第24話 一応奪われました。

 こんにちは、勇者です。


 仮面ちゃんに引き摺られながら通路を歩いていると、何処からかルルエさんの高笑いが聞こえた気がしたのですが気のせいでしょうか?


 入場門近くまで行くと、そこにはアルダムスさんが壁に寄り掛かっていました。治療を受けてか自分がボコボコにした顔はすっかり元通りで、でもなんだかじっとりと汗をかいている様子。


「どうも、アルダムスさん」


「やぁ青年! なんだ、もう女の子を侍らせているのか? 王族の仲間入りになるからってハーレム気分は少々早いんじゃないかな!」


「いえ王族になんてなりませんから……そう言うアルダムスさんは、やっぱり王女様の婚約者になりたくて大会に参加したんですか?」


「ハッハッハ! まぁそうなるかな! 美人は好きだ! 鎖の次にね!」


 アルダムスさんはブレませんね……。すると自分の手を引いていた仮面ちゃんが、ひそひそと声を掛けてきます。


(お前がこの化け物を倒してくれて助かったぜ、あたしじゃこんなの相手にならん)


(まぁ確かに化け物級に気持ち悪いですが、けっこう良い人ですよ?)


 そんなことを言いながら、ふと疑問に思います。仮面ちゃんは女の子なのになぜ参加したんでしょうか?


(……仮面ちゃんは、女の子が好きなの?)


「――――ア?」


 ドスの利いた声で威嚇されちゃいました。も、もうボディブローは堪忍して!


「いやだって、女の子なのに大会に出てたから! 王女様が好きなのかなって」


「あたしはぁ、その、なんだ……そう! おまえと同じ腕試しだよ! あ、あと賞金! 金だよ金!」


 いま思いついたかのように言ってますが……まぁ人の好みはそれぞれです。深くは追求しません、それが大人です。


「ふむ、仮面の君が青年と戦ったという鎖使いの拳闘士かね? ちょっと試しに縛ってくれないか! いくらでもきつくしていいぞ!」


「…………キモ」


 そう言うなり仮面ちゃんは自分の後ろに隠れてしまいます。割と必死にしがみ付いている様子から本気で引いてるようです。当たり前ですね!


「そ、そんなことよりも! もう授賞式って始まるんですか、自分何も聞いてないんですが」


「あぁ! ここで待機していればそのうち呼ばれるぞ! ところで青年、随分と疲弊しているようだね。治療は受けたんだろう?」


「あなたを相手にしたんですから当たり前ですよ……そっちはなんでそんなに元気なんですか」


「ハッハッハ! 筋肉があるからな!」


 訳が分からないのでもうスルーしましょう。

 そんな馬鹿なやり取りをしていると、係員の人がやってきて間もなくですと伝えてくれます。


「うぅ……よく考えたら自分、こういう目立つの苦手なんですが?」


「シャキッとしろ青年! チャンピオンだろう、胸を張って堂々と歩けばいいのだ! 私を殴っていた時の気概で行きなさい!」


 そんなこと言われても、あの時は興奮してて無我夢中でしたから……なんか改めて殴りあった本人に言われるとちょっと複雑です。


 すると入場門の外で、盛大に楽隊が曲を奏で始めました。い、いよいよですか!


「さぁ! 青年が先頭だ、笑顔で手でも振っていればいいさ!」


「は、はいぃ……」


 ドンと背中を押され、腰が引け気味になりつつも入場門をくぐります。すると何もなかった試合場には立派な舞台が設置されていました。ひと際高い位置に二つの大きな椅子が置かれていて、そこには開会式の時に姿を見せたズルーガ王と第一王女が並んで座っていました。


 あれ、なんか王女様の顔に既視感が……いや一度ご拝顔しているので既視感も何もないのですが、なんか引っかかります。


『さぁ! いよいよ授賞式の始まりであります! これまで雄姿を見せてくれた者たちの中で最も強い三名の入場です、御観覧の皆さんは盛大な拍手を!』


 もう聞き慣れた司会の声が響くと、騒がしかった場がさらに歓声で盛りあがっていきます。と、とりあえず王様の前まで行けばいいんでしょうか?


「おい、右腕と右足一緒に出てるぞ。そんな緊張すんな」


「いや、だってこんなの初めてで……」


「ハッハッハ! 若いうちに色々経験しておきたまえ、君は勇者でもあるんだからね!」


 それ関係あるんですか……いやあるかもしれませんね。何かと国のお偉い方に呼ばれることもあると聞きますし。

 ギクシャクとしながら、アルダムスさんに言われるままなんとなく観客席に手を振ります。その度にわっと声援の圧力がぶち当たり、試合本番よりも辛い気分です……。

 ゆっくりと王の御前まで歩み寄ると、自分たち三人は膝を付いて頭を垂れ、王の言葉を待ちました。


「良く揃ってくれた、そしてよく戦い抜いてくれた。屈強なる三人の戦士よ。其方らにはこの大会を熱く盛り上げてくれたこと、心より感謝する」


 ズルーガ王が良く通る声でそうおっしゃいます。もっと偉そうなふうに語るかと思っていたので、なんだかその物腰にすこし安心しました。


「まず、仮面の拳闘士エメ――うぉっほん! 拳闘士エルダよ、女性の身で鍛え抜かれた強者たちを押しのけ、よくぞここに辿り着いた。この場の誰よりも其方は賛美されるべきであろう」


「はっ、有り難きお言葉にございます」


仮面ちゃんがさらに深く頭を下げます。でも王様、いまなんか間違えませんでした?


「次に、北方の戦士アルダムス。其方の鍛え抜かれた巨躯はこの会場で最も雄々しく映ったであろう。もし機会あらば、我が国のつわものとして迎え上げたいものだ」


「畏れ多いことに存じます! しかし私は目的ある身、ひと所に留まるわけにも参りません、ひらにご容赦を!」


「ふむ、それは致し方ない。もしその目的を達した暁には、いつでも我が城に立ち寄るが良い」


 アルダムスさんは真っすぐに王様を見てはっきりと誘いを断っています。そういえば鎖がどうとか言ってましたね。


「そして最後に、此度の武闘大会の勝者。翠の勇者、異国の英雄グレイ・オルサム」


 呼ばれて、思わずびくりと肩を揺らしてしまいます。


「その細身な身体のどこにあれだけの力があるのか、余には図り知れん。流石は勇者ということであろう。この世に巣くう魔を祓うため、今後もその力を世界に示してもらいたい」


「あ、ありがとうございます!」


 と、そんな当たり障りないことしか口に出来ませんでした。無理! この空気無理!


「そしてグレイ・オルサムよ。今大会では我が娘、第一王女エメラダとの婚約という栄誉が贈られる。謹んで受けられよ」


「は! えーと、その……婚約についてですが、あの、自分」


 先程のアルダムスさんのように、きっぱりとお断りしよう、そう思い顔を上げると、偶然にも王女――エメラダ様と視線が噛み合ってしまいました。

 彼女は……この件をどう思っているのでしょう。条件を出したのは彼女自身と聞きます。しかし望まぬ婚約など、本人もしたくないでしょう!


「――あ、の、陛下、並びに王女エメラダ様にお聞き致します。自分は、その、隣国アルダの辺境の出です。そんな市井の血を王族に迎えるのはズルーガの国益に反するのでは、ない、でしょうか……?」


 こ、声が震える! でももう少しだ頑張れ自分!


「王女エメラダ様におかれましても、自分のような凡夫には吊りあわぬ御身分と美貌です。ご婚約の件、誠に栄誉とは思い、ますが! その」


「――ふむ、勇者殿は我が娘との婚約は不満と申すか」


 少し低くなった声音に、自分は慌てます。ど、どう言いくるめれば丸く収まりますかぁ!?


「そのようなことは決して! しかしエメラダ様にも男性の好みがございましょう。自分がそれに値するとは、その、思えません、のでぇ、えと」


 ちらりとエメラダ様を見遣ると、彼女は自分を見ずにそっぽを向いています。ほらぁ、やっぱ興味なさそうですってば!

 しかもその視線の先は、何故か仮面ちゃんのほうを向いているように見えます。これは――――百合?


「あ、の……エメラダ様はどう、お考えでしょうか! 自分はエメラダ様の意思を尊重したく存じます!」


 言った! 言えた! やればできるぞ偉いぞ自分! しかしエメラダ様は黙ったまま、やはりジッと仮面ちゃんのほうを見つめています。


「――――そう勇者殿は申しておるが、どうだエメラダ」


 そう言う王も、何故か視線をエメラダ様ではなく仮面ちゃんへと向けました。なに、仮面がそんなに気になるの?


「…………父上」


 父と、そう発したのは目の前にいるエメラダ様ではなく自分の隣りで膝を付く仮面ちゃんでした。彼女はスッと立ち上がると、エメラダ様の傍らへと寄り添いました。


そしてゆっくりと仮面を外し、頑なに見せようとしなかった素顔を晒したのです。その出来事と眼前の光景に、自分は口を開けて茫然としてしまいます。


「同じ……顔?」


「驚いたか? 自己紹介が遅れたな。あたしはこのズルーガ国第一王女。エメラダ・ルノ・ズルーガだ。こっちはあたしの影武者、本物はあたしなのさ」


 動揺は自分だけでなく、観客席にまで伝わりどよめきます。仮面ちゃん――改め本物のエメラダ様はそんなことは意に返さず、淡々と言葉を続けます。


「あたしは自分より弱い男に娶られる気はない。だから十六になり伴侶を決めるにあたってこの大会を開いた。あたしが優勝すればあたしはまだまだ自由の身。もし負ければ、それはそれ、自分が言ったことだし、けじめは付けなきゃなぁ?」


 ニヤリと彼女は笑い、自分を見ます。こっちはもう頭の中がしっちゃかめっちゃかで、ただエメラダ様の言葉を聞いているだけの木偶になっています。


「あたしは、いいよ。お前でも――――いやこの言い方はずるいな! あたしはお前がいい。あたしを負かして、そこの筋肉野郎まで負かしたお前なら、その、いい、ぞ?」


 言っている内に自分で照れてきたのか、段々と語尾が下がっていきます。あれ? これ、ひょっとして自分プロポーズ受けてる?


「おまえは――グレイはどうだ。こんな粗野な王女はやっぱり嫌か?」


「いや、むしろ気兼ねなくて良い……いや良いってそういう意味じゃなくて! いやそう言う意味なのかな!? えと、え!? 今決めなきゃダメ!?」


 その狼狽ぶりに、王や影武者さんはおろか観客たちまで笑い出しています。

 甲斐性見せろー! とか、戦ってる時の気合はどうしたー! とか野次も飛んできます、うるさい黙ってて下さいよ!


「ほんと戦ってない時はフニャフニャだなお前……だけど、そこもけっこう良いぞ」


 目を逸らし、ほんのりと頬を染めるその顔は、こう、その、グッときます……。


「ほら、さっきも言ったろう? あくまで婚約、そこから先は相性と時間だ。おまえが嫌なら仕方がないが……どう、かな」


「あ、の――――婚約、なら」

 良いかな、と言おうとした瞬間のことでした。いきなり眼前に巨大な影が現れたのです。


「その婚約! 待ったあぁーーー!!」


 飛び出してきたのはアルダムスさんでした。サイドチェストしながらキメ顔。何してんだこの人……。


「悪いが青年! その婚約は認められん!」


「…………アルダムスよ、其方は勇者殿に敗れている。この話に口を挟む道理は何一つない」


 王が厳しい目をしてアルダムスさんに言い放ちます。しかし筋肉達磨はそんなことどこ吹く風という感じです。


「そう、人間アルダムスとしての私は敗れた! 当然口出しする権利はない、だが!」


 言いながら手に掛けたのは、その裸体で唯一身に付けている貞操帯。アルダムスさんは渾身の力を込めるように貞操帯を掴むと強引にそれを――ってなんで脱ぐの!?


 バキンと音を立てて貞操帯が砕けると、それと共にまばゆい光が辺りを照らし、目が眩む。


 次に目を開けた時、そこに立っていたのは――――人間ではありませんでした。



「破壊と混沌の化身である魔王! 北方の壁、拘縛のスティンリーとしてなら話は別である!!」



 つい先ほどまでよりも二回りは膨れ上がった巨躯。

 胸元以外にびっしりと生えた体毛。

 瞳は紅く染まり、ボサボサな毛の生えそろった頭にはグニャリと曲がった歪な角が二本。

 人の頭など簡単に掌に収まるほど肥大化した手に鋭い爪。

 そして背中に生えた一対の黒い鳥のような翼。

 そのどれもが、彼を人外だと知らしめていました。


「…………魔、王?」

 ふと、脳裏によぎる既視感。彼の姿は多少の差異はあれど、自分が首を切り落とした魔王ととても似通っていました。


「ズルーガ王家、それもルノの血に色濃く宿ると言われる天の鎖! このスティンリーが貰い受ける!」


 アルダムス――いや魔王スティンリーは茫然としていたエメラダ様を片手で鷲掴みにすると、翼を広げて扇ぎ空へ飛び去ってしまう。


「っ!? 風精召依ギア・シルフ!!」

 風精を慌てて纏い、風を巻き起こし自分もその後を追従する、しかし――。


「青年、今ではない。身体を癒し、鍛え、改めて我が居城へ参るがいい!!」


 打ち降ろされる巨大な拳に、自分は為すすべなく叩き落とされ地面にめり込みます。


「っっが、ぁ……」


「ハッハッハ! 待っているぞ!」


 その一撃だけで魔王の実力の一端が知れる。文字通りの人外の領域の力は、たやすく自分の意識を刈り取ります。


 薄れる視界にエメラダ様が叫ぶ姿が映る。そして自分は、不甲斐なく暗闇へと堕ちていきました――――。

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