幕間 クレムくんのお買いもの。
こんにちは! 勇者です!
といっても、僕はまだ十一歳でなりたての新米勇者なのですが……。
小さいころから魔物が怖くて、それでも勇者になれたのはお爺様が厳しく修行をつけて下さり、王都の剣術大会で優勝できたお陰です!
でも勇者で魔王どころか魔物にも怯えるとは話にならないと、勇者の称号を頂いたあとに冒険へ出されました。
そこでパーティが魔物に襲われ、僕ももうすぐ殺されそうになったところを救ってくれたのがお兄様なんです!
お兄様は少し前まであまり強くありませんでしたが、その優しさと信念を見て、こういう人が本物の勇者様なんだと感動しました!
以前にもお父様が何人か勇者様を招いてお話したことはありますが、そのどなたとも違う雰囲気をお兄様は持っていました。少し気弱そうな感じなのに、大事な時にはすごい行動力を見せるんです! 慎ましくも勇ましいその姿は、今の僕が目指す勇者の道標となりました。
お爺様の修行を受けて、段々と逞しくなっていくお兄様。強くなったのは精霊術という新しい力を手に入れたからですよ~と仰っていましたが、この一週間でお兄様の体格は確実にひと回りは大きくなったように感じます。
実は偶然見てしまったのですが、ルルエ様がお兄様の食事になにかお薬を混ぜていたのです。急に成長されたのもあのお薬のせいなんでしょうか?
そして最近の僕は何かおかしいんです……。
お兄様のちょっとした仕草や、手合わせしているときの真剣なお姿を見ていると、なんだか胸がキュウとしたりモヤモヤするのです。
よく遊んでくれるメイドたちにその話をしたら、みんな獣みたいにキャーキャーと喜んでいます。ちょっと怖いです……。
「お坊ちゃま、それはお坊ちゃまが少し大人になった証です。大切になさいまし」
癖っ毛で長い金髪のセレナが、息を荒げてそう言います。大丈夫でしょうか、具合がわるいのでしょうか?
「坊ちゃま、そのお気持ちをどうか育んでください。私たちは暖かく見守っていますよ!」
綺麗な赤毛でポニーテールに髪を纏めたシータが、興奮気味にそう言います。シータの目はいつも薄らとしか開いていないのに、今日はパッチリと開いてすごい目力でした。
「坊ちゃんとグレイ様の事案発生かぁ。これはエロゲなら完全に裏ルート……デュフ」
短い黒髪でそばかす顔のヒトミが、ひとりぶつぶつと何か呟いています。お父様はこの人を転生者じゃないかと疑っていますが、本当なのでしょうか?
みんな思い思いに言いながら、今は僕を着替えさせています。女の子が着るような可愛い服です。六歳のころからこの夜の遊びは続いていて、僕はあまりなんとも思っていなかったのですが、先日お兄様にこの姿を見られてからはちょっと恥ずかしくなってきました。
でも可愛いって褒めてくれたから、いいかな。エヘヘ!
「そう言えば、明日は屋敷を経つ前に買い物をして準備したいとお兄様が言ってたなぁ。僕も付いていって近くの街を案内してあげようかな」
それを聞いたメイドたちは、一斉に目を光らせて僕に詰め寄りました。ち、近いよぉ……。
「それは良い考えです! お坊ちゃま、明日はおめかしして外出しましょう! 朝のうちに馬車の準備をさせますね!」
セレナはそう言うと、慌てたようにクローゼットを漁りだしました。シータとヒトミも加わって、あーでもないこーでもないとお悩み中です。
「え、女の子の格好で行くの!?」
「当然です、デートなのですから! 相応の装いをしなければお相手に失礼になります」
「でも街でこの格好は……ちょっと嫌だよ。誰か知り合いに見られたら笑われちゃう」
「大丈夫です、クレム様は充分に可愛いのですから、誰が見たって文句は言いませんし言わせません! 言ったら殺します」
エレナとシータが矢継ぎ早にそう言います。実はこの三人、僕の護衛も兼ねているので結構強いんです。今のお兄様よりはかなり劣りますが。
「クレム様、それならカツラはどうですか? エルザ様が昔ご使用されていたものがありますから、それを被れば街の者もクレム様とは気付かないでしょう」
「名案ですヒトミ! 今から花脂で梳いて準備しましょう、きっとグレイ様もそのほうがお喜びになりますよ!」
その言葉を聞いて、僕の気持ちが揺らぎます。
「お兄様……喜ぶかな。また可愛いって言ってくれるかな」
「当然です、先日のグレイ様のご様子を見たでしょう。完全に坊ちゃまに釘付け、むしろ獣の目でした。危なく殺しかけましたよ」
「絶対だめだからね!? それにお兄様、もう結構強くなってるから今の君たちじゃ勝てないよ」
「あら、ほんの一週間でそんなに? 随分と努力なさったんですね」
シータが意外そうに言います。ほかの二人もうんうんと首を振っていました。
「そう! そうなんだよ! あのね、今日はお爺様の言いつけで本気でお兄様と戦ったんだけど、すごいんだよ! 僕に何度も攻撃を当ててくるんだ。技もたくさんあって、ちょっと危ないときだってあったんだよ!」
お兄様を褒められてちょっと早口になってしまいました。でも本当にすごいことなんですよ? 王都の剣術大会でだってあそこまで僕と戦える人はいなかったんですから!
「坊ちゃん、アオハルしてますねぇ」
「? アオハルってなぁに?」
「毎日楽しく過ごしてるってことですよ」
ヒトミはそう言ってニコリと笑います。その顔に少し影があるのは気のせいでしょうか。
「とにかく、今から総員で明日の準備を整えます。クレム様は早めにお休みになって下さいな」
そう施されて、僕は自分の部屋に戻ってベッドに入ります。
でも明日のことを考えるとドキドキして、なかなか寝付けませんでした――。
翌日、朝食を済ませたお兄様にセレナが声を掛けていました。多分買い物先まで馬車で送りますと伝えているのでしょう。
最初は遠慮するように首を振っていましたが、ルルエ様は今日はお酒の飲み納めをすると言って屋敷に残られるので、足も必要なはず。
結局お兄様は申し訳なさそうにセレナへお礼を言っているようでした。
「さ、坊ちゃま。今の内に準備致しましょう。軽くお化粧もしますから、お急ぎください」
「そ、そこまでやるの!?」
「当然です。ここで最高の坊ちゃまをお見せせずにいつするのですか!」
僕はシータに手を引かれて、いつもの部屋で着替えお化粧まで施されました。だ、大丈夫でしょうか。僕の顔、おかしくないですか?
「自信をお持ちください! さぁ、あとはこのカツラを被れば――」
グイッと髪が引っぱられ、金髪の長いカツラが被せられました。乱れを櫛で整え、ヒトミは取っておきと言ってピンクのリボンを結びます。
「さぁ、仕上がりました。ご覧ください――おっと鼻血が」
鏡の前に立っていたのは、見たことのあるような無いような女の子でした。それが自分と認めるのにちょっと間があったくらいです。
「こ、これが、僕?」
「そうですよぉ、素晴らしい出来です。いますぐ私の部屋へお連れしてしまいたいくらい……デュフ」
ヒトミが虚ろな顔で涎を垂らしています。たまにこうなるんですが、その度に僕はゾワリとしてしまいます。
お母様はこの遊びを知っているので(むしろたまに服を買ってくれます)お父様に見つからないよう廊下を迂回して玄関まで行くと、そこにはもうお兄様が待っていました。
目があった瞬間、お兄様はポカンとしていて、僕が誰だかわからないようでした。
「あの、お兄様。今日はご一緒させて頂きたいのですが……」
「え、あ、クレム!? どうして、え? え?」
お兄様は大混乱中のようです。僕も恥ずかしくて死んでしましそうです……。
「グレイ様、本日はクレム様もお買い物に同行したいとのことです。よろしいでしょうか」
すかさず、澄ました顔のセレナが横から声を掛けました。
「それは勿論良いですが、その格好は……?」
「嗜みでございます」
「なんのですかね!?」
お兄様はようやくいつも通りに戻ったようです。僕はまだ恥ずかしくて顔を上げられません。
「グレイ様、どうかエスコートを」
「は、はぁ……そういうのに経験はないんですが」
言いながら、お兄様は僕に手を差し伸べました。それがあの迷宮で助けて下さった時の姿と被り、僕は少しお兄様に見とれてしまいます。
「じゃあクレム、今日は一緒にお出かけですね」
「――――! はい、よろしくお願いします!」
手を引かれ、導かれるように馬車へと乗り込みます。馬車の中でおしゃべりするお兄様はなんだかいつも通りで、それがなぜか、ちょっとやきもきとしてしまいます。もっと色々反応してもらいたいのに……。
小一時間ほどで屋敷から近い街に着くと、まずお兄様の旅の消耗品の買い出しをしました。と言っても普段からお兄様たちはあまり多くの量の荷物を持ち歩いていないので、買い出しはすぐに済んでしまいます。
そこから先は、セレナ達がちょいちょい顔を出してはお兄様になにか囁きかけ、街を回って歩きました。露店の屋台で二人でお菓子を食べたり、商店街をぶらついて服やドレスを見たり……これはどちらかと言えばお兄様のほうが何故か真剣でした。
アレも、コレも似合いそう、と僕に進めてきます。それが嬉しくて、つい言われたものをお小遣いで買ってしまいました。
僕のお勧めの場所にも足を運びました。僕が好きなのは街の高台にある聖堂で、お願いすると鐘のあるてっぺんに登らせてくれるのです。僕はここから見る街の眺めがとても好きでした。
お兄様も目の前に広がる光景に声を出して喜び、僕は嬉しくて頬が緩んでしまいます。
お昼も近くなると、セレナ達が事前にお店を取ってくれていたようで指定された料理店に赴きました。こういうお店、僕は慣れているけれど、お兄様はやっぱり緊張しているようで、給仕がやってくる度に背筋がピンとするのが面白くて思わず笑ってしまいました。
それからもゆっくりと街を散策して、陽の明るいうちに僕たちは屋敷へと戻ることになりました。というのも、履きなれない女性物の靴というのはけっこう足に負担がかかるようで、歩くのが辛くなってしまったのです。
途中、お兄様は僕を気遣って手を差し伸べ、伴って歩いてくれました。ちょっと恥ずかしかったけれど、そうしてくれたのがとても嬉しくて痛みも忘れてしまいました。
「あ、驚いちゃってすっかり言うのを忘れていました」
帰りの馬車の中で、お兄様がおもむろに声を掛けてきました。楽しい買い物も終わってしまい、すこし俯いていた僕は、お兄様のほうを見ます。
「その髪、素敵ですね。今日のクレムはとても可愛かったですよ、また一緒にお出かけしましょう」
見つめてそう言われ、顔が熱くなります。胸も戦った後のようにドキドキと鼓動が速くなり、汗が止まりません。
な、なんでしょうこれ? 嬉しい。でも嬉しいのとちょっと違う。なにこれ、なにこれ!
グルグルと頭が回ったような、ふんわりとした心もちでいると、馬車はあっという間に屋敷へ着いてしまいました。
お兄様の顔がもうまともに見れなくって、僕は馬車が止まると一目散に降りていつものお着替え部屋に籠ってしまいました。
まだドキドキしてる。苦しい、わからない。どうすれば止まるのこれ? 頭もずっとグルグルする……なにか病気になってしまったんでしょうか。
コンコンと扉がノックされ、セレナが心配そうに入ってきました。僕は思わずセレナに抱きついてしまいます。
「セレナ、セレナ! どうしよう、なんか苦しいのが、ドキドキが止まらない。何かの病気かな、お医者さん呼んだほうがいいかな!?」
「――――お坊ちゃま、いつからそうなりましたか?」
「あの、馬車の中で、お兄様に……可愛いって褒めてもらってから」
ふふふ、とセレナが笑いました。僕はこんなに不安なのになんで笑ってるんですか!?
「確かにお坊ちゃまは、完全に病に罹ってしまったようですね」
「え!? ほ、本当に……?」
「ええ、でもそれは怖いものではありません。大丈夫、グレイ様は懐の広いお方のようですし、我々のサポートもあればゴリ押せるでしょう」
「何言ってるの? なんなのこれ、教えてセレナ」
「お坊ちゃま、それは――――」
セレナが僕の耳元に口を近づけ、囁きました。言葉では知っていても、今まではよく意味の分からなかったその正体を聞いて、僕はますます顔が火照るのを感じます。
「――――それは、恋の病ですよ」
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