見えない雪

まきや

第1話



 僕が子供の時、冬の雪は真っ白だった。


 雪が降らない日は無い。それがこの世の常識だ。ふわふわと空を舞い、回転しながら落ちてくる。その丸い物体は冷たくもなく、ただ地面に降り注いでは転がり、やがて風に吹かれてどこかに消えていった。誰も雪が最後にどうなったかを見た者はいなかった。


 幼かった僕はその雪をたっぷりと腕に抱え、走り回って遊んだ。逃げる友達を追いかけ、頭からかけてはお互いにケラケラと笑いあった。


 春になると雪はほんのりと桜色になった。降ってくる雪が顔をかすめ、落ちていく時、どこか花の香りが漂ってきた。


 夏の雪を「海を焦がれる人の心が混じっている」と形容した者がいた。潮の匂いのする雪は、空と同じ色で空中を漂う凧のように見えた。


 秋になると雪は少し重く、まるまると太って落ちてきた。オレンジ色に染まったそれを少し口に含むと、舌の上に甘味を感じた。雪に味が無いのは常識だというのに。


 だれもが彩りを好むけれど、僕は冬の雪がいちばん好きだった。


 白くさみしげな丸い塊。誰もが寒さで凍え、考えることを止めてしまう季節だからこそ、雪はひたすらに純色で美しいんだ――僕はそう信じていた。



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