6章 温泉の街編

第38話 一応パーティっぽくなりました。

 こんにちは、勇者です。


 とんだお荷物――もとい、おまけとしてエメラダもパーティに加わり、自分たちは馬車でズルーガの王都を旅立ちました。


 出発二日目。もちろん順調な旅路など期待していなかったのですが、思わぬ速さで自体は急変しました。


「うぐぅ……おぇ」


「き、きもち、わるい、ですぅ……」


 荷車のような馬車に乗り慣れていない高貴な出身のお二人。クレムとエメラダがさっそく車酔いしてしまったのです。


「大丈夫ですか、二人とも」


 現在は日射しの強い午後の盛り。街道脇に馬車を止めて二人を木陰で休ませています。どちらも顔が真っ青です。


「馬車って、あんなに揺れるのか……」


「そうですよ。貴族の乗る馬車と違って、平民の馬車には揺れ防止の魔法なんて掛かってませんからあんなものです。クレムは少し旅の経験もあるから大丈夫かと思ってたんですが――」


「僕も……あんなに揺れるのは初めて乗りました。頭がグラグラしますぅ」


 二人とも合わせたようにうんうん唸っては吐き気を我慢しています。いっそ吐いたほうが楽ですよと言っても、貴族や王族的にそれは矜持が許さないのか必死で我慢しています。


「はぁ、仕方ないですね。ルルエさん、クロちゃん。少し二人を見ていてください。ちょっと森に入って薬草を取ってきます」


「いいけれどぉ、私が魔法を使ったほうが早いんじゃなぁい?」


「ダメです、これも今後の二人の為。冒険者とは、冒険するとはこういうことなんだと学ぶいい機会です」


「ま、そうねぇ。じゃあクロちゃん、お姉さんとご本読みましょっか。何が良い?」


「うー! くろ、ひつじさんがたくさんでてくるやつがいい! おいしそう!」


 ルルエさんは当然として、クロちゃんも元が竜なので体調に変化はないようです。


 むしろ昨日は馬車に揺られながら一日中読書をしていたんですからある意味すごい気がします。……羊の絵本で美味しそうってのもどうなんですか?


 自分は馬車の中から小さめの弓を持ち出すと、ササっと森へ駆けだします。森全体の植生状況を見たり、スンスンと匂いを嗅ぐと、なんとなく目的の植物が何処に自生しているのか見当をつけます。


これは精霊術を会得して気付いた副産物なのですが、嗅覚聴覚などの五感やその他の感覚が妙に鋭くなって、薬草採集や狩りがとても楽になったのです。

昔は苦労して山の中を這いずり回ったものですが、今はそれも懐かしく感じます。


「お、これこれ」


 目的の薬草と数種類の香草を少しばかり集めると、今度は本日のご飯の調達です。

 ジッとして耳を澄ましていると、風にそよぐ葉擦れの音の中に微かな獣の足音が聞こえます。足音を立てないようにそっと移動し木立の陰から覗きこむと、一匹の野兎がモシャモシャと草を食べています。


 ゆっくりと腰に掛けた矢筒から矢を番えると、野兎が完全に動きを止めるタイミングを狙って放ちます。


 トンッと軽い音が響き、見事野兎を仕留めました。

その後も何匹か仕留め、恐らく向こうで捌くとまたあの二人の体調が悪化すると思ったので、近くに流れる沢で血抜きと皮を剥ぎ、肉を流水に浸して冷やします。


 こうしていると、田舎の村で父と狩りに出かけたのを思い出しますねぇ……。

 そんなことを思っていると結構時間も経っていたので、獲物と収穫物を担いで馬車へと戻りました。


「戻りました。二人とも、具合はどうですか?」


「んん、あんまり変わらない」


「僕もです……」


「ちょっと待ってて下さいね。今薬を用意しますから」


 馬車の中に野兎の皮と肉を放り込むと、荷物から自前の乳鉢を取り出して拾ってきた薬草を複数入れて擦り合わせます。

 適度に煎じたら少しの小麦粉と水を加え、適度な粘りが出るまで混ぜ続ければ、即席の酔い止め酔い覚ましの柔丸薬の完成です。


「はい、二人とも。これを口に含んで、すぐには飲み込まずにちょっとずつ噛み続けて下さい。十分くらいしたら飲み込んでいいですからね」


 ぽぽいと二人の口に出来た薬を放りこみます。最初は苦みに顔を歪ませていましたが、段々と味に慣れてくると積極的にもぐもぐと口を動かし始めました。


「ちょっと苦かったけど、噛み続けると口の中がスースーしてきていいなこれ」


「はい、なんか胃のムカムカも治まってきました」


「それは良かった。アルダのほうでしか採集したことがないので同じものが自生しているか心配だったんです、揃って良かった」


 もうだいぶ陽も傾きかけてきたので、今日は此処で野営ですね。石で竈を作ってそこらの薪でちゃっちゃと火を起こすと、今日の夕食の準備に取り掛かります。


「――――グレイくんって、戦ってるよりそういうことしてるほうが活き活きしてるわよねぇ」


 ルルエさんがそう声を掛けてきます。振り向けば本を読んでいる間にクロちゃんは寝てしまったようで、抱っこするように抱えてまるでお母さんみたいです。


「あー、まぁ否定はしません。自分の生まれもそうですが、冒険者になってからも魔物狩りよりよっぽど採集や狩りの依頼をこなして、山に籠ってましたから」


「お兄様、火を起こすの上手なんですね」


「ほんと、魔法も使わずやっちゃうんだな」


 気分の悪さから回復した二人が起きて来て自分のほうに集まってきます。野営での火起こしがそんなに珍しいのか、二人とも目がまんまるです。


「昨日の晩もやってたじゃないですか……ってあの時も二人は寝込んでましたね」


「この薬の作り方も、どうやって覚えたんだ? 冒険者ってみんなこうなのか?」


 エメラダはべぇっと舌を出し柔丸薬をころがして見せます。はしたないからやめなさい!


「それはうちの田舎の薬です。みんなかどうかは知りませんが、似たり寄ったりなんじゃないですか?」


「この味、何かに似てると思ったんですが、上等なポーションにそっくりですね」


 クレムもモゴモゴ口を動かしながら、その味を確かめています。中々鋭い味覚を持ってますよ。


「使ってる素材は同じようなものです。あちらは精製して濃度を上げますから、効果は断然落ちますよ」


 そう言うと、なんだか二人から熱い羨望のまなざしが降り注ぎます。うぅ、作業しにくい!


「……あの、この程度そこらの平民なら当たり前なんですよ?」


「そんなわけないでしょぉ。そのお薬の作り方や配合なんて普通の冒険者じゃ知らないわよぉ。使ってる薬草がなんなのかも知らないやつのほうが多いわよ」


 何処か呆れた調子のルルエさん。え、みんなポーションとか買うの高いから自前で用意してたと思ってたんですが!?


「グレイくん、私と出会わなかったら本当に斥候スカウトになってたかもねぇ。調合もだけど、狩りや捌き方も大したもんだわぁ」


 馬車を覗きこんで狩ってきた野兎を見たのか、ルルエさんが褒めてくれました。やった、褒められた! でもなんかちょっと方向性が違く感じるのは何故でしょう!


「慣れですよ、慣れ。それだけ田舎から出てきたんです。ところで皆は丸焼きとシチュー、どっちがいいですか?」


「シチューでお願いします!」

「シチューで頼む!!」


 声の揃ったお返事……。やっぱり身分が高い者同士、馬が合うんでしょうか?




 日も完全に沈んで、辺りは真っ暗。見回してもここで野営してるのは自分たちだけのようです。

 パチンと火の粉はじける竈をみんなで囲んで、今は元気になったクレムとエメラダ、それにクロちゃんが夢中になってシチューを貪っていました。


「なにこれ、うまっ! こんなん城でも下町でも食ったことないぞ!」


「お兄様は料理もお上手なんですね……すごくびっくりです」


「うまー! これ、なに? ひつじさん?」


「クロちゃん、これは兎です。羊は今度街に行ったら食べましょうね。あと二人とも大げさです、ただの男料理ですよ」


 でも褒められて悪い気はしません。おかわりの皿にはすこしお肉を多めに入れてあげましょう。


「あ、ルルエさんにはこっち。香草で燻製にしてみました、時間をあまり掛けてないんで微妙だと思いますけど」


 少し筋張った部位を薄切りにした燻製肉を皿に盛って渡します。


「ん~? あら、これイケるわね。凄くお酒に合うわぁ! ……グレイくん、やっぱり勇者やめる?」


「冗談でもそういうこと言わないで下さい哀しくなるから!!」


 これまでの死ぬ気の努力が全て無駄になるじゃないですか! 何言い出すんですかこの人は……。


「いや、それくらい美味しいのよぉ。もうちょっと凝ったの作ればお店出せるんじゃない?」


「当然です。婆ちゃんの店で出してたレシピを、自分が簡単に作れるようアレンジしたものなんですから」


「あら、お婆ちゃん料理人? 道理で美味しいはずだわぁ。これは一度グレイくんの実家にご挨拶に行かなきゃねぇ」


 言われて、自分は少し固まります。ど、どうなんだろう。半ば家出のように十五の頃に飛び出したから、今更帰りにくいですね……。


「まぁ、それは追々ということで――――あっ! エメラダ、全部食べちゃダメですよ! 明日の朝ごはんの分もあるんですから!」


 そんな感じで夜も更けていきます。

そしてじんわりと、自分の中に不思議な感覚が広がるのです。


なんていうか、いま本当に、一人じゃなくパーティを組んで冒険をしてるんだなって。そう思うと少し込み上げてくるものがあるのです――。




 さて、翌朝。酔い止めのために柔丸薬をクレムとエメラダに事前に服用させ、ガタガタと馬車を走らせます。

思ったよりも道程は芳しくなく、目的地のグルムスまではあと三日は掛かるかもしれません。


 あまり端から馬に負担はかけたくないのですが、ちょっと急いだほうがいいかと歩を速めさせた、その時でした。


「――――っ! あっぶな!!」


 ふらりと、馬車の前に飛び出す人影があり、慌てて手綱を引いて馬を止めます。急な停車で荷車のほうも物が飛び散り、エメラダの癇癪が耳に響きます。


「ちょ、大丈夫ですか!?」


 引いてしまっていないか御者台から慌てて降りて見に行くと、間一髪のところで馬は止まってくれていたようです。


 しかしその人影――――薄汚れたローブを纏った男性は倒れたままピクリとも動きません。あれ、これすごくマズいんじゃあ。


 勇者、まさかの交通事故で人を殺めちゃいましたか……?

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