることにしましょう。


 双剣ではなく、腰から鞘ごと直剣を手に取ると、一先ず手近な者たちに殴りかかります。


「ぐぁっ! なんだお前――――っ」


 里との関係上、殺してしまったりするのはまずいでしょう。峰打ちで邪魔な数人を薙ぎ払い、一度周囲を見回します。


 クレムも同じように剣を鞘に納めたままエルフを殴り倒していて、エメラダは喜々として鎖を縦横無尽に振り回しています。

 エルヴィンさんは精神系の魔法なのでしょうか、手に持つ木札を割る度に周りのエルフたちが昏倒して倒れていくのが見えました。


「さて、何処に行こうか――――あ」


 ふと見遣った先に、ドータさんと郷長のウーゲンさんが槍を手に奮闘しているのが目に止まりました。しかし相手は手練れの様で、二人掛かりの突きも薙ぎも軽々と避けられています。


 ついには突きだした槍を相手に奪われ、ドータさんが今にもやられてしまいそうになっています。


 相対していたエルフが持つ手斧がドータさんの脳天に降り下されようという直前、自分は双剣の一本を抜き思い切り投げつけます。


狙い通り短剣は手斧を弾き隙を作る。自分はその間に距離を詰め、郷長親子とエルフとの間に割って入りました。


「――――ちょっと、乱暴すぎません? いま殺そうとしたでしょう」


「な、なんだお前は……余所者か?」


「はい、通りすがりの余所者です――――ところで、あなた本当にエルフですか?」


 目の前のエルフは、自分よりも頭一つ分は背が高く、きめ細やかな白い肌にはあまり似つかわしくない筋骨隆々な偉丈夫でした。美系ではあるのですが、少しエラが張り美しいというよりは勇ましいといった風貌です。


「無礼な! 俺はれっきとしたエルフ、パグムの集落の長、グアー・リンだ!」


「わざわざご丁寧な挨拶をどうも。グレイ・オルサムです」


 自分もついでに名乗ると、ムキムキエルフのグアー・リンはキョトンとした顔で自分を見下ろしています。


「あなた方の諍いはウーゲンさんから少し伺ってますが、これは少々やりすぎでは? これでは軋轢が増すばかりでしょう」


「余所者が知った口を! こいつらは自分たちのお役目を盾に、片っ端から木を伐っていく。私はこれ以上の横暴を許さぬためにこうして参ったのだ!」


「あなた、里の事情をちゃんと聞きました? 今は非常事態らしいですし、もう少ししっかりと話し合ったほうがいいと思いますが」


 するとグアー・リンはフンと鼻を鳴らし、眼光を尖らせます。


「どうせこいつらは大げさに事を荒立てているだけだ! これ以上この里にくれてやる木は一本足りとて無い!」


「……ドータさん、エルフってみんなこういう脳筋思考なんですか?」


「あ、や、強情なのはグアー・リンだけで、他のエルフはそこまで……」


「の、の、脳筋とはなんだぁぁっ!!?」


 青筋立てたグアー・リンが、手斧を振り下す。さっと上段の構えでそれを受けるも、思った以上の力でガンと衝撃が全身に響きます。


「ぐっ、重っ!!」


「ほぉ? 人間にしてはやれるな。私の一振りを防ぐとは。ならば」


 すこし間合いを置くと、グアー・リンは腰からもう一本手斧を取り、両手で構えました。自分も剣を腰に戻し、先程投げた短剣を拾って双剣として両手に握る。


「ドータさんとウーゲンさんは下がっててください。出来れば屋敷に戻っていてもらえると助かります」


 言外に邪魔だと伝えると、その意を汲んで二人は足早に逃げていきました。


「ハッ、腰ぬけが。あれで里の長が務まるはずもない」


「強い弱いで判断するのは筋違いでは?」


「違う! 強い者が集団を束ねる。私は二百年前にそれを身を以て知った! あれらは長として失格だ!」


 あーもー、なまじ強い石頭は本当に面倒ですね……さっさとこの気概を折って退いてもらいましょう。


「……脳筋エルフ」


「っ貴様、まだ言うかぁ!!」


 二本の手斧が翻り、空を切る。頭に血が上った攻撃なんて読みやす過ぎて当たりませんよ、と言いたいところですが彼の実力は本物のようで、ちょっと油断できません。


 その身に合わぬ華麗な斬撃の数々を避け、打ち払い、たまに牽制としてこちらも斬りつけます。しかし向こうも身軽に避けては一進一退が続く。


「ふむ、本当に人間にしてはやるではないか。かつて魔王と戦った時に肩を並べた猛者たちと比べても遜色ない技だ」


「そちらも、体格に似合わず身軽ですね。さすがはエルフ」


「褒めているのかいないのか? まぁいい。それが貴様の実力ならば、もう終わりだ」


 グアー・リンがそう言った瞬間、背後から殺気が襲う。考える前に身体が動き不意の一撃を避けるも、逃げた先で瞬く一閃が奔り、自分の肩を浅く斬り裂く。


「っ!? これは、あの夜に襲ってきたエルフたちですか」


 いつの間にか自分を囲むように、六人の黒い布を顔に巻いたエルフたちが特徴的な曲剣を構えて殺気を剥き出しにしています。あの時のような生温さはなく、確実に殺しにきているようです。

恐らくはグアー・リンも含め、一人一人が自分と互角程度の実力の持ち主でしょう。


「我が集落の精鋭、たった一人で相手に出来るかな?」


「……ちなみに、エルフに騎士道精神とかあります?」


「あったらこんな布陣はしないな」


 ですよねぇ? さて、ちょっと本気で困った。ルルエさんとの約束を破って精霊術を使えばなんてこともないですが、そうすると今より悲惨な状況になる気がします。


「では死ね、勇敢な通りすがり」


「だからなんで皆すぐ死ねとか言うんですかね!」


 途端、その場の全員が跳ねる。次の瞬間には自分の四肢はバラバラに切り刻まれると覚悟した、その瞬間。


「グォ――――――――――――――――――ッ!!」


 ビリビリと身体の芯まで震える雄叫びが、その場の全員を凍りつかせる。堪らず耳を押さえ轟音の響いたほうを見れば、そこには漆黒の巨躯が大きく翼を広げて周囲を威圧していました。


「ちょっ! クロちゃん、なんで!?」


 それは擬態を解いて成竜並みに巨大化したクロちゃんでした。口からはチロチと火が漏れ出し、今にも火炎の吐息を周囲に撒き散らさんとしているようです。


「なっ、黒竜……竜人様か!? ついにお着きになったのか!!」


 その巨大な姿を見た途端エルフたちは急に戦意を無くし、構えた武器を降ろしていきます。グアー・リンもそれに漏れず、苦々しい顔で周囲に目配せをしています。


「命拾いをしたな人間。竜人様がいらっしゃったとあらば、これ以上は無礼にあたる」


 スッと黒の覆面たちが退いていくのを皮切りに、周囲のエルフたちも慌てた様子で里から逃げ出していくのが見えます。グアー・リンを見遣ると、彼はクロちゃんを見て少し首を傾げながらも走り去っていきました。


「た、助かった、けど……どうしよう」


 正直、今の自分は先程エルフたちに囲まれていた時よりもずっと焦っています。クロちゃんが黒竜だと里の人たちに知れたからには、これから相当な騒ぎになるでしょう。


 一先ずは急いでルルエさんのところまで戻ると、彼女も困り顔でクロちゃんを見上げていたところでした。


「ルルエさん! なんでクロちゃんが竜になっちゃってるんですか!」


「あぁ~、それがねぇ? みんなが頑張ってるのを見て、自分も戦うって聞かなくて……多分ご褒美が欲しいんじゃないかしらぁ」


 アハハと笑ってはいますが、こんなに狼狽気味なルルエさんは初めて見ます。久々にルルエさんのレア表情ゲットです。今回ばかりはちょっと嬉しくない!


「ご褒美って…………あ、羊?」


「ずっと涎垂らして見てたものねぇ。あれでも随分と我慢したんじゃないかしらぁ」


「そう、ですか。うう、どうしよう……」


 思わずその場で蹲り頭を抱えてしまいます。

その間にエメラダがクロちゃんの咆哮で気絶したクレムを引き摺ってやってきて、エルヴィンさんもクロちゃんの唐突な変身に度肝を抜かれたのか、念話で話すことも忘れ必死で口をパクパクさせて何か喋っているようです。


 あぁ……ほんと、ルルエさんの言う通りこの里には面倒事ばかりです。


 そう思う端で、何処かご機嫌そうなクロちゃんがガオーッと雄叫びを上げ続けるのでした――――。

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