第37話 一応旅立ちました。
こんにちは、勇者です。
さて、この数日間で旅の準備も滞りなく進み、明日には王都を立つ予定となりました。
今朝はこれから長い付き合いになる馬と幌馬車の点検に荷物の積み込み中です。
日用の消耗品から備蓄の食糧、馬車の整備用の工具類、ルルエさんの強い要望で積み込まれた酒樽、そして簡易的な寝具やテント。
一つ一つ確認しながら荷車へ積み込みます。……この酒樽さえなければもっと色々積めるんですが。
昼を過ぎると王に謁見を申し込んでいたので、今回は自分一人で旅立ちの報告をしてきます。
「そうか、明日には出立するか」
「はい、急ぐ旅でもありませんが……うちには何かとご迷惑を掛ける者がいるので、早いに越したことはないかと思いまして」
「アルエスタの魔女か? 彼奴、私の秘蔵の瓶にまで手を付けおった……本来ならば断罪沙汰だ」
「……も、申し訳ございません」
「婿殿が気にすることではない。さすがの私もアレを御せとは口が裂けても言えんからなぁ」
王が自分の苦労を想像してか苦笑いでそう言います。
「ご配慮痛み入ります……」
「今日か明日にでも、エメラダに声を掛けてやってはくれぬか。あれであの子は別れなどに慣れていないからな、きっと寂しがるだろう」
「はい」
「其方らの旅路に精霊の加護のあらんことを。苦難も多いと思うが、勇者として奮励せよ」
「陛下と御国にも、精霊の加護のあらんことを」
そうして略式の謁見も終了し、皆に声を掛けようと思ったのですが……あまりにそれぞれが自由行動過ぎて誰も捕まりません。
おまけに王の言うとおりエメラダに挨拶をしようとしても、侍従さんや側仕えの方も居場所がわからないという始末。
……この調子でこの先の旅とか大丈夫か、ちょっと不安です。
その日の晩餐でようやくパーティ全員が揃ったので、各自忘れ物のないようにと言い含みます。
「そうねぇ、旅のお供にもう三、四本は持って行かなくちゃ」
「なにをですか酒ですねダメです。酒樽三つも積んでるんですから充分でしょ!」
そう言いながらルルエさんはお高そうな葡萄酒を手酌でグラスに注いでいます。……それ一本いくらですか?
「クレムとクロちゃんも、忘れ物のないようにしてくださいね。街で色々買っていたようですし」
「えっ!? は、はい! 大丈夫です、もう荷造りは済ませてます!」
なにか慌てた様子のクレム。こそこそしてましたけど一体何を買ってたんでしょうか?
「クロはー、なんもなーい!」
「そうですね。でもクロちゃんには人間の暮らしを色々と覚えてほしいので、本をたくさん用意してもらいました。旅をしながらちょっとずつお勉強しましょう」
「おべんきょ、おいしい?」
「食べ物じゃないですよ。でも楽しいかもしれません」
「たのしいなら、いいよー!」
本と言っても、子供向けの絵本や文字書きの練習に使う教書の類いです。頭の良いクロちゃんなら文字を覚えるのもあっという間でしょう。
「さて……結局今日はエメラダに会えませんでしたね。出発も早いし、別れの挨拶を済ませたかったんですが」
「別に必要ないんじゃなぁい? どうせすぐ会えるわよぉ」
「それ、ルルエさんの時間間隔で言ってます?」
「それは遠回しに私が年寄りだって言いたいのかなぁ?
「
お仕置きの魔術も、精霊術を使いなれてきた最近ならば怖くありません。魔法ならば中和できますからね、フフフ!
「ほい隙あり」
「いだぁぁっ!?」
シュッと投げられたのはカトラリーのナイフで、スコーンと自分の眉間にぶち当たります。さ、刺さらなくて良かった……。
「私の攻撃を防ごうなんてまだまだ甘いわよぉグレイくん」
「う、うぐぐ……」
「お、お二人とも! 食事の席なんですからそういうのは控えてくださいぃ、ほら給仕さんたちも怖がってますから!」
クレムに諭されて、自分はちょっとシュンとします。ルルエさんは気にせず葡萄酒をまた煽り始めました。少しは反省してね!?
そんな感じにズルーガのお城での最後の晩餐も済み、明日は早いということで皆すぐ部屋に戻って眠りに着きました。
翌朝、まだ陽の登らぬうちの出立です。
見送りはいらないといったのですが、騎士団の面々が城門前に整列しての仰々しいものになっていました。
「勇者グレイ様、国王始め、この国一同あなた様のご武運をお祈りしております。どうか道中お気を付け下さい」
「ありがとうございます、えっと……ウォーゲル騎士長」
たしか、その名前で合っていたはず! 騎士長は名前を覚えられていたのが意外らしく、すこし驚いていました。
「あと、エメラダからあなたのお話を少し聞きました。自分の持つ力、それを使いこなせるよう努力しようと、あなたの言葉で改めて決意できました。ありがとうございます」
「いえそんな! 畏れ多いことです――――グレイ様、少しお耳を」
「? はい」
騎士長に施され彼に身を寄せると小声でぼそぼそと囁かれます。
(少々、荷馬車に重めの荷物が紛れ込んでいるかと思います。大変申し訳ないのですが、そちらの御面倒もお願いしたく存じます)
(はぁ、わかりました……?)
言うだけ言ってスッと離れると、騎士長は列の最前に立って騎士たちに送迎の構えを施しました。
さて、では行きましょうか。
全員が馬車に乗り込んでいるのを確認したら、御者台に座り手綱を引きます。
「翠の勇者、ズルーガの英雄グレイ様ご一行に、敬礼!」
騎士長の一言で、騎士たちは一斉に剣を胸元に掲げました。おぉ……なんかカッコイイ!
ゆっくりと馬車は動き出し、ゴトゴトと石畳の凹凸に揺られながら城門を抜け、暗い街路から城外門へと辿り着きます。
門番さんに一礼すれば、敬礼を受け最後のお見送りも終了です。
「――――はぁ、肩が凝りました。あんなにしっかりと見送らなくてもいいのに」
「ダメですよお兄様。この国にとってはそれだけの偉業を為したのです。尽くされる礼は受けなければ向こうの面子も立ちません」
「国や貴族と言うのは大変なんですね……さぁ、ひとまずは人通りの少ないうちに街道を抜けてしまいましょう」
少し手綱を引き、馬の速度を速めます。別に急ぐ旅ではないですが、王都周りは商人や旅人の行き来も激しいので空いている今のうちに抜けたいのです。
「ところでよぉ、最初の行き先はどこなんだよ?」
「そうですね、地図だと街道を数日行った先にグルムスという街があります。そこでちょっと易しめのクエストを受けて、クレムに弱い魔物に慣れてもらいましょう」
「なんだ、このガキんちょは魔物が怖いのか? だから城塞にも来なかったわけだ」
「人には色々事情があるものなんですよ。クレムだって努力してるんですから、あまり厳しいことは言わないで上げ、て…………くださ、い?」
ふと、今自分が会話していたのは誰だったのだろうと思いました。
御者台からバッと振り返ると、馬車の中にいるのはルルエさん、クレム、クロちゃん、そして……。
「な、なんでエメラダが乗ってるんですか!?」
血の毛がサァッと引いていきます。そして騎士長の言葉を思い出しました。少々重い荷物どころか、とんでもなく地位的に重い荷物が紛れてるじゃないですか!!
「いやぁ婚約者選びも終わったらさ、今度は花嫁修業とかパパ――ごほん、父上に言われちゃってな? そんなんあたしが出来るかっての、まともに社交界だって混ざったこともないのに」
「は? え、誰にも言わずに付いてきたんですか!? 花嫁修業が嫌で!?」
「一応信頼してるやつらには言ってきたぜ? めっちゃ反対されたけど、これも花嫁修行のうちだって言ったら呆れた顔して頭抱えてたぜ!」
「当たり前でしょうがぁ! どうするんです、もしエメラダに何かあったら国の跡取りとか、そういうの!」
「あぁ、それは心配ない。今は城にいなかったけどあたしには弟がいてな? 第一継承権はそいつだから」
そう言う問題じゃないんですよぉっ!! と心を乱していたら馬にもその不安が伝わった様で少々暴れ始めます。慌てて手綱を握り直すと、自分は少し冷静になろうと深呼吸を繰り返しました。
「……この中で、エメラダが付いてくると知っていた人はいますか」
「私は知ってたわよぉ? 姐さん明日からよろしくって昨日挨拶されたしぃ」
ルルエさん、ギルティ! ていうか姐さんって呼ばれてるんですね。
「ぼ、僕も知ってました。あの、お兄様には内緒で旅の準備するんだって街を連れ回されて……」
クレム、ギルティ……。それで昨晩オドオドしてたんですか。
「クロはねぇ! においでずっといるのしってたよ! このおねえちゃん、すごくいいにおいするの!」
クロちゃんもギルティ、そしていい匂いには大変同感です。
「つまり、自分以外には根回しは済んでいたと」
「あ、あと父上も知らねぇぞ? バレたらうるさいからな」
だ・か・ら! 当たり前ですってばぁ!! 自分はガーッと頭を掻きむしります。エメラダに禿げるぞとか言われましたが、誰のせいだと思ってんですか!
「あのですね。自分が言うのもなんですが、こういう旅路ってけっこう辛いんですよ? 途中で帰りたくなっても知りませんからね」
いや、むしろ今すぐにでもルルエさんにお願いして転移で送り返してもらえばいいのでは?
そう思いルルエさんを見ると、絶対やらないわよぉ? という無言の笑顔を頂きました。
「いいじゃんいいじゃん、それでこそ修行だよ! 言っとくけどあたしはお前に負けたこと、まだ根に持ってるからな。強くなったらまた戦えよ!」
ついこの間魔王に誘拐された王女の吐く台詞じゃありません……努力するのは良いことですが、出来れば自分の見えないところでやってください。
「それにだ。お前は昨日あたしに別れの挨拶をしなかった。つまりあたしが付いてくのは道理ってことだよ」
「そんな道理はどっかの犬にでも食わせてください……エメラダ、昨日はそのために自分から逃げ回ってましたね?」
「そうさ、驚かそうと思ってな! どうだった?」
そう言って笑う彼女の笑顔はとても眩しくて、今更帰れなんて言えない雰囲気です……あぁ、騎士長はなんであの時はっきり言ってくれなかったんですか!
「スティンリーに殺された時くらいビックリしましたよ……仕方ない。いいですか、一緒に旅するからには王族扱いなんて出来ません。市井の身として振舞ってください、それが連れてく条件です」
「おう! よく城下をフラフラしてたからそんなの慣れてるぜ! これからよろしくなリーダー!」
城を出てホッとした途端にこれです。仲間が増えることは嬉しいですが、これからのことを思うと本当に頭が痛い……。
街道の端から登る朝日に目を細めながら、自分は過去最大の溜息を吐いて覚悟を決めたのでした――――。
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